この章の目標
- 鎖複体・鎖ホモトピー・ホモロジー長完全列を扱える
- 射影分解・入射分解を作り、比較定理と馬蹄補題を証明できる
- 導来関手を構成して well-definedness と長完全列を証明し、Ext と Tor を計算できる
- Ext1 が拡大を分類することを理解する
- 射影次元・大域次元と、群のコホモロジー(H1 と交叉準同型)を具体例で扱える
前提:第4章。例で 09-algebraic-topology 第4章(特異ホモロジー)と第6章(普遍係数定理)に触れる。
5.1 動機
第4章で見たように、HomR(M,−) は左完全だが完全ではない。短完全列 0→A→B→C→0 に対し、Hom(M,B)→Hom(M,C) の全射性が崩れる。その「崩れ」を測る加群 Ext1(M,A) を作り、さらに列を
0→Hom(M,A)→Hom(M,B)→Hom(M,C)→Ext1(M,A)→Ext1(M,B)→Ext1(M,C)→Ext2(M,A)→⋯
と長完全列に延ばしたい。発想は、M を Hom が完全になる加群(射影加群)の複体 P∙ で「近似」し、Hom(P∙,−) のホモロジーをとることである。位相幾何学で空間を CW 複体で置き換えて計算するのに似ている。近似の選び方によらないことを保証するのが比較定理である。
5.2 鎖複体とホモロジー
定義 5.1(鎖複体)アーベル圏(以下では R 加群の圏)の対象と射の列 C∙=(⋯→Cn+1dn+1CndnCn−1→⋯) で dn∘dn+1=0 を満たすものを鎖複体 (chain complex) という。Zn(C)=kerdn を輪体、Imdn+1 を境界といい、Hn(C)=Zn(C)/Imdn+1 をホモロジーという。添字を上につけ dn:Cn→Cn+1 とした余鎖複体とそのコホモロジー Hn(C) も同様である。鎖複体の間の鎖写像 f:C→D とは、d∘fn=fn−1∘d を満たす射の族であり、ホモロジーの間の射 Hn(f) を誘導する。すべての Hn(f) が同型である鎖写像を擬同型 (quasi-isomorphism) という。
鎖複体と鎖写像は、各次数で核・余核をとることでアーベル圏 Ch(R) をなす。特異鎖複体 C∙(X) が典型例である(09-algebraic-topology 第4章)。
定義 5.2(鎖ホモトピー)鎖写像 f,g:C→D について、射の族 hn:Cn→Dn+1 で fn−gn=dn+1hn+hn−1dn を満たすものがあるとき、f と g は鎖ホモトピックであるといい f≃g と書く。g∘f≃id, f∘g≃id となる g があるとき f をホモトピー同値という。
命題 5.3 f≃g ならば Hn(f)=Hn(g) である。したがってホモトピー同値は擬同型である。また加法関手 F は鎖ホモトピーを保つ(F(h) が F(f) と F(g) の鎖ホモトピーになる)。
証明. z∈Zn(C) なら f(z)−g(z)=dh(z)+h(dz)=dh(z) は境界である。後半は F(f)−F(g)=F(d)F(h)+F(h)F(d) から明らか。□
逆は成り立たない。0→Z2Z→0 から Z/2(次数 0 に置いた複体)への自然な射は擬同型だが、ホモトピー同値ではない(問題 5.2)。この差は第7章の導来圏で重要になる。
5.3 ホモロジー長完全列
定理 5.4(ホモロジー長完全列)鎖複体の短完全列 0→AfBgC→0(各次数で短完全)に対し、自然な完全列
⋯→Hn(A)f∗Hn(B)g∗Hn(C) ∂ Hn−1(A)f∗Hn−1(B)→⋯
が存在する。連結射は ∂[c]=[a](c=g(b), f(a)=db)で与えられる。
証明. An=An/Imdn+1 とおく(B,C も同様)。各 n で、行が 0→An→Bn→Cn→0 と 0→An−1→Bn−1→Cn−1→0 で縦が dn の図式に蛇の補題(定理 4.9)を使うと、完全列
0→Zn(A)→Zn(B)→Zn(C),An−1→Bn−1→Cn−1→0
を得る。dn は An→Zn−1(A) を誘導し、その核は Zn(A)/Imdn+1=Hn(A)、余核は Zn−1(A)/Imdn=Hn−1(A) である。そこで行を An→Bn→Cn→0 と 0→Zn−1(A)→Zn−1(B)→Zn−1(C)(上で得た完全列)とする図式
0→An↓Zn−1(A)→→Bn↓Zn−1(B)→→Cn↓Zn−1(C)→0
に再び蛇の補題を使うと、完全列 Hn(A)→Hn(B)→Hn(C)∂Hn−1(A)→Hn−1(B)→Hn−1(C) が得られる。これらを n についてつなげれば長完全列になる。∂ の式は蛇の補題の δ の定義そのものである。自然性(短完全列の射と ∂ が可換であること)は ∂ の式から直接確かめられる。□
位相空間の対 (X,A) の長完全列や、マイヤー–ヴィートリス完全列は、特異鎖複体の短完全列にこの定理を適用したものである。
5.4 分解と比較定理
定義 5.5(分解)R 加群 M の射影分解 (projective resolution) とは、射影加群 Pn からなる完全列
⋯→P2d2P1d1P0εM→0
である。M を除いた鎖複体 P∙ も射影分解と呼び、P∙→M と書く(H0(P∙)≅M, Hn(P∙)=0(n≥1)であり、ε は P∙ から次数 0 の M への擬同型である)。双対的に、入射加群からなる完全列 0→N→I0→I1→⋯ を入射分解という。
任意の加群は射影分解をもつ:自由加群からの全射 P0→M をとり(命題 4.15)、その核への全射 P1→kerε をとり、と続ければよい。同様に定理 4.18 から入射分解も存在する。
例 5.6(分解の例)(1) 0→ZnZ→Z/n→0 は Z/n の長さ 1 の射影分解である。(2) R=Z/4 上では、⋯2Z/42Z/42Z/4→Z/2→0 が Z/2 の射影(自由)分解である(2 倍写像の核と像はともに {0,2})。これは無限に続き、短くできない(5.9 節)。(3) 0→Z→Q→Q/Z→0 は Z の入射分解である(系 4.17)。(4) R=K[x,y](K は体)上で、K=R/(x,y) の分解(コシュル複体, Koszul complex)
0→R (−y,x)T R2 (x y) R→K→0
は完全である。実際 xf+yg=0 なら、R は一意分解整域なので y∣f であり、f=−yh とおくと g=xh、すなわち (f,g)=h(−y,x) となる。
分解は一意ではないが、次の定理により「ホモトピーを除いて」一意である。
定理 5.7(比較定理, comparison theorem)P∙εM を各 Pn が射影的な複体(εd1=0 だけを仮定し、完全性は仮定しない)、Q∙ε′N を分解(完全)とする。任意の f:M→N に対し、ε′f0=fε を満たす鎖写像 f∙:P∙→Q∙ が存在し、そのような鎖写像は鎖ホモトピーを除いて一意である。
証明. 便宜上 P−1=M, Q−1=N, d0=ε, d0′=ε′, f−1=f とおく。
存在:ε′ は全射で P0 は射影的なので、fε を持ち上げて ε′f0=fε となる f0 を得る。fn−1,fn まで作ったとする。dn′fndn+1=fn−1dndn+1=0 なので、fndn+1 の像は kerdn′=Imdn+1′ に含まれる。Pn+1 は射影的なので、全射 dn+1′:Qn+1→Imdn+1′ に沿って持ち上げ、dn+1′fn+1=fndn+1 となる fn+1 を得る。
一意性:二つの持ち上げの差を考えれば、f=0 のとき任意の持ち上げ g∙ が零ホモトピックであることを示せばよい。h−1=0 とし、hn:Pn→Qn+1 を gn=dn+1′hn+hn−1dn となるように帰納的に作る。n=0:ε′g0=fε=0 なので g0 の像は Imd1′ に含まれ、持ち上げて d1′h0=g0 とできる。hn−1,hn まで作ったとすると
dn+1′(gn+1−hndn+1)=gndn+1−dn+1′hndn+1=(gn−dn+1′hn)dn+1=hn−1dndn+1=0
なので gn+1−hndn+1 の像は Imdn+2′ に含まれ、持ち上げて dn+2′hn+1=gn+1−hndn+1 とできる。□
入射分解についても、矢印をすべて逆にした双対版が成り立つ(証明も双対的である)。
5.5 導来関手の構成
以下 F は R 加群の圏から S 加群の圏(S は別の環。Ab でもよい)への加法関手とする。
定義 5.8(導来関手, derived functor)(1) F が右完全のとき、M の射影分解 P∙→M をとり、F の左導来関手を LnF(M)=Hn(F(P∙))(n≥0)と定める。
(2) F が左完全のとき、入射分解 N→I∙ をとり、右導来関手を RnF(N)=Hn(F(I∙)) と定める。
(3) F が反変かつ左完全のとき(Hom(−,N) など)、射影分解 P∙→M をとり RnF(M)=Hn(F(P∙)) と定める。
命題 5.9 (1) LnF(M) は射影分解の取り方によらず、標準的な同型を除いて定まり、M について関手的である。(2) L0F≅F。(3) P が射影的なら n≥1 で LnF(P)=0。右導来関手についても同様である。
証明. (1) 二つの射影分解 P∙,P∙′ に対し、比較定理(定理 5.7)で idM を持ち上げた鎖写像 α:P→P′, β:P′→P をとる。βα と idP はどちらも idM の持ち上げなので、一意性により βα≃id、同様に αβ≃id。加法関手は鎖ホモトピーを保つ(命題 5.3)ので、Hn(F(α)) は同型であり、しかも α の取り方によらない。f:M→N に対しても、持ち上げ f∙ が誘導する Hn(F(f∙)) は持ち上げの取り方によらず、合成は持ち上げの合成なので関手性が従う。(2) 分解の完全列 P1→P0→M→0 に右完全な F を施すと F(P1)→F(P0)→F(M)→0 が完全なので、H0(F(P∙))=coker(F(P1)→F(P0))≅F(M)。(3) 0→PidP→0 を分解にとればよい。□
導来関手の要点は長完全列である。それには分解を短完全列と両立するように選ぶ必要がある。
補題 5.10(馬蹄補題, horseshoe lemma)短完全列 0→AfBgC→0 と射影分解 P∙A→A, P∙C→C に対し、PnB=PnA⊕PnC を項とする B の射影分解で、0→P∙A→P∙B→P∙C→0(各次数で標準的な包含と射影)が鎖複体の短完全列となり、A,B,C への増大射と両立するものが存在する。
証明. P0C は射影的なので、εC:P0C→C を g に沿って λ:P0C→B に持ち上げる。εB:P0A⊕P0C→B を εB(a,c)=f(εA(a))+λ(c) と定めると、εB(a,0)=fεA(a), gεB(a,c)=εC(c) なので、次の図式は可換で行は完全である。
00→→P0A↓εAA→fP0A⊕P0C↓εBB→gP0C↓εCC→→00
蛇の補題により kerεA→kerεB→kerεC→cokerεA=0 と 0=cokerεA→cokerεB→cokerεC=0 が完全である。よって εB は全射で、0→kerεA→kerεB→kerεC→0 は短完全列である(左端の単射性は包含の制限だから)。P≥1A と P≥1C はそれぞれ kerεA, kerεC の射影分解なので、この短完全列に同じ構成を繰り返せばよい。□
定理 5.11(導来関手の長完全列)F を右完全な加法関手とする。短完全列 0→A→B→C→0 に対し、完全列
⋯→LnF(A)→LnF(B)→LnF(C) ∂ Ln−1F(A)→⋯→L0F(B)→L0F(C)→0
が存在し、短完全列について自然である。左完全な F の右導来関手についても、同様の長完全列 0→R0F(A)→R0F(B)→R0F(C)→R1F(A)→⋯ が存在する。
証明. 馬蹄補題の分解をとると、0→PnA→PnB→PnC→0 は各次数で分裂するので、加法関手 F を施しても短完全列である(分裂は等式 rf=id などで表され、加法関手はそれを保つ)。よって 0→F(PA)→F(PB)→F(PC)→0 は鎖複体の短完全列であり、定理 5.4 の長完全列が求めるものである(命題 5.9 により、PB で計算したものは LnF(B) と標準的に同型)。末尾が L0F(C)→0 で終わるのは L−1F=0 だからである。自然性の確認は省略する。右導来関手の場合は入射分解についての双対な馬蹄補題を使う。□
5.6 Ext と Tor
定義 5.12 R 加群 M,N に対し、M の射影分解 P∙ をとって
ExtRn(M,N)=Hn(HomR(P∙,N)),TornR(M,N)=Hn(P∙⊗RN)
と定める(Tor では R は可換とする)。すなわち Extn(−,N) は反変関手 Hom(−,N) の、Torn(−,N) は −⊗N の導来関手である。
命題 5.9 により Ext0=Hom, Tor0=⊗ であり、M が射影的なら n≥1 で Extn(M,−)=0=Torn(M,−)。定理 5.11 により第 1 変数についての長完全列がある。第 2 変数についても、Pn が射影的なので Hom(Pn,−) と Pn⊗− は完全であり、N の短完全列から複体の短完全列が得られ、定理 5.4 により長完全列が得られる。こうして 5.1 節で望んだ長完全列が構成された。
定理 5.13(平衡性, 主張のみ)N の入射分解 N→I∙ と射影分解 Q∙→N について、
ExtRn(M,N)≅Hn(HomR(M,I∙)),TornR(M,N)≅Hn(M⊗RQ∙)
である。特に Torn(M,N)≅Torn(N,M)。
Tor の場合は第6章でスペクトル系列を用いて証明し、Ext の場合は 5.8 節で普遍 δ 関手を用いた証明の筋道を述べる。
例 5.14(Z/n についての計算)Z/n の射影分解 0→ZnZ→0 に Hom(−,N) と −⊗N を施すと、どちらも NnN という 2 項の複体になる(前者は次数 0, 1、後者は次数 1, 0)。N[n]={x∈N∣nx=0} とおくと
Hom(Z/n,N)=N[n],ExtZ1(Z/n,N)=N/nN,Z/n⊗N=N/nN,Tor1Z(Z/n,N)=N[n]
で、2 次以上はすべて 0 である。たとえば Ext1(Z/n,Z)=Z/n、Ext1(Z/m,Z/n)≅Tor1(Z/m,Z/n)≅Z/gcd(m,n)。Tor の名はねじれ (torsion) に由来する:Tor1(Z/n,N) は N の n ねじれ部分である。例 4.13 で Hom(Z/2,−) を 0→Z2Z→Z/2→0 に施したときの欠けた部分は、長完全列
0→0→0→Z/2 ∂ Ext1(Z/2,Z) 2 Ext1(Z/2,Z)→Ext1(Z/2,Z/2)→0
の中で ∂ によって Ext1(Z/2,Z)=Z/2 に同型に写される(中央の 2 倍写像は Z/2 上で 0 である)。
例 5.15(Z/4 上の Tor)例 5.6 (2) の分解に −⊗Z/4Z/2 を施すと ⋯0Z/20Z/20Z/2 となるので、すべての n≥0 で TornZ/4(Z/2,Z/2)=Z/2 である。Hom(−,Z/2) を施しても同様に、すべての n で ExtZ/4n(Z/2,Z/2)=Z/2 となる。
位相幾何学の普遍係数定理(09-algebraic-topology 第6章)は、分裂する(ただし自然には分裂しない)短完全列
0→ExtZ1(Hn−1(X),A)→Hn(X;A)→Hom(Hn(X),A)→0
を与える。たとえば H1(RP2)=Z/2, H2(RP2)=0 なので H2(RP2;Z)≅Ext1(Z/2,Z)=Z/2 である。
5.7 Ext1 と拡大の分類
Ext の名は拡大 (extension) に由来する。
定義 5.16 R 加群 M の N による拡大とは短完全列 0→NjEpM→0 のことである。二つの拡大 E,E′ は、N と M 上で恒等射となる準同型 E→E′ があるとき同値であるという(5 項補題によりそれは同型である)。
定理 5.17 M の N による拡大の同値類の集合と ExtR1(M,N) の間に自然な全単射があり、分裂する拡大は 0 に対応する。
証明の概略. 射影加群 P と短完全列 0→KiPπM→0 をとる。Hom(−,N) についての長完全列と Ext1(P,N)=0 から
Ext1(M,N)≅Hom(K,N)/{γ∘i∣γ∈Hom(P,N)}
である。拡大 E が与えられたら、π を p に沿って β:P→E に持ち上げる(P は射影的)。pβi=πi=0 なので βi=jα となる α:K→N がただ一つあり、β を取り替えると(差は j∘γ の形)α は γi だけずれるので、類 [α] が定まる。逆に α:K→N に対し、押し出し Eα=(N⊕P)/{(α(k),−i(k))∣k∈K} は n↦[(n,0)], [(n,x)]↦π(x) により拡大になる。Eα に対し β(x)=[(0,x)] をとると β(i(k))=[(α(k),0)] なので Eα の類は [α] である。逆に E の類が [α] なら、[(n,x)]↦j(n)+β(x) は well-defined な拡大の射 Eα→E を与える。α′=α+γi なら [(n,x)]↦[(n−γ(x),x)] が Eα→Eα′ を与える。以上から二つの対応は互いに逆である。分裂する拡大では β として π の持ち上げを切断 s を使って sπ ととれ、βi=0 となる。□
例 5.18 Ext1(Z/p,Z/p)=Z/p(p は素数)。定理 5.17 の構成で K=P=Z, i=p, αk(1)=k とすると Ek=(Z/p⊕Z)/⟨(k,−p)⟩ である。k=0 なら E0=Z/p⊕Z/p(分裂)。k=0 なら (0,1) は p(0,1)=(k,0)=0, p2(0,1)=0 を満たし、∣Ek∣=p2 なので Ek≅Z/p2。こうして p−1 個の互いに同値でない拡大が、中央の群としてはすべて Z/p2 と同型になる。拡大の同値は中央の同型より細かい。
5.8 普遍 δ 関手
定義 5.19(δ 関手)加法関手の列 T=(Tn)n≥0 と、各短完全列 0→A→B→C→0 に対する射 δ:Tn(C)→Tn+1(A) の組で、長完全列 0→T0(A)→T0(B)→T0(C)δT1(A)→⋯ を与え、δ が短完全列について自然なものを(コホモロジー的)δ 関手という。任意の δ 関手 S と自然変換 T0⇒S0 が、δ と可換な自然変換の族 Tn⇒Sn に一意的に延長されるとき、T は普遍的であるという。
定理 5.20(グロタンディーク, 主張のみ)δ 関手 T で、各 n≥1 と各 A に対し Tn(I)=0 となる単射 A→I が存在するもの(消去可能, effaceable)は普遍的である。特に左完全関手 F の右導来関手 (RnF) は普遍 δ 関手であり、F だけから同型を除いて一意に決まる。
証明は Weibel の第 2 章を参照。この定理は「同じ導来関手を別の方法で計算してよい」ことの一般原理になる。たとえば M を固定し N の関手 N↦Hn(Hom(P∙,N)) を考えると、5.6 節で見たように δ 関手であり、N=I が入射的なら Hom(−,I) が完全なので完全列 P∙→M→0 を完全列に写し、n≥1 で 0 になる。よって消去可能であり、Hom(M,−) の右導来関手(入射分解で計算したもの)と一致する。これが定理 5.13 の Ext の部分の証明である。
5.9 射影次元と大域次元
定義 5.21 長さ n の射影分解 0→Pn→⋯→P0→M→0 をもつ最小の n を M の射影次元 pdM という(なければ ∞)。supMpdM を R の大域次元 (global dimension) gl.dimR という。
pdM≤n であることは Extn+1(M,−)=0 と同値であり、また Torm(M,−)=0(m>n)を導く(次元ずらしによる。証明は Weibel の第 4 章を参照)。
- 体 K:すべての加群は自由なので gl.dimK=0。
- Z(一般に体でない単項イデアル整域):自由加群の部分加群は自由なので、0→ker→R(M)→M→0 が長さ 1 の射影分解になり gl.dim≤1。Ext1(Z/2,Z)=0 なので =1。
- Z/4:例 5.15 により Torn(Z/2,Z/2)=0 がすべての n で成り立つので pdZ/2=∞、gl.dim=∞。
- K[x1,…,xn]:大域次元は n である(ヒルベルトのシジジー定理、主張のみ)。下からの評価は、K=R/(x1,…,xn) のコシュル複体(例 5.6 (4) の一般化)に −⊗RK を施すと微分がすべて 0 になり、TornR(K,K)≅K=0 となることからわかる。n=2 なら Tori(K,K)=K,K2,K(i=0,1,2)である。
大域次元が有限であることは、可換環論では「正則性」(幾何学的には非特異性)と結びつく(セールの定理。13-commutative-algebra 第8章)。
5.10 群のコホモロジー
群 G がアーベル群 A に(左から、準同型として)作用するとき、A を G 加群という。これは群環 Z[G] 上の加群と同じである。Z に G が自明に作用するとみて
Hn(G,A)=ExtZ[G]n(Z,A)
を群のコホモロジーという。HomZ[G](Z,A)=AG(不変元)なので、Hn(G,−) は不変元をとる関手の右導来関手である。
写像 f:G→A で f(gh)=f(g)+gf(h) を満たすものを交叉準同型 (crossed homomorphism) といい、その全体を Z1(G,A) と書く。a∈A に対し f(g)=ga−a は交叉準同型であり、この形のもの(主交叉準同型)の全体を B1(G,A) と書く。
命題 5.22 H1(G,A)≅Z1(G,A)/B1(G,A)。特に G が A に自明に作用すれば H1(G,A)=Hom(G,A)。
証明. 添加写像 Z[G]→Z, ∑ngg↦∑ng の核を IG(添加イデアル)とすると、IG は {g−1∣g=1} を基底とする自由アーベル群である。短完全列 0→IG→Z[G]→Z→0 の長完全列と、Z[G] が自由なので Ext1(Z[G],A)=0 であることから、
H1(G,A)≅HomG(IG,A)/Im(HomG(Z[G],A)→HomG(IG,A))
G 線形写像 φ:IG→A に f(g)=φ(g−1) を対応させる。h(g−1)=(hg−1)−(h−1) なので、G 線形性 φ(h(g−1))=hφ(g−1) は f(hg)=f(h)+hf(g) と同値である。逆に交叉準同型 f(f(1)=f(1)+f(1) より f(1)=0)は基底上の値 φ(g−1)=f(g) で G 線形写像を定める。こうして HomG(IG,A)≅Z1(G,A)。ψ:Z[G]→A は a=ψ(1) で決まり、IG への制限は g−1↦ga−a なので、像は B1(G,A) である。自明な作用なら B1=0 で、交叉準同型は準同型である。□
G=⟨t⟩ が位数 n の巡回群なら、N=1+t+⋯+tn−1 として周期的な自由分解
⋯ N Z[G] t−1 Z[G] N Z[G] t−1 Z[G]→Z→0
がある(ker(t−1)=ZN, kerN=IG を確かめればよい)。自明な G 加群 Z に対し HomG(−,Z) を施すと Z0ZnZ0Zn⋯ となり、
H0(G,Z)=Z,H2k(G,Z)=Z/n (k≥1),H2k−1(G,Z)=0
を得る。n=2 のとき、これは RP∞ のコホモロジーと一致する。一般に、G が A に自明に作用するとき Hn(G,A) は K(G,1) 空間の A 係数コホモロジーに等しい(09-algebraic-topology 第8章)。また有限次ガロア拡大 L/K について H1(Gal(L/K),L×)=0(ヒルベルトの定理 90)であり、類体論は群のコホモロジーの言葉で定式化される(15-algebraic-number-theory 第7章)。
まとめ
- 鎖ホモトピックな写像はホモロジーに同じ写像を誘導し、複体の短完全列はホモロジー長完全列を与える(蛇の補題 2 回)。
- 射影分解・入射分解は存在し、比較定理によりホモトピーを除いて一意である。
- 導来関手 LnF, RnF は分解の取り方によらず、馬蹄補題により長完全列をもつ。
- Extn は Hom の、Torn はテンソル積の導来関手で、Z/n についての値は N[n], N/nN で与えられる。
- Ext1(M,N) は M の N による拡大の同値類を分類する。
- 導来関手は普遍 δ 関手として特徴づけられ、計算方法によらない(平衡性)。
- 大域次元:体は 0、Z は 1、K[x1,…,xn] は n、Z/4 は ∞。
- 群のコホモロジー Hn(G,A)=ExtZ[G]n(Z,A) の H1 は交叉準同型を主交叉準同型で割ったものである。
演習問題
問題 5.1 ★ (1) d=gcd(a,b) とする。すべての n≥0 について ExtZn(Z/a,Z/b) と TornZ(Z/a,Z/b) を求めよ。(2) Tor1Z(Z/4⊕Z/6,Z/8⊕Z) を求めよ。
解答
(1) 例 5.14 で N=Z/b とする。(Z/b)[a] は Z/b の位数 d の部分群、(Z/b)/a(Z/b)=Z/(a,b)=Z/d なので、n=0,1 では Extn も Torn も Z/d であり、n≥2 ではすべて 0 である。
(2) 導来関手は有限直和と可換である(分解の直和は直和の分解であり、加法関手は有限直和を保つ)。Z は射影的なので Tor1(−,Z)=0。よって Tor1(Z/4,Z/8)⊕Tor1(Z/6,Z/8)=Z/4⊕Z/2。
問題 5.2 ★★ 次数 1, 0 に置いた複体 C=(0→Z2Z→0) から、次数 0 に置いた Z/2 への射影 C→Z/2 は擬同型だがホモトピー同値でないことを示せ。
解答
H1(C)=ker2=0, H0(C)=Z/2 なので、射影は擬同型である。逆向きの鎖写像 g:Z/2→C は次数 0 で Hom(Z/2,Z)=0 の元なので g=0 であり、H0(g)=0。ホモトピー逆写像 g があれば H0(g) は H0=Z/2=0 の同型の逆でなければならず、矛盾する。
問題 5.3 ★★ アーベル群 A のねじれ部分群を Ators とする。Tor1Z(Q/Z,A)≅Ators を示せ。(Q の平坦性(問題 4.5)と定理 5.13 を使ってよい。)
解答
0→Z→Q→Q/Z→0 の第 1 変数についての長完全列から
Tor1(Q,A)→Tor1(Q/Z,A)→Z⊗A→Q⊗A
が完全である。定理 5.13 より Tor1(Q,A)≅H1(P∙⊗Q)(P∙→A は射影分解)であり、−⊗Q は完全なのでこれは 0。よって Tor1(Q/Z,A)≅ker(A→Q⊗A, a↦1⊗a)。na=0 なら 1⊗a=n1⊗na=0。逆に Q⊗A=limm(m!1Z⊗A) で、m!1Z⊗A≅A(m!x⊗a↦xa)の下で 1⊗a は m!a に対応する。命題 2.15 により 1⊗a=0 ならある m で m!a=0 となり、a はねじれ元である。
問題 5.4 ★★ Ext1(Z/n,Z)=Z/n の元 k に定理 5.17 で対応する拡大 0→Z→Ek→Z/n→0 について、群として Ek≅Z⊕Z/gcd(k,n) であることを示せ(gcd(0,n)=n)。k=1 のときの拡大は何か。
解答
Ek=(Z⊕Z)/⟨v⟩, v=(k,−n) である。g=gcd(k,n) とすると v=gw で w の成分は互いに素なので、w を含む Z2 の基底 w,w′ がとれる(成分が互いに素な整数ベクトルを第 1 列とする行列式 ±1 の整数行列が存在する)。よって Ek≅Z/g⊕Z。k=0 は分裂拡大 Z⊕Z/n である。k=1 では (a,b)↦na+b が同型 E1≅Z を与え(核は ⟨(1,−n)⟩)、Z→E1 は m↦nm となるので、拡大は 0→ZnZ→Z/n→0 である。
問題 5.5 ★★ G={1,t}≅Z/2 が Z に t⋅a=−a で作用する G 加群を Z− とする。(1) 交叉準同型を用いて H1(G,Z−)≅Z/2 を示せ。(2) 周期的分解を用いてすべての Hn(G,Z−) を求めよ。
解答
(1) 交叉準同型 f は f(1)=0 と f(t)=c で決まり、条件 0=f(t2)=f(t)+tf(t)=c−c は自動的に成り立つので Z1≅Z。主交叉準同型は f(t)=ta−a=−2a なので B1=2Z。よって H1=Z/2。
(2) HomG(Z[G],Z−)≅Z(ϕ↦ϕ(1)=a)の下で、t−1 は a↦ta−a=−2a を、N=1+t は a↦a+ta=0 を誘導する。複体は Z−2Z0Z−2Z0⋯ なので、H2k(G,Z−)=0(k≥0)、H2k+1(G,Z−)=Z/2。自明な作用の場合(5.10 節)と偶奇が入れ替わる。
問題 5.6 ★★★(シャヌエルの補題)P,P′ を射影加群とし、0→K→PπM→0 と 0→K′→P′π′M→0 を短完全列とする。K⊕P′≅K′⊕P を示せ。(ヒント:引き戻し X={(x,x′)∈P⊕P′∣π(x)=π′(x′)} を考える。)
解答
射影 X→P, (x,x′)↦x は、π′ が全射なので全射であり、核は {(0,x′)∣π′(x′)=0}≅K′。P は射影的なので 0→K′→X→P→0 は分裂し(命題 4.15 (3))、X≅K′⊕P。同様に X→P′ を考えれば X≅K⊕P′。したがって K⊕P′≅K′⊕P である。これにより、射影分解の途中の核(シジジー)は射影加群の直和を除いて分解の取り方によらない。