この章の目標
- ブラウン運動をガウス過程として定義し、ハール関数による構成を証明できる
- スケーリング・時間反転・(強)マルコフ性を使い、反射原理から最大値の分布を導ける
- 2 次変分を計算し、経路が有界変動でないことから確率積分が必要になる理由を説明できる
- 伊藤積分を L2 の等長性で構成し、伊藤の公式を使って簡単な確率微分方程式を解ける
前提:第4章(多次元正規分布)、第5章、06-measure-integration 第3章、10-functional-analysis 第2章(正規直交基底)
7.1 ランダムウォークからブラウン運動へ
Sn を単純ランダムウォークとし、時間を 1/n 倍、空間を 1/n 倍に縮めた W(n)(t)=S⌊nt⌋/n を考える。中心極限定理より W(n)(t)dN(0,t) で、重ならない時間区間での増分は独立である。n→∞ の極限として期待されるのは、独立な正規分布の増分をもち、連続な経路をもつ確率過程である。これがブラウン運動であり、花粉の微粒子の不規則運動(ブラウン、1827 年)の数学的モデルとして、アインシュタイン(1905 年)が物理的に、ウィーナー(1923 年)が数学的に扱った。
7.2 ガウス過程とブラウン運動
確率変数の族 (Xt)t≥0 を確率過程という。任意の t1,…,tn について (Xt1,…,Xtn) がガウス型(定義 4.14)であるときガウス過程という。その有限次元分布は平均 E[Xt] と共分散 Cov(Xs,Xt) で決まる(命題 4.16)。
定義 7.1(ブラウン運動, Brownian motion)確率過程 (Bt)t≥0 が次を満たすときブラウン運動(ウィーナー過程)という。(1) B0=0。(2) 0≤t0<t1<⋯<tn について増分 Bt1−Bt0,…,Btn−Btn−1 は独立。(3) s<t について Bt−Bs∼N(0,t−s)。(4) すべての ω で t↦Bt(ω) は連続。
命題 7.2 連続な経路をもつ確率過程 B がブラウン運動であるための必要十分条件は、平均 0、共分散 E[BsBt]=s∧t のガウス過程であることである。
証明. ブラウン運動なら (Bt1,…,Btn) は独立な正規分布に従う増分の線形像なのでガウス型で、s≤t なら E[BsBt]=E[Bs2]+E[Bs(Bt−Bs)]=s。逆に共分散が s∧t なら、増分のベクトルはガウス型で、j<k について E[(Btj−Btj−1)(Btk−Btk−1)]=tj−tj−tj−1+tj−1=0、分散は tj−tj−1 なので、命題 4.17 より独立である。□
注意
コルモゴロフの拡張定理(定理 1.34)で R[0,∞) 上に正しい有限次元分布をもつ過程は作れるが、「経路が連続である」という集合は非可算個の座標に依存し、そこでは可測ですらない。ブラウン運動の存在は、連続な経路をもつ過程を具体的に構成して示す必要がある。
7.3 ブラウン運動の構成
[0,1] 上のハール関数を h0=1、j≥0、0≤k<2j について
hj,k=2j/2(1[k2−j,(k+1/2)2−j)−1[(k+1/2)2−j,(k+1)2−j))
で定める。以下 L2=L2([0,1])、⟨f,g⟩=∫01fg dt とする。
補題 7.3 {h0}∪{hj,k} は L2 の完全正規直交系である。
証明. ∥hj,k∥2=2j⋅2−j=1。同じ j の関数は台が交わらず、j<j′ なら hj′,k′ の台は hj,k が定数になる半区間に含まれ、∫hj′,k′=0 なので直交する。j<n の関数と h0 の張る 2n 次元の空間は、長さ 2−n の 2 進区間上で定数な関数の空間(2n 次元)に含まれるので、これに一致する。2 進の端点をもつ区間の定義関数の線形結合は L2 で稠密なので(06-measure-integration 第4章 定理 4.12)、系は完全である。□
シャウダー関数 sn(t)=∫0thn du=⟨1[0,t],hn⟩ は、s0(t)=t、sj,k は区間 [k2−j,(k+1)2−j] 上の高さ 2−j/2−1 の山形の関数である。パーセヴァルの等式より ∑nsn(s)sn(t)=⟨1[0,s],1[0,t]⟩=s∧t となるので、独立な N(0,1) の係数で ∑nZnsn(t) とおけば共分散 s∧t が得られるはずである。
定理 7.4(レヴィ–チェシエルスキの構成, Lévy–Ciesielski)Z0,Zj,k を N(0,1) に従う i.i.d. とすると、級数
Bt=Z0t+j=0∑∞k=0∑2j−1Zj,ksj,k(t)
は a.s. で [0,1] 上一様収束し、B(収束しない零集合上では B≡0 とおく)は [0,1] 上のブラウン運動である。
証明. (a) 一様収束:Mj=maxk∣Zj,k∣ とすると、台が交わらないので supt∣∑kZj,ksj,k(t)∣≤Mj2−j/2−1。x≥1 で P(∣Z∣>x)≤x2π2e−x2/2≤e−x2/2 だから P(Mj>2j)≤2je−2j は総和有限で、ボレル–カンテリの補題より a.s. で十分大きな j について Mj≤2j。∑jj2−j/2<∞ なので、ワイエルシュトラスの M 判定法より一様収束し、極限は連続である。
(b) 各 t で級数は直交する項の和で ∑nsn(t)2=t<∞ だから L2(P) でも収束し、その極限は a.s. 極限と一致する。よって E[BsBt]=∑nsn(s)sn(t)=s∧t。∑iuiBti は正規分布 N(0,vN) に従う部分和の L2(P) 極限で、vN→v だから、特性関数 e−vNθ2/2→e−vθ2/2 より N(0,v) に従う。したがって B は平均 0、共分散 s∧t のガウス過程で連続な経路をもち、命題 7.2 よりブラウン運動である。□
[0,1] 上の独立なブラウン運動 B(0),B(1),… をつなげば(t∈[k,k+1] で Bt=∑i<kB1(i)+Bt−k(k))、[0,∞) 上のブラウン運動を得る。別の構成法として、コルモゴロフの連続変形定理がある:E[∣Xt−Xs∣α]≤C∣t−s∣1+β を満たす過程は、γ<β/α 次のヘルダー連続な経路をもつ変形をもつ(主張のみ。Karatzas–Shreve の第 2 章を参照)。ブラウン運動では E[∣Bt−Bs∣2m]=Cm∣t−s∣m より、経路は 1/2 未満の任意の次数でヘルダー連続である。ブラウン運動の分布は C([0,∞)) 上の確率測度(ウィーナー測度)とみなせる。
7.4 基本性質
Ft=σ(Bs∣s≤t) とする。
命題 7.5 B をブラウン運動、c>0、s≥0 とする。次もブラウン運動である。
- (対称性)−Bt。 (スケーリング)c−1/2Bct。
- (マルコフ性)Wt=Bs+t−Bs。さらに W は Fs と独立である。
- (時間反転)X0=0、Xt=tB1/t(t>0)。
証明. いずれも連続な経路をもつ平均 0 のガウス過程なので、命題 7.2 より共分散を調べればよい。1:E[c−1Bcs′Bct′]=c−1(cs′∧ct′)=s′∧t′。2:E[WtWu]=(s+t)∧(s+u)−s=t∧u。u≤s なら E[BuWt]=u−u=0 なので、(Bu1,…,Buk,Wt1,…,Wtm) はガウス型で二つのブロックが無相関であり、命題 4.17 と同じ特性関数の議論で二つのブロックは独立である。有限個の座標で決まる事象は π-系をなすので、定理 1.23 より σ(W) と Fs は独立である。3:E[XsXt]=st(s1∧t1)=s∧t。t>0 での連続性は明らか。t=0 での連続性は、limt↓0,t∈QXt=0 という事象の確率が有理時刻での有限次元分布だけで決まり、B についての同じ確率 1 に等しいことと、(0,∞) 上の連続性から従う。□
3 から Bu/u=X1/u→0(u→∞)a.s. であり、これはブラウン運動の大数の法則である。
系 7.6 a.s. で supt≥0Bt=+∞、inft≥0Bt=−∞。特にブラウン運動はどの水準にも到達し、0 に何度でも戻る。
証明. Y=suptBt(有理数 t での上限に等しいので可測)とする。スケーリングより Y と cY は同分布なので、Y の分布関数は (0,∞) で定数であり、Y∈{0,∞} a.s.。W=B1+⋅−B1 は B1 と独立なブラウン運動で Y≥B1+suptWt だから、Y=0 の上では B1≤0 かつ suptWt<∞、すなわち suptWt=0 である。よって p=P(Y=0) について p≤P(B1≤0)P(suptWt=0)=p/2 で、p=0。下限は −B に適用する。□
T が停止時刻であるとは、すべての t で {T≤t}∈Ft となることをいい、FT={A∣すべての t で A∩{T≤t}∈Ft} とする。経路の連続性より、水準 a への到達時刻 Ta=inf{t∣Bt=a} は {Ta≤t}={maxs≤tBs≥a} を満たす停止時刻である。
定理 7.7(強マルコフ性)T を T<∞ a.s. の停止時刻とすると、Wt=BT+t−BT は FT と独立なブラウン運動である。
証明. Tn=(⌊2nT⌋+1)2−n は 2−nN に値をとり、Tn↓T。A∈FT なら A∩{T<t}=⋃mA∩{T≤t−1/m}∈Ft なので A∩{Tn=k2−n}=A∩{(k−1)2−n≤T<k2−n}∈Fk2−n。有界連続な F:Rm→R と t1,…,tm について、Wt(n)=BTn+t−BTn とおき、固定時刻 k2−n でのマルコフ性(命題 7.5 の 2)を使うと
E[F(Wt1(n),…,Wtm(n));A]=k∑P(A∩{Tn=k2−n})E[F(Bt1,…,Btm)]=P(A)E[F(Bt1,…,Btm)]
経路の連続性より Wt(n)→Wt なので、有界収束定理より同じ等式が W について成り立つ。A=Ω として W の有限次元分布はブラウン運動のものに等しく、W は連続だからブラウン運動である。一般の A について等式が成り立つことから、有限次元分布が FT と独立であり(定理 4.15 の証明と同様に有界連続関数で分布が決まる)、π-λ 定理より σ(W) は FT と独立である。□
7.5 反射原理と最大値の分布
ランダムウォークが時刻 n までに水準 a に達したとき、到達時刻以後の道を a で折り返すと、終点が b<a の道と 2a−b の道が 1 対 1 に対応する。これが反射原理であり、ブラウン運動では強マルコフ性によって厳密になる。Mt=maxs≤tBs とする。
定理 7.8(反射原理, reflection principle)a>0 について P(Mt≥a)=2P(Bt≥a)=P(∣Bt∣≥a)。さらに b≤a について P(Mt≥a,Bt≤b)=P(Bt≥2a−b)。
証明. 系 7.6 より Ta<∞ a.s.。定理 7.7 より W=BTa+⋅−a は FTa と独立なブラウン運動で、Ta は FTa-可測である。{Bt≥a}⊂{Ta≤t}={Mt≥a} であり、Ta と W の独立性とフビニの定理より
P(Bt≥a)=P(Ta≤t,Wt−Ta≥0)=E[g(Ta);Ta≤t],g(s)=P(Bt−s≥0)
s<t で g(s)=1/2、P(Ta=t)≤P(Bt=a)=0 なので P(Bt≥a)=21P(Mt≥a)。後半は、−W も FTa と独立なブラウン運動であることから、同様に
P(Mt≥a,Bt≤b)=P(Ta≤t,Wt−Ta≤b−a)=P(Ta≤t,Wt−Ta≥a−b)=P(Bt≥2a−b)
(最後は 2a−b≥a より {Bt≥2a−b}⊂{Ta≤t} による)。□
例 7.9 P(maxs≤1Bs≥1)=2(1−Φ(1))≈0.317。P(Ta≤t)=2(1−Φ(a/t)) を微分すると、到達時刻 Ta の密度は
fTa(t)=2πt3ae−a2/(2t)(t>0)
である。P(Ta>t)=P(∣Bt∣<a)∼a2/(πt) より E[Ta]=∞ で、単純ランダムウォークの場合(第5章 例 5.14)と同じ現象である。強マルコフ性より T1 は独立な n 個の Tk/n−T(k−1)/n の和で、各項はスケーリングにより n−2T1 と同分布なので、T1 の分布は指数 1/2 の安定分布である(第4章 4.7 節)。
7.6 経路の性質
定理 7.10(2 次変分)[0,t] の分割 Δn:0=t0<t1<⋯<tkn=t の幅 ∣Δn∣=maxi(ti−ti−1) が 0 に収束するとき、Qn=∑i(Bti−Bti−1)2→t が L2 で成り立つ。∑n∣Δn∣<∞ ならば a.s. でも成り立つ。
証明. E[Qn]=∑i(ti−ti−1)=t。Z∼N(0,1) なら Var(Z2)=3−1=2 なので、増分の独立性より Var(Qn)=∑i2(ti−ti−1)2≤2t∣Δn∣→0。後半はチェビシェフの不等式とボレル–カンテリの補題による。□
系 7.11 a.s. で、B はどの区間 [0,t](t>0)上でも有界変動でない。
証明. 2 進分割(∑n∣Δn∣<∞)について Qn≤maxi∣Bti−Bti−1∣⋅∑i∣Bti−Bti−1∣。変動 V が有限なら、一様連続性より右辺は maxi∣⋅∣⋅V→0 となり、Qn→t>0 a.s. に反する。有理数 t について合わせればよい。□
したがって ∫0tHs dBs を経路ごとのリーマン–スティルチェス積分として定義することはできない。滑らかさについてはさらに次が知られている。
定理 7.12(ペイリー–ウィーナー–ジグムント)a.s. で、B はどの点でも微分可能でない。
証明の方針. B がある s∈[0,1] で微分可能なら、ある C と n0 があって、n≥n0 のとき s の近くの連続する 3 つの増分 ∣B(k+j)/n−B(k+j−1)/n∣(j=1,2,3、k=⌊ns⌋)がすべて C/n 以下になる。一つの k についてこの確率は P(∣B1/n∣≤C/n)3≤(C′/n)3 で、k は n 通りなので、合併の確率は n⋅C′3n−3/2→0。よって各 C についてこの事象は零集合で、C∈N について合わせればよい(Durrett の教科書を参照)。□
7.7 伊藤積分
株を保有しながら売買する投資家の損益は、保有量 Hs と価格の変化 dBs の「積分」である。離散時間ではマルチンゲール変換(定理 5.8)であった。保有量は将来の価格を見ずに決めなければならないことが、定義の鍵になる。
以下、フィルトレーション (Ft) は、B が適合し、Bt+s−Bt が Ft と独立になるものとする(命題 7.5 より自然なフィルトレーションはこれを満たす)。T>0 を固定し、LT2 を、発展的可測(各 t で [0,t]×Ω 上 B([0,t])⊗Ft-可測)で ∥H∥2:=E∫0THs2 ds<∞ となる過程 H 全体とする。
定義 7.13(単過程の確率積分)0=t0<⋯<tn=T と Fti-可測な ξi∈L2 による Hs=∑i=0n−1ξi1(ti,ti+1](s) を単過程といい、∫0THs dBs=∑iξi(Bti+1−Bti) と定める。
補題 7.14(伊藤の等長性)単過程 H について E[∫0TH dB]=0、E[(∫0TH dB)2]=E∫0THs2 ds。
証明. ΔiB=Bti+1−Bti は Fti と独立で平均 0 なので E[ξiΔiB]=0、E[ξi2(ΔiB)2]=E[ξi2](ti+1−ti)。i<j なら ξiξjΔiB は Ftj-可測かつ可積分(シュワルツの不等式)なので E[ξiξjΔiBΔjB]=E[ξiξjΔiB]E[ΔjB]=0。和をとればよい。□
補題 7.15 単過程は LT2 で稠密である。
証明の方針. (a) 有界で連続な経路をもつ適合過程は、左端点の値で近似した単過程 ∑iHti1(ti,ti+1] で有界収束定理により近似できる。(b) 有界な H∈LT2 は、連続な適合過程 m∫(t−1/m)∨0tHs ds で近似できる(ルベーグの微分定理、06-measure-integration 第7章)。(c) 一般の H は (H∧m)∨(−m) で近似できる。□
定理 7.16(伊藤積分)写像 H↦∫0TH dB は、LT2 から L2(P) への線形な等長写像に一意に拡張される。拡張した積分も E[∫0TH dB]=0、E[(∫0TH dB)2]=E∫0THs2 ds を満たす。
証明. H∈LT2 に単過程 H(n)→H をとると(補題 7.15)、補題 7.14 より ∫H(n) dB は L2(P) のコーシー列であり、極限は近似列によらない。これを ∫H dB と定めればよい。等式は L2 収束で保たれる。□
t≤T について ∫0tH dB:=∫0TH1[0,t] dB とおくと、t について連続な変形をもつマルチンゲールになる(主張のみ。単過程ではマルチンゲールであり、ドゥーブの不等式(定理 5.16 の連続時間版)により一様収束する近似列がとれる)。H=f が確定的な関数なら、∫0Tf dB は正規分布の L2 極限として N(0,∫0Tf2 ds) に従う(ウィーナー積分)。
例 7.17 ∫0tBs dBs=21(Bt2−t)。実際、ti=it/n とし H(n)=∑iBti1(ti,ti+1] とおくと ∥H(n)−B∥2=∑i∫titi+1(s−ti) ds=t2/(2n)→0。恒等式 b(a−b)=21(a2−b2−(a−b)2) を足し合わせると
∫0tH(n) dB=i∑Bti(Bti+1−Bti)=21(Bt2−i∑(Bti+1−Bti)2)⟶21(Bt2−t)
が定理 7.10 より L2 で成り立つ。通常の微積分の ∫0tb db=bt2/2 との差 −t/2 は 2 次変分から生じる。右端点 Bti+1 を使えば和は 21(Bt2+t) に、両端の平均 (Bti+Bti+1)/2 を使えば 21Bt2(ストラトノビッチ積分)に収束する。左端点を使うことは、未来を見ずに賭け金を決めることに対応し、そのおかげで積分はマルチンゲールになる。
7.8 伊藤の公式
定理 7.18(伊藤の公式, Itô's formula)f∈C1,2([0,∞)×R) とし、∂xf(s,Bs) が LT2 に属するとする。t≤T について a.s. で
f(t,Bt)=f(0,0)+∫0t∂xf(s,Bs) dBs+∫0t(∂tf+21∂x2f)(s,Bs) ds
証明の方針. [0,t] を分割し、テイラー展開すると
f(ti+1,Bti+1)−f(ti,Bti)≈∂tf Δit+∂xf ΔiB+21∂x2f (ΔiB)2
(係数は (ti,Bti) で評価)。和をとると第 1 項は ∫∂tf ds、第 2 項は定義 7.13 の左端点の和として ∫∂xf dB に収束する。第 3 項では (ΔiB)2 を Δit に置き換えてよい。実際、有界な Fti-可測な gi について E[(∑igi((ΔiB)2−Δit))2]=∑iE[gi2]2(Δit)2→0(定理 7.10 の証明と同じ計算)。剰余項の評価と局所化で一般の場合を扱う。詳細は Karatzas–Shreve の第 3 章を参照。□
通常の連鎖律との違いは 21∂x2f の項であり、「(dB)2=dt、dt dB=(dt)2=0」と覚えればよい。f(x)=x2 とすれば Bt2=2∫0tB dB+t で、例 7.17 と一致する。より一般に、Xt=X0+∫0tμs ds+∫0tσs dBs の形の過程(伊藤過程、dX=μ dt+σ dB と書く)について
df(t,Xt)=(∂tf+μt∂xf+21σt2∂x2f)dt+σt∂xf dBt
が成り立つ(主張のみ)。
7.9 確率微分方程式の例
dXt=b(Xt) dt+σ(Xt) dBt を積分方程式 Xt=X0+∫0tb(Xs) ds+∫0tσ(Xs) dBs の意味で解くのが確率微分方程式である。b,σ がリプシッツ連続なら、常微分方程式のピカールの逐次近似(08-differential-equations 第2章)と伊藤の等長性により、解がただ一つ存在する(主張のみ。Karatzas–Shreve の第 5 章を参照)。
例 7.19(幾何ブラウン運動)dSt=μSt dt+σSt dBt の解は
St=S0exp((μ−2σ2)t+σBt)
である。f(t,x)=S0e(μ−σ2/2)t+σx に伊藤の公式を使うと、∂tf=(μ−σ2/2)f、∂xf=σf、∂x2f=σ2f より df=μf dt+σf dB となる(E[e2σBs]=e2σ2s より ∂xf(s,Bs)∈LT2)。株価のモデル(ブラック–ショールズ模型)として使われる。E[St]=S0eμt だが、Bt/t→0 より t1logSt→μ−σ2/2 a.s. なので、0<μ<σ2/2 なら期待値は増大するのに St→0 a.s. となる。第5章の「倍か無か」(例 5.19)の連続版である。
例 7.20(オルンシュタイン–ウーレンベック過程)θ,σ>0 とし、dXt=−θXt dt+σdBt、X0=x を考える。解は
Xt=e−θtx+σ∫0te−θ(t−s) dBs
である。実際 Yt=∫0teθs dBs とおくと Xt=g(t,Yt)、g(t,y)=e−θt(x+σy) で、伊藤過程の公式(dY=eθtdB、∂y2g=0)より dX=−θX dt+σdB。ウィーナー積分なので Xt∼N(e−θtx,2θσ2(1−e−2θt)) で、t→∞ で出発点によらず N(0,σ2/(2θ)) に収束する。原点に引き戻す力と揺らぎがつり合う過程であり、エーレンフェストの壺(第6章)の連続版にあたる。
7.10 熱方程式との関係
命題 7.21 f を有界連続関数とし、u(t,x)=E[f(x+Bt)]=∫Rpt(y−x)f(y) dy、pt(z)=(2πt)−1/2e−z2/(2t) とおく。u は t>0 で熱方程式 ∂tu=21∂x2u を満たし、t↓0 で u(t,x)→f(x) となる。
証明. 直接の計算で ∂tpt(z)=(−2t1+2t2z2)pt(z)=21∂z2pt(z)。t が (0,∞) のコンパクト集合を動くとき、pt(y−x) の t,x に関する偏導関数は x の近くで y の可積分関数で一様に押さえられるので、積分記号下で微分できる(06-measure-integration 第3章 定理 3.25)。u(t,x)=E[f(x+tZ)](Z∼N(0,1))に有界収束定理を使えば初期条件を得る。□
伊藤の公式からは、この関係の理由がわかる。t を固定し Ms=u(t−s,x+Bs) とすると、ドリフト項は −∂tu+21∂x2u=0 なので M はマルチンゲールであり、u(t,x)=M0=E[Mt]=E[f(x+Bt)] となる。熱方程式(08-differential-equations 第7章)の解の確率表現であり、21∂x2 はブラウン運動の生成作用素である(作用素半群の見方は 10-functional-analysis 第7章)。さらにポテンシャル V があるとき
u(t,x)=E[f(x+Bt)exp(−∫0tV(x+Bs) ds)]
は(適当な条件のもとで)∂tu=21∂x2u−Vu、u(0,⋅)=f を満たす(ファインマン–カッツの公式、主張のみ)。量子力学のシュレーディンガー作用素や、金融のオプション価格の偏微分方程式の確率論的な解法の基礎である。
最後に 7.1 節の問いに戻る。ランダムウォークを折れ線で補間した W(n) は、C([0,1]) 上の確率測度としてブラウン運動に分布収束する(ドンスカーの不変原理、主張のみ)。たとえば maxk≤nSk/ndM1 で、M1 は定理 7.8 より ∣N(0,1)∣ と同分布である。同様に、経験分布関数の誤差 nsupx∣Fn(x)−F(x)∣(第2章 定理 2.20)は、F が連続ならブラウン橋 bt=Bt−tB1 の supt≤1∣bt∣ に分布収束し、これがコルモゴロフ–スミルノフ検定の基礎になる(主張のみ)。
まとめ
- ブラウン運動は B0=0、独立な正規分布の増分、連続な経路をもつ過程で、平均 0、共分散 s∧t のガウス過程として特徴づけられる。ハール関数による級数で構成できる。
- スケーリング・時間反転・マルコフ性・強マルコフ性をもつ。反射原理より maxs≤tBs は ∣Bt∣ と同分布で、到達時刻は平均が無限大の 1/2-安定分布に従う。
- 2 次変分は t で、経路は有界変動でなく、どこでも微分可能でない。
- 伊藤積分は単過程に対する等長性 E[(∫H dB)2]=E∫H2 ds を用いて L2 で拡張される。左端点(非予見性)が本質的で、積分はマルチンゲールになる。
- 伊藤の公式は (dB)2=dt による 2 次の補正項をもつ。幾何ブラウン運動とオルンシュタイン–ウーレンベック過程が基本的な例である。
- E[f(x+Bt)] は熱方程式を解く。ファインマン–カッツの公式やドンスカーの不変原理が、確率論と解析・統計学を結ぶ。
演習問題
問題 7.1 ★ Bt2−t と exp(θBt−θ2t/2)(θ∈R)が自然なフィルトレーションに関するマルチンゲールであることを示せ。
解答
s<t とし W=Bt−Bs とすると、W∼N(0,t−s) は Fs と独立である(命題 7.5)。E[Bt2∣Fs]=Bs2+2BsE[W]+E[W2]=Bs2+t−s。また E[eθBt∣Fs]=eθBsE[eθW]=eθBs+θ2(t−s)/2。
問題 7.2 ★(ブラウン橋)bt=Bt−tB1(0≤t≤1)について、s≤t なら E[bsbt]=s(1−t) であること、および過程 b が B1 と独立であることを示せ。
解答
E[bsbt]=s−st−st+st=s(1−t)。(bt1,…,btn,B1) はガウス型で E[btB1]=t−t=0 なので、命題 4.17 と同じ議論で (bt1,…,btn) は B1 と独立である。
問題 7.3 ★ 伊藤の公式を f(x)=x4 に適用して E[Bt4]=3t2 を示せ。
解答
Bt4=4∫0tBs3 dBs+6∫0tBs2 ds。E∫0tBs6 ds<∞ より B3∈Lt2 で、確率積分の期待値は 0 だから E[Bt4]=6∫0ts ds=3t2。これは N(0,t) の 4 次モーメントに一致する。
問題 7.4 ★★ Mt=maxs≤tBs について E[Mt]=2t/π を示せ。また (Mt,Bt) の同時密度が m≥0、b≤m で 2πt32(2m−b)e−(2m−b)2/(2t) であることを示せ。
解答
定理 7.8 より Mt は ∣Bt∣ と同分布なので E[Mt]=E[∣Bt∣]=t E[∣Z∣]=2t/π。後半:m≥0、b≤m で P(Mt≥m,Bt≤b)=P(Bt≥2m−b)=1−Φ((2m−b)/t)。同時密度は −∂m∂b で得られ、∂b で t1ϕ(t2m−b)(ϕ は標準正規密度)、さらに −∂m で t3/22(2m−b)ϕ(t2m−b) となる。
問題 7.5 ★★ 例 7.20 で X0 を B と独立な N(0,σ2/(2θ)) に従う確率変数にとる(解の公式の x を X0 に置き換える)。すべての t で Xt∼N(0,σ2/(2θ)) であり、s≤t で Cov(Xs,Xt)=2θσ2e−θ(t−s) であることを示せ。
解答
Xt=e−θtX0+σ∫0te−θ(t−u)dBu の二項は独立な正規分布で、分散は e−2θt2θσ2+2θσ2(1−e−2θt)=2θσ2。また Xt=e−θ(t−s)Xs+σ∫ste−θ(t−u)dBu で、第 2 項は Fs(X0 を含む)と独立で平均 0 なので、Cov(Xs,Xt)=e−θ(t−s)Var(Xs)。
問題 7.6 ★★★(逆正弦法則)0<s<t とする。ブラウン運動が区間 (s,t) で 0 にならない確率は π2arcsins/t であることを示せ。
解答
W=Bs+⋅−Bs は Bs と独立なブラウン運動で、(s,t) に零点があることは、W が時刻 t−s までに −Bs に達することと(確率 0 の違いを除いて)同値である。対称性と例 7.9 より、その確率は
2∫0∞2πse−x2/(2s)∫0t−s2πr3xe−x2/(2r) dr dx=π1∫0t−sr(s+r)s dr
である(フビニの定理で x について先に積分し、∫0∞xe−x2(1/s+1/r)/2 dx=s+rsr を使った)。r=su2 と置換すると π2∫0(t−s)/s1+u2du=π2arctan(t−s)/s=π2arccoss/t。よって零点のない確率は 1−π2arccoss/t=π2arcsins/t。