Lemma数学ロードマップ

12 · ステージ 6 大学院

圏論とホモロジー代数

圏と関手、米田の補題、随伴、アーベル圏、導来関手(Ext, Tor)、スペクトル系列、導来圏

7 章目安 60〜80 時間演習 44 問

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章の一覧

  1. 1 圏と関手目安 10〜13 時間 · 演習 7 問
  2. 2 米田の補題と極限目安 10〜13 時間 · 演習 6 問
  3. 3 随伴関手目安 8〜11 時間 · 演習 6 問
  4. 4 アーベル圏と完全列目安 8〜11 時間 · 演習 6 問
  5. 5 導来関手目安 10〜13 時間 · 演習 6 問
  6. 6 スペクトル系列目安 7〜10 時間 · 演習 6 問
  7. 7 導来圏入門目安 7〜9 時間 · 演習 7 問

科目の概要

群論では準同型を、位相空間論では連続写像を、線形代数では線形写像を調べる。どの分野でも、対象そのものの中身と同じくらい「対象の間の写像」が重要であり、積・商・自由な対象といった構成は、写像がどう振る舞うかによって特徴づけるほうが見通しがよい。圏論 (category theory) は、この「対象そのものより対象間の関係(射)を見る」という視点を徹底した言語である。アイレンベルグとマクレーンが、代数的位相幾何学に現れる「自然な同型」を正確に述べるために導入した。

圏論によって、次のことが可能になる。

  1. 積・直和・自由群・テンソル積・剰余群などを普遍性という一つの型で定義し、集合・群・加群・位相空間のすべてで一度に扱う(米田の補題、極限)。
  2. 分野をまたぐ対応(空間 → 群、加群 → 加群)を関手として比較し、「自由–忘却」「テンソル–Hom」のような随伴から、どの構成がどの極限を保つかを自動的に知る。
  3. 数学者が昔から使ってきた「自然な」という言葉に正確な意味を与える。

ホモロジー代数 (homological algebra) は、代数的位相幾何学で生まれた鎖複体・完全列・ホモロジーの技術を、加群や層の一般論として整備したものである。Hom⁡\operatorname{Hom} やテンソル積が完全列を保たないという「欠陥」を、導来関手 Ext⁡\operatorname{Ext} と Tor⁡\operatorname{Tor} によって正確に測り、スペクトル系列によって複雑なコホモロジーを段階的に計算する。さらに複体そのものを基本的な対象とする導来圏の理論へと発展し、現代の代数幾何学・表現論・数論・位相幾何学の共通言語となっている。

本科目は、圏論の基礎(第1〜3章)と、アーベル圏・導来関手・スペクトル系列・導来圏(第4〜7章)を扱う。抽象的な概念は、必ず集合・群・加群・位相空間・ベクトル空間の具体例で確かめながら進める。

前提知識

到達目標

  • [ ] 圏・関手・自然変換を定義し、自然な同型 V≅V∗∗V \cong V^{\ast\ast} と自然でない同型 V≅V∗V \cong V^{\ast} の違いを説明できる
  • [ ] 圏同値が「忠実充満かつ本質的全射」と同値であることを証明できる
  • [ ] 米田の補題を証明し、普遍性で定まる対象の一意性や「自然な演算」の決定に使える
  • [ ] 極限・余極限を Set\mathbf{Set}, Grp\mathbf{Grp}, R-ModR\text{-}\mathbf{Mod}, Top\mathbf{Top} で具体的に計算でき、pp 進整数環を射影極限として扱える
  • [ ] 随伴を単位・余単位で特徴づけ、右随伴が極限を保つことを証明し、随伴の非存在の判定に使える
  • [ ] アーベル圏の定義を述べ、蛇の補題と 5 項補題を証明できる
  • [ ] Hom の左完全性・テンソル積の右完全性を証明し、ベーアの判定法と「入射加群が十分あること」を証明できる
  • [ ] 比較定理と馬蹄補題を用いて導来関手の well-definedness と長完全列を証明し、Ext⁡\operatorname{Ext}, Tor⁡\operatorname{Tor} を計算できる
  • [ ] Ext⁡1\operatorname{Ext}^1 による拡大の分類、群のコホモロジーの H1H^1 と交叉準同型の関係を説明できる
  • [ ] スペクトル系列のページ図を読み、二重複体やルレイ–セールのスペクトル系列を使って計算できる(Tor⁡\operatorname{Tor} の平衡性、H∗(CPn)H^{\ast}(\mathbb{C}P^n))
  • [ ] 導来圏を擬同型による局所化として説明し、Ext⁡i(A,B)=Hom⁡D(A,B[i])\operatorname{Ext}^i(A, B) = \operatorname{Hom}_D(A, B[i]) を使える

章立て

  1. 圏と関手 — 圏の定義と例(Set\mathbf{Set}, Grp\mathbf{Grp}, R-ModR\text{-}\mathbf{Mod}, Top\mathbf{Top}, hTop\mathbf{hTop}、順序集合・群を圏とみる)、モノ射・エピ射と単射・全射のずれ、関手と自然変換、関手圏、圏同値の特徴づけ、双対圏。
  2. 米田の補題と極限 — 普遍性と表現可能関手、米田の補題と米田埋め込み、極限・余極限の具体形、積と等化子による極限の構成、有向余極限と射影極限(pp 進整数)、極限の交換。
  3. 随伴関手 — 随伴の定義と例(自由–忘却、テンソル–Hom、離散–密着位相、アーベル化、ガロア接続、ストーン–チェック)、単位・余単位と三角等式、右随伴は極限を保つ、随伴関手定理、モナド、カン拡張。
  4. アーベル圏と完全列 — 加法圏とアーベル圏(加群・層の例と反例)、蛇の補題・5 項補題、完全関手、射影・入射・平坦加群、ベーアの判定法、入射加群の存在、フレイド–ミッチェルの埋め込み定理。
  5. 導来関手 — 鎖複体と長完全列、射影分解と比較定理、馬蹄補題、導来関手と長完全列、Ext⁡\operatorname{Ext} と Tor⁡\operatorname{Tor}、拡大の分類、普遍 δ 関手、大域次元、群のコホモロジー。
  6. スペクトル系列 — 定義とページ図、収束と拡大問題、フィルター付き複体と二重複体、Tor⁡\operatorname{Tor} の平衡性・普遍係数定理・キュネット公式・5 項完全列、グロタンディークとルレイ–セールのスペクトル系列、H∗(CPn)H^{\ast}(\mathbb{C}P^n) の計算。
  7. 導来圏入門 — コホモロジーで失われる情報、ホモトピー圏と写像錐、擬同型による局所化、三角圏、RHom⁡R\operatorname{Hom} と ⊗L\otimes^{L}、体・Z\mathbb{Z} 上の導来圏、フーリエ–向井変換とベイリンソンの定理。

第1章 → 第2章 → 第3章(圏論)の順に読み、第4章 → 第5章(ホモロジー代数の基礎)に進む。第4章は随伴(第3章)の結果を少し使う。第6章と第7章はどちらも第5章を前提とし、互いにほぼ独立に読める。

学習時間の目安と進め方

  • 1 章あたり 12〜15 時間(演習を含む)、全体で 90〜100 時間程度を目安とする。
  • 圏論は抽象的に見えるが、新しい概念に出会うたびに必ず Set\mathbf{Set}, Grp\mathbf{Grp}, R-ModR\text{-}\mathbf{Mod}, Top\mathbf{Top} で何になるかを書き出すこと。定義を具体例に翻訳できないうちは、その概念を理解したとはいえない。
  • 可換図式や完全列は、本文では配列で書いているが、自分で紙に描き直して矢印を追う(図式追跡)練習をするとよい。蛇の補題と 5 項補題の証明は、一度は何も見ずに書けるようにしたい。
  • スペクトル系列は、ページ図を実際に描いて微分の矢印を書き込みながら読む。最初は構成の細部より「使い方」(第6章 6.9 節)を優先してよい。
  • 深い定理(随伴関手定理、埋め込み定理、グロタンディークとルレイ–セールのスペクトル系列、導来圏の構成など)には主張のみ・概略のみのものがあり、その旨を本文に明記している。

参考文献

  • S. Mac Lane, Categories for the Working Mathematician (Springer) — 圏論の創始者の一人による古典的教科書。随伴・極限・モナド・カン拡張の標準的な参照先。
  • E. Riehl, Category Theory in Context (Dover) — 多くの分野の例とともに圏論を展開する現代的な教科書。第1〜3章の副読本に適する。
  • T. Leinster, Basic Category Theory (Cambridge University Press) — 随伴・表現可能関手・極限に絞った簡潔な入門書。
  • C. A. Weibel, An Introduction to Homological Algebra (Cambridge University Press) — ホモロジー代数の標準的な大学院教科書。導来関手・スペクトル系列・導来圏まで扱い、第4〜7章の主な参照先である。
  • 河田敬義『ホモロジー代数』(岩波書店) — ホモロジー代数の日本語による古典的な教科書。
  • 志甫淳『層とホモロジー代数』(共立出版) — 層の理論と組み合わせてホモロジー代数・導来圏を解説した日本語の教科書。
  • 中岡宏行『圏論の技法』(日本評論社) — アーベル圏と三角圏におけるホモロジー代数を、圏論の技法として解説した日本語の教科書。第4〜7章の副読本に適する。
  • S. I. Gelfand, Yu. I. Manin, Methods of Homological Algebra (Springer) — 導来圏と三角圏を本格的に扱う。第7章の先を学ぶのに適する。
  • M. Kashiwara, P. Schapira, Categories and Sheaves (Springer) — 圏論・ホモロジー代数・層の理論を体系的に展開した上級者向けの本。

次に学ぶもの