この章のねらい
- スペクトル理論・ソボレフ空間・曲率・ポアンカレ双対・リーマン–ロッホ・確率過程の基本定理を、具体的な対象に適用して結論まで導けるようにする
- 「定理の仮定の確認」と「例による検算」を習慣にする(口頭試問・qualifying exam 相当)
前提:関数解析、偏微分方程式論、リーマン幾何学、位相幾何学、リーマン面と保型形式、確率論
目安:★ は 25 分、★★ は 40 分、★★★ は 60 分。
問題 1 ★★(スペクトル:平行移動と離散ラプラシアン)
(1) L2(R) 上の平行移動 (Tf)(x)=f(x+1) はユニタリ作用素で、σ(T)={∣λ∣=1}、固有値をもたないことを示せ。
(2) ℓ2(Z) 上の (Δx)n=xn+1+xn−1 は自己共役で、σ(Δ)=[−2,2]、固有値をもたないことを示せ。
使う知識:関数解析 第6章(掛け算作用素のスペクトル)、偏微分方程式論 第2章(プランシュレルの定理)
解答
有界連続関数 φ による掛け算作用素 Mφ(L2(X,μ), μ はルベーグ測度)について、σ(Mφ)=φ(X) であり、λ が固有値 ⇔ μ({φ=λ})>0 である。実際、λ∈/φ(X) なら M1/(φ−λ) が有界な逆、λ=φ(x0) なら x0 の小さな近傍の定義関数を正規化したものが近似固有ベクトルになり、スペクトルは閉集合である。
(1) f^(ξ)=∫f(x)e−ixξdx とすると Tf(ξ)=eiξf^(ξ)。プランシュレルの定理より (2π)−1/2F はユニタリなので、T は L2(R) 上の Meiξ にユニタリ同値。よって T はユニタリで、σ(T)={eiξ} は単位円周。{ξ∣eiξ=λ} は可算集合で測度 0 なので固有値はない。
(2) U:ℓ2(Z)→L2(R/2πZ,2πdθ), x↦∑xneinθ はユニタリ(パーセヴァル)で、UΔx=∑(xn+1+xn−1)einθ=(e−iθ+eiθ)Ux。よって Δ は M2cosθ にユニタリ同値で、実数値関数による掛け算なので自己共役、σ(Δ)=[−2,2]。{2cosθ=λ} は高々 2 点なので固有値はない。
解説・発展
- 並進不変な作用素はフーリエ変換で掛け算作用素に対角化できる。スペクトル定理(自己共役作用素は掛け算作用素にユニタリ同値)の具体例で、(2) のスペクトルは純粋に絶対連続である。
問題 2 ★★(積分方程式とフレドホルムの択一定理)
L2[0,1] において、λ∈C, g∈L2[0,1] に対する積分方程式
f(x)−λ∫01ex−yf(y)dy=g(x)
を考える。
(1) すべての g に対して解がただ一つ存在するための λ の条件を求め、そのときの解を求めよ。
(2) (1) の条件が成り立たないとき、解が存在するための g の条件と、解の全体を求めよ。
(3) 無限次元ヒルベルト空間上のコンパクト作用素 K について、0∈σ(K) を示せ。
使う知識:関数解析 第5章(コンパクト作用素・フレドホルムの択一定理)
解答
(1)(2) G=∫01e−yg(y) dy とおく。Kf(x)=ex∫01e−yf(y) dy は階数 1 の作用素で、方程式は f=g+λKf。解は f=g+cex(c=λ∫01e−yf(y)dy)の形で、代入すると c=λ(G+c)、すなわち (1−λ)c=λG。
- λ=1 のとき、c=1−λλG でただ一つの解 f=g+1−λλ(∫01e−yg(y) dy)ex をもつ。
- λ=1 のとき、解があるための必要十分条件は G=∫01e−yg(y) dy=0 で、そのとき解は f=g+cex(c は任意)。
(3) K が有界な逆 K−1 をもつなら、恒等作用素 I=K−1K はコンパクトとなり、閉単位球がコンパクトになる。これは無限次元であることに反する(リースの定理)。
解説・発展
- (2) はフレドホルムの択一定理の具体例:λ=1 で ker(I−K)=Cex、ker(I−K∗)=Ce−y で、(I−K)f=g が解ける ⇔ g⊥ker(I−K∗)。一般の K でも dimker(I−K)=dimker(I−K∗)<∞ となる(指数 0)。
問題 3 ★★(ソボレフ空間)
B を Rn (n≥2) の単位開球、α=0 とし、u(x)=∣x∣α とする。
(1) u∈H1(B) であるための必要十分条件は α>1−2n であることを示せ(弱導関数が B∖{0} での古典的導関数に一致することも示せ)。
(2) n≥3 なら H1(B) は有界でない関数を含むことを示せ。
(3) n=1 の場合、u∈H1(0,1) は連続な代表元をもち ∣u(x)−u(y)∣≤∣x−y∣1/2∥u′∥L2 を満たすことを示せ。
使う知識:偏微分方程式論 第3章(弱導関数・ソボレフ空間・埋め込み)
解答
(1) B∖{0} で ∇u=α∣x∣α−2x, ∣∇u∣=∣α∣∣x∣α−1。極座標で ∫B∣x∣2α−2dx=∣Sn−1∣∫01r2α+n−3dr は 2α+n−2>0 のときに限り有限(このとき u∈L2 も成り立つ)。
十分性:α>1−2n とし、φ∈Cc∞(B) をとる。ηε を Bε で 0、B2ε の外で 1、∣∇ηε∣≤C/ε の滑らかな関数とすると
∫Bu∂iφ=−∫B∂iuηεφ+∫Bu∂i((1−ηε)φ)
第 1 項は ∂iu∈L2⊂L1(B) より −∫∂iu φ に収束し、第 2 項は Cε−1∫B2ε∣x∣αdx=O(εα+n−1)→0(α+n−1>2n>0)。よって弱導関数は古典的導関数に等しく、u∈H1(B)。
必要性:u∈H1(B) なら、弱導関数は局所的な概念なので B∖{0} 上で古典的導関数に一致し、∫∣∇u∣2<∞ から α>1−2n。
(2) n≥3 なら 1−2n<0 なので、α∈(1−2n,0) をとれば u=∣x∣α∈H1(B) は原点で非有界。
(3) u∈C1[0,1] ならシュワルツの不等式より ∣u(x)−u(y)∣=∣∫yxu′∣≤∣x−y∣1/2∥u′∥2。また ∣u(x)∣≤∣u(y)∣+∥u′∥2 を y で積分して sup∣u∣≤∥u∥2+∥u′∥2。C1[0,1] は H1(0,1) で稠密なので、H1 で u に収束する C1 関数列は一様コーシー列で、その一様極限が u の連続な代表元となり、不等式も極限で保たれる。
解説・発展
- 埋め込み H1⊂L∞ は n=1 でのみ成り立つ。n=2 では loglog(e/∣x∣) が非有界な H1 関数の例になる。一般に p>1 なら Wk,p⊂C0 となる条件は kp>n である(p=1 では k≥n)。
問題 4 ★★(弱解とラックス–ミルグラムの定理)
Ω⊂Rn を有界領域、f∈L2(Ω)、a∈L∞(Ω) は 0<λ≤a(x)≤Λ を満たすとする。
(1) −div(a∇u)+u=f, u∣∂Ω=0 の弱解 u∈H01(Ω) の定義を述べ、それがただ一つ存在することを示せ。
(2) ∥u∥H1≤min(λ,1)1∥f∥L2 を示せ。
(3) Ω=(0,1), a≡1, f≡1 のとき、弱解を具体的に求めよ。
使う知識:偏微分方程式論 第4章(弱解・ラックス–ミルグラムの定理)
解答
(1) B(u,v)=∫Ω(a∇u⋅∇v+uv) dx とおく。u∈H01(Ω) が弱解であるとは、すべての v∈H01(Ω) で B(u,v)=∫Ωfv dx が成り立つこと(滑らかな解なら部分積分でこの等式が得られる)。B は有界 ∣B(u,v)∣≤max(Λ,1)∥u∥H1∥v∥H1 かつ強圧的 B(u,u)≥min(λ,1)∥u∥H12 で、v↦∫fv は H01 上の有界線形汎関数。ラックス–ミルグラムの定理(B は対称なのでリースの表現定理でもよい)より、弱解がただ一つ存在する。
(2) v=u とすると min(λ,1)∥u∥H12≤B(u,u)=∫fu≤∥f∥2∥u∥2≤∥f∥2∥u∥H1。
(3) −u′′+u=1, u(0)=u(1)=0 の古典解は、対称性から u=1+Acosh(x−21) の形で、u(0)=0 より A=−1/cosh21。
u(x)=1−cosh21cosh(x−21)
これは C2 級で、部分積分により弱解の等式を満たすので、(1) の一意性より求める弱解である。
解説・発展
- 係数 a が不連続でも弱解は存在する(古典解は一般に存在しない)。「存在は関数解析、正則性は評価」という分業が楕円型方程式論の基本構造である。
問題 5 ★★(最大値原理)
Ω⊂Rn を有界領域、u∈C2(Ω)∩C(Ω) とする。
(1) Ω で Δu≥0 ならば maxΩu=max∂Ωu であることを示せ。
(2) Ω⊂B(0,R) とし、u が −Δu=1 (Ω 内), u=0 (∂Ω 上) を満たすとき、0≤u(x)≤2nR2−∣x∣2 を示せ。
(3) ディリクレ問題 Δu=f (Ω), u=g (∂Ω) の C2(Ω)∩C(Ω) 解は高々一つであることを示せ。
使う知識:偏微分方程式論 第4章(弱最大値原理)、微分方程式 第7章
解答
(1) まず Δv>0 なら v は Ω の内部で最大値をとらない(内部の最大点ではヘッセ行列が半負定値で Δv≤0)。一般の場合は v=u+ε∣x∣2 とおくと Δv=Δu+2nε>0 なので、Ω⊂B(0,R′) として
Ωmaxu≤Ωmaxv=∂Ωmaxv≤∂Ωmaxu+εR′2
ε→0 として結論を得る(逆向きの不等式は明らか)。
(2) w=2nR2−∣x∣2−u とおくと、Δ∣x∣2=2n より Δw=−1+1=0。∂Ω 上で w=2nR2−∣x∣2≥0 なので、(1) を −w に適用して w≥0。また Δ(−u)=1≥0 より (1) から −u≤max∂Ω(−u)=0。
(3) 2 つの解の差 w は調和で境界値 0。(1) を w と −w に適用して w≡0。
解説・発展
- (2) は「比較関数(バリア)」を作って解を上から押さえる典型的な手法で、u は捩れ関数(期待脱出時間)と呼ばれる。ブラウン運動で見ると u(x)=21Ex[τΩ] で、問題 13 (2) の 1 次元の計算の多次元版である。
問題 6 ★★(曲率の計算)
(0,a)×S1 上の計量 g=dr2+f(r)2dθ2(f>0 は滑らか)を考える。
(1) ガウス曲率は K=−f(r)f′′(r) であることを示せ。
(2) f(r)=sinr, sinhr, r のときの K を求めよ。
(3) f が r=0 を含む区間上の滑らかな奇関数に延び、f′(0)=1 を満たすとする(このとき r=0 に 1 点 p を付け加えると計量は p で滑らかに延びる。とくに f(0)=f′′(0)=0)。半径 ρ の測地円板の面積 A(ρ) について K(p)=limρ→0πρ412(πρ2−A(ρ)) を示せ。
使う知識:リーマン幾何学 第2章(クリストッフェル記号)、リーマン幾何学 第4章(断面曲率)
解答
(1) 座標 (r,θ) で grr=1, gθθ=f2, grθ=0。0 でないクリストッフェル記号は Γθθr=−ff′, Γrθθ=Γθrθ=ff′。∇∂r∂r=0 に注意して
∇r∇θ∂θ=∇r(−ff′∂r)=−(f′2+ff′′)∂r,∇θ∇r∂θ=∇θ(ff′∂θ)=−f′2∂r
よって R(∂r,∂θ)∂θ=−ff′′∂r、K=∣∂r∣2∣∂θ∣2⟨R(∂r,∂θ)∂θ,∂r⟩=f2−ff′′=−ff′′。
(2) sinr で K=1(球面)、sinhr で K=−1(双曲平面)、r で K=0(平面)。
(3) A(ρ)=∫0ρ∫02πf(r) dθ dr=2π∫0ρf(r) dr。テイラー展開 f(r)=r+6f′′′(0)r3+O(r4) と、(1) より K(p)=limr→0(−f(r)f′′(r))=−f′′′(0) なので、A(ρ)=πρ2−12πK(p)ρ4+O(ρ5)。これから結論が従う。
解説・発展
- 測地極座標では計量は dr2+f(r,θ)2dθ2 の形で、K=−∂r2f/f はヤコビ方程式 f′′+Kf=0 と同じ式。(3) は「曲率は小さな円の面積の平坦からのずれ」という意味を与える。
問題 7 ★★★(比較定理の応用)
M を n 次元の完備連結リーマン多様体とする。単位速度測地線 γ:[0,L]→M と、γ′ に直交し両端で 0 となるベクトル場 V に対する第 2 変分公式 E′′(0)=∫0L(∣V′∣2−⟨R(V,γ′)γ′,V⟩)dt と、γ が最短なら E′′(0)≥0 であることは用いてよい。
(1)(マイヤーズの定理)Ric≥(n−1)k>0 ならば diamM≤kπ で、M はコンパクト、π1(M) は有限であることを示せ。
(2) S1×S2 はリッチ曲率が正のリーマン計量をもたないことを示せ。
(3) カルタン–アダマールの定理(完備で断面曲率 ≤0 なら普遍被覆は Rn と微分同相)を用いて、Sn (n≥2) は断面曲率 ≤0 の計量をもたないことを示せ。
使う知識:リーマン幾何学 第5章(第 2 変分公式・マイヤーズの定理・カルタン–アダマールの定理)、リーマン幾何学 第3章(ホップ–リノウの定理)
解答
(1) L>kπ の最短測地線 γ があるとする。γ′ に直交する平行な正規直交場 e1,…,en−1 をとり、Vi=sinLπtei に対する第 2 変分を Ei′′(0) と書くと(∑i⟨R(Vi,γ′)γ′,Vi⟩=sin2LπtRic(γ′,γ′) に注意)
i=1∑n−1Ei′′(0)=∫0L((n−1)L2π2cos2Lπt−Ric(γ′,γ′)sin2Lπt)dt≤(n−1)2L(L2π2−k)<0
よってある i で Ei′′(0)<0 となり最短性に反する。ホップ–リノウの定理より任意の 2 点は最短測地線で結べるので diamM≤kπ。有界閉集合(完備)なので M はコンパクト。普遍被覆 M~ に引き戻した計量も完備で同じ曲率条件を満たすので M~ もコンパクト、被覆のファイバーはコンパクト空間の離散閉集合で有限、よって π1(M) は有限。
(2) コンパクトなのでリッチ曲率が正なら(単位接束のコンパクト性により)ある k>0 で Ric≥(n−1)k。(1) より π1 は有限だが、π1(S1×S2)≅Z は無限。矛盾。
(3) コンパクトな計量は完備。Sn (n≥2) は単連結なので自身が普遍被覆で、それが Rn と微分同相になるが、Sn はコンパクトで Rn はそうでない。矛盾。
解説・発展
- 比較定理の応用は「曲率の仮定 → 位相的帰結(コンパクト性・基本群・普遍被覆)」の流れで答える。トーラス Tn は平坦計量をもつが、同じ理由で Ric>0 の計量はもたない。
問題 8 ★★(コホモロジー環)
H∗(CPn;Z)=Z[a]/(an+1)(dega=2)は用いてよい。
(1) CP2 と S2∨S4 はコホモロジー群が同型だが、ホモトピー同値でないことを示せ。
(2) 連続写像 f:CPn→CPn が f∗a=da を満たせば degf=dn であることを示し、n が偶数なら写像度 −1 の自己写像は存在しないことを示せ。
(3) CP2 と CP2(向きを逆にしたもの)の連結和を N とする。S2×S2 と N は交叉形式を比べることでホモトピー同値でないことを示せ。
使う知識:位相幾何学 第6章(カップ積)、位相幾何学 第7章(交叉形式)
解答
(1) どちらも H0=H2=H4=Z、他は 0。CP2 では H2 の生成元の 2 乗 a2 が H4 を生成する。一方、一点和では環として H~∗(S2∨S4)≅H~∗(S2)×H~∗(S4) で、H2 の生成元 x の 2 乗は H4(S2)=0 の成分に入り 0。ホモトピー同値はコホモロジー環の同型を誘導するので、両者はホモトピー同値でない。
(2) f∗ は環準同型なので f∗(an)=(f∗a)n=dnan。an は H2n≅Z の生成元(基本類の双対)なので degf=dn。n が偶数なら dn≥0 なので −1 にならない。
(3) H2 上の交叉形式 Q(x,y)=⟨x∪y,[M]⟩ は、S2×S2 では基底 [S2×pt]∗,[pt×S2]∗ に関して第 1 行 (0,1)、第 2 行 (1,0) の行列で、Q(x,x)=2x1x2 は常に偶数(偶形式)。N では diag(1,−1) で Q(e1,e1)=1(奇形式)。ホモトピー同値は H2 の同型で交叉形式を(向きにより符号を除いて)保つが、偶奇は符号で変わらないので矛盾。
解説・発展
- (2) から CP2m は向きを反転する自己ホモトピー同値をもたない(CP2m≃CP2m の意味で「キラル」)。単連結閉 4 次元多様体のホモトピー型は交叉形式で決まる(ホワイトヘッド–ミルナーの定理、証明は省略)。
問題 9 ★★★(ポアンカレ双対の応用)
M を連結な n 次元閉多様体とする。
(1) M が向き付け可能で n が奇数なら、オイラー標数 χ(M)=0 であることを示せ。
(2) M が向き付け可能で n=4k+2 なら、ベッチ数 b2k+1 は偶数であることを示せ。
(3) n=3 で H1(M;Z)=0 ならば、M は向き付け可能で H∗(M;Z)≅H∗(S3;Z) であることを示せ。
使う知識:位相幾何学 第7章(ポアンカレ双対・カップ積のペアリング)、位相幾何学 第6章(普遍係数定理)
解答
(1) 実係数のポアンカレ双対より bi=bn−i。n が奇数なら (−1)n−i=−(−1)i なので、χ=∑i(−1)ibi=∑i(−1)n−ibn−i=−χ。よって χ=0。
(2) カップ積のペアリング H2k+1(M;R)×H2k+1(M;R)→H4k+2(M;R)≅R はポアンカレ双対により非退化で、次数の可換性 α∪β=(−1)(2k+1)2β∪α=−β∪α より交代的。非退化な交代形式をもつ実ベクトル空間の次元は偶数なので、b2k+1 は偶数。
(3) 向き付けの 2 重被覆は準同型 π1(M)→Z/2 に対応し、これは可換群への準同型なので H1(M)=π1(M)ab=0 を経由して自明。よって M は向き付け可能。H0=H3=Z、H1=0。ポアンカレ双対と普遍係数定理より H2≅H1≅Hom(H1,Z)⊕Ext(H0,Z)=0。
解説・発展
- (1) は Z/2 係数を使えば向き付け不可能でも成り立つ。(3) の例がポアンカレのホモロジー球面で、π1 は位数 120 の群である。
問題 10 ★(リーマン–フルヴィッツの公式)
コンパクトリーマン面の間の次数 d の正則写像 f:X→Y について、2gX−2=d(2gY−2)+∑P(eP−1) は用いてよい。
(1) フェルマー曲線 Fd={xd+yd=zd}⊂P2 は非特異であることを示し、射影 [x:y:z]↦[x:z] を用いて種数を求めよ。
(2) X から Y への定数でない正則写像があれば gX≥gY であることを示せ。
(3) 種数 3 の曲線から種数 1 の曲線への次数 2 の正則写像の分岐点の個数を求めよ。
使う知識:リーマン面 第1章(正則写像の局所表示・分岐)、代数幾何学 第8章
解答
(1) 偏微分 dxd−1,dyd−1,−dzd−1 が同時に 0 になるのは x=y=z=0 のみなので非特異。x=z=0 なら y=0 となるので射影 π は Fd 全体で定義され、次数は d。[x:z] 上のファイバーは yd=zd−xd の解で、zd=xd なら d 個([1:0] 上でも d 個)。zd=xd となる d 個の点 [x:z] 上ではファイバーは y=0 の 1 点のみで、∑P∈π−1(q)eP=d より eP=d。よって
2g−2=d(−2)+d(d−1),g=2(d−1)(d−2)
(2) gY=0 なら明らか。gY≥1 なら 2gX−2≥d(2gY−2)≥2gY−2。
(3) 2⋅3−2=2⋅0+∑(eP−1) より ∑(eP−1)=4。次数 2 なので eP∈{1,2} で、分岐点は 4 個。
解説・発展
- (1) は平面曲線の種数公式と一致する。d=3 で種数 1(楕円曲線)、d=4 で種数 3。(2) の特別な場合として、種数 1 の曲線から種数 2 の曲線への定数でない正則写像は存在しない。
問題 11 ★★(リーマン–ロッホの定理とワイエルシュトラスの空隙定理)
X を種数 g のコンパクトリーマン面、P∈X とし、ℓ(D)=dimL(D) とする。
(1) g=0 なら X は P1 と双正則であることを示せ。
(2) P だけに極をもち、極の位数が g+1 以下の定数でない有理型関数が存在することを示せ。
(3) 「P でちょうど n 位の極をもち他で正則な有理型関数が存在しない」自然数 n(空隙)はちょうど g 個あり、すべて 2g−1 以下であることを示せ。
使う知識:リーマン面 第5章(リーマン–ロッホの定理)
解答
リーマン–ロッホの定理 ℓ(D)−ℓ(K−D)=degD+1−g と、degD>2g−2 なら ℓ(K−D)=0 を用いる。
(1) ℓ(P)≥1+1−0=2 なので、P だけに 1 位の極をもつ有理型関数 h がある。h:X→P1 は次数 1 の正則写像で、全単射な正則写像なので双正則。
(2) ℓ((g+1)P)≥(g+1)+1−g=2 より、定数でない元がある。
(3) ℓ(nP)−ℓ((n−1)P)∈{0,1} で、n が空隙 ⇔ この差が 0。ℓ(0)=1、deg((2g−1)P)=2g−1>2g−2 より ℓ((2g−1)P)=g。n=1,…,2g−1 での増加の合計は g−1 なので、この範囲の空隙は (2g−1)−(g−1)=g 個。n≥2g では ℓ(nP)=n+1−g で毎回 1 増えるので空隙はない。
解説・発展
- 空隙の集合が {1,…,g} でない点をワイエルシュトラス点といい、有限個しかない。種数 2 の超楕円曲線では、第8章 問題 7の 6 個の分岐点がちょうどワイエルシュトラス点で、空隙は {1,3}。
問題 12 ★★(マルチンゲール収束定理)
(1) ξ1,ξ2,… を独立で P(ξk=±1)=21 とする。∑k=1∞kξk は a.s. に収束することを示せ。
(2) Y1,Y2,… を独立で P(Yk=21)=P(Yk=23)=21 とし、Mn=Y1⋯Yn とする。Mn はマルチンゲールで a.s. に 0 に収束するが、L1 収束しないことを示せ。
(3) f∈L1[0,1] とし、Dn を長さ 2−n の 2 進区間で生成される σ-加法族とする。fn=E[f∣Dn] は a.e. かつ L1 で f に収束することを示せ。
使う知識:確率論 第5章(マルチンゲール収束定理・一様可積分性)
解答
(1) Sn=∑k≤nξk/k はマルチンゲールで、独立性より E[Sn2]=∑k≤nk21≤6π2。L2 有界なマルチンゲールは a.s.(かつ L2)収束する。
(2) E[Yk]=1 と独立性より E[Mn+1∣Fn]=MnE[Yn+1]=Mn。logMn=∑k≤nlogYk で、E[logY]=21log43<0。大数の強法則より n1logMn→21log43 a.s. なので logMn→−∞、Mn→0 a.s.。一方 E[Mn]=1 なので E∣Mn−0∣=1→0 で、L1 収束しない(一様可積分でない)。
(3) fn は x を含む長さ 2−n の 2 進区間上での f の平均であり、(fn) はフィルトレーション (Dn) に関するマルチンゲール。固定した可積分関数の条件付き期待値の族は一様可積分なので、fn は a.e. かつ L1 で E[f∣D∞](D∞=σ(⋃nDn))に収束する(レヴィの上昇定理)。2 進区間はボレル集合族を生成するので D∞ はボレル σ-加法族で、極限は f 自身である。
解説・発展
- (2) は「a.s. 収束 + 期待値一定」でも L1 収束しない典型例(角谷の積マルチンゲール)。(3) はルベーグの微分定理の 2 進版で、マルチンゲールによる証明は被覆補題を使わずに済む。
問題 13 ★★(ブラウン運動)
(Bt)t≥0 を B0=0 の 1 次元ブラウン運動とする。
(1) Bt2−t と exp(λBt−2λ2t)(λ∈R)はマルチンゲールであることを示せ。
(2) a,b>0, τ=inf{t∣Bt∈/(−a,b)} とする。P(Bτ=b)=a+ba, E[τ]=ab を示せ。
(3) a>0, Ta=inf{t∣Bt=a} とする。Ta<∞ a.s. と E[e−sTa]=e−a2s (s>0) を示し、E[Ta]=∞ を導け。
使う知識:確率論 第7章(ブラウン運動・任意抽出定理)
解答
(1) s<t で Bt−Bs は Fs と独立で N(0,t−s) に従う。E[Bt2−Bs2∣Fs]=E[(Bt−Bs)2+2Bs(Bt−Bs)∣Fs]=t−s。また E[eλ(Bt−Bs)]=eλ2(t−s)/2 より E[eλBt−λ2t/2∣Fs]=eλBs−λ2s/2。
(2) P(τ>n)≤P(∣Bk−Bk−1∣<a+b, k=1,…,n)=qn(q<1)なので τ<∞ a.s.、E[τ]<∞。Bt∧τ は有界マルチンゲールで E[Bt∧τ]=0、t→∞ として有界収束定理より E[Bτ]=0、すなわち bP(Bτ=b)−a(1−P(Bτ=b))=0。次に E[Bt∧τ2]=E[t∧τ] で、t→∞ として(左辺は有界収束、右辺は単調収束)E[τ]=E[Bτ2]=b2a+ba+a2a+bb=ab。
(3) (2) で下の障壁を −c とすると P(Ta<∞)≥a+cc→1 (c→∞)。λ=2s として Nt=exp(λBt∧Ta−s(t∧Ta)) は 0<Nt≤eλa の有界マルチンゲールで E[Nt]=1。Ta<∞ a.s. なので t→∞ で Nt→eλa−sTa、有界収束定理より E[eλa−sTa]=1。よって E[e−sTa]=e−a2s。s↓0 で s1−e−sTa↑Ta だから、単調収束定理より E[Ta]=lims→0s1−e−a2s=∞。
解説・発展
- (3) の Ta は「必ず到達するが平均到達時間は無限大」。ラプラス変換を逆変換すると密度 2πt3ae−a2/(2t) が得られ、反射原理 P(maxs≤tBs≥a)=2P(Bt≥a) とも整合する。