この章の目標
- 測地線の方程式を導き、球面・双曲空間・平坦トーラスの測地線を求められる
- 指数写像と正規座標を定義し、その基本性質を使える
- ガウスの補題を証明し、測地線が局所的に最短であること、最短曲線が測地線であることを証明できる
- 第 1 変分公式を証明し、測地線を長さの臨界点として理解する
- ホップ–リノウの定理を証明し、完備性の意味を例と反例で説明できる
前提:第2章、集合と位相 第5章・第7章、微分方程式 第2章
ユークリッド空間の直線には 2 つの顔がある。加速度が 0 の曲線であり、2 点を結ぶ最短の曲線でもある。リーマン多様体では前者を共変微分で表したものを測地線と呼び、それが局所的には後者の性質ももつことを示す。大域的には、「任意の 2 点が最短の測地線で結べるか」が完備性と結びつく(ホップ–リノウの定理)。以下、(M,g) は連結なリーマン多様体、∇ はレヴィ–チヴィタ接続とする。
3.1 測地線の方程式
定義 3.1(測地線, geodesic)滑らかな曲線 γ:I→M が Dtγ˙≡0 を満たすとき測地線という。座標では (2.2) より
γ¨k+Γijk(γ)γ˙iγ˙j=0(k=1,…,n)(3.1)
である(測地線の方程式)。
計量との両立から dtd∣γ˙∣2=2⟨Dtγ˙,γ˙⟩=0 なので、測地線の速さは一定である。
定理 3.2(存在と一意性)任意の p∈M, v∈TpM に対し、0 を含む開区間 Iv 上の測地線 γv で γv(0)=p, γ˙v(0)=v を満たし、定義域がこれ以上延長できないもの(極大測地線)がただ一つ存在する。
証明. (3.1) は (x,x˙) についての 1 階の常微分方程式系で、右辺は滑らかなので、局所解が存在し一意である(微分方程式 第2章)。同じ初期値をもつ 2 つの測地線が一致する時刻の集合は、連続性から閉、局所一意性から開なので、定義域の共通部分(区間)全体で一致する。同じ初期値をもつ測地線すべての定義域の和集合の上で、それらをつないだものが極大測地線である。□
補題 3.3(尺度変換)c∈R に対し γcv(t)=γv(ct) である(両辺の定義域も一致する)。
証明. σ(t):=γv(ct) は σ˙(t)=cγ˙v(ct) を満たし、(3.1) が速度について 2 次斉次なので測地線であり、初速度は cv。一意性より σ=γcv。□
例 3.4(モデル空間の測地線)
- Rn:Γ=0 なので測地線は直線 p+tv。
- 単位球面 Sn:v∈TpSn, v=0 に対し γ(t)=cos(∣v∣t) p+sin(∣v∣t) v/∣v∣ とおくと γ¨=−∣v∣2γ は法ベクトルなので、Dtγ˙=(γ¨)⊤=0(2.6 節)。一意性より、Sn の測地線は大円を一定の速さでたどるものに限る。
- 双曲面 Hn:定理 2.16 の証明は非退化性しか使わないので、空間的超曲面 Hn⊂Rn,1 でも共変微分は普通の微分の(⟨⋅,⋅⟩L に関する)接成分である。γ(t)=cosh(∣v∣t) p+sinh(∣v∣t) v/∣v∣ は γ¨=∣v∣2γ(法ベクトル)を満たすので測地線であり、すべての t∈R で定義される。
- 上半平面:γ(t)=(x0,et) は例 2.14 より y¨+Γxxyx˙2+Γyyyy˙2=et−e−te2t=0 と x 成分の式を満たす。一次分数変換は等長写像なので測地線を測地線に写し(命題 2.15)、測地線は実軸に直交する半直線と半円に限ることが分かる(演習問題 3.2)。
- 平坦トーラス Rn/Λ:射影 π は局所等長写像なので測地線は π(p+tv)。v が格子ベクトルの実数倍なら閉じ、そうでなければ閉じない(R2/Z2 で傾きが無理数なら像は稠密である)。
3.2 指数写像
定義 3.5(指数写像, exponential map)E:={v∈TM∣1∈Iv} とし、exp:E→M を exp(v):=γv(1) で定める。expp:=exp∣E∩TpM とおく。
補題 3.3 より expp(tv)=γv(t) であり、E∩TpM は 0 に関して星形である。常微分方程式の解の初期値に関する滑らかな依存性から、E は零切断を含む TM の開集合で、exp は滑らかである(主張のみ。Lee の本の指数写像の節を参照)。
命題 3.6 d(expp)0=idTpM である(T0(TpM)=TpM と同一視する)。したがって expp は 0 の近傍から p の近傍への微分同相を与える。
証明. d(expp)0(v)=dtdt=0expp(tv)=γ˙v(0)=v。後半は逆関数定理による。□
expp が 0 のある星形近傍 V 上で微分同相であるとき、U=expp(V) を p の正規近傍という。V=Bε(0)(計量 gp での球)のとき expp(Bε(0)) を測地球といい、そのような ε の上限を p での単射半径 inj(p) という。
例 3.7 単位球面では expp(v)=cos∣v∣ p+sin∣v∣ v/∣v∣ であり、∣v∣<π で Sn∖{−p} への微分同相、球面 ∣v∣=π 全体を −p に潰す。inj(p)=π である。平坦トーラスでは expπ(0) は被覆写像 π そのものである。Hn では expp:TpHn→Hn は微分同相である(q=p に対し coshr=−⟨p,q⟩L, v=r(q+⟨p,q⟩L p)/sinhr が逆写像を与える)。
3.3 正規座標
定義 3.8(正規座標, normal coordinates)U=expp(V) を正規近傍、(e1,…,en) を TpM の正規直交基底とし、E(x)=xiei とおく。座標写像 E−1∘expp−1:U→Rn を p を中心とする正規座標という。
命題 3.9 p を中心とする正規座標で、(a) gij(p)=δij、(b) p からの測地線 t↦expp(tv) は座標で直線 t↦(tv1,…,tvn)、(c) Γijk(p)=0、(d) ∂kgij(p)=0 である。
証明. (a) 命題 3.6 より ∂i∣p=ei。(b) 補題 3.3。(c) (b) の直線を (3.1) に代入すると Γijk(tv)vivj=0。t=0 として Γijk(p)vivj=0 がすべての v で成り立ち、Γijk は i,j について対称なので 0。(d) 計量との両立から ∂kgij=gljΓkil+gilΓkjl であり、(c) より p で 0。□
正規座標は「1 点で計量を 1 次まで標準形にする」座標である。2 次の項には曲率が現れる:gij=δij−31Rikljxkxl+O(∣x∣3)(第4章の規約で。演習問題 3.3 で球面の場合を確かめる)。
3.4 ガウスの補題
補題 3.10(対称性補題)滑らかな写像 Γ(s,t) に対し、Ds∂tΓ=Dt∂sΓ である。
証明. 座標で Ds∂tΓ=(∂s∂tΓk+Γijk ∂sΓi ∂tΓj)∂k であり、Γijk=Γjik より s,t について対称である。□
定理 3.11(ガウスの補題, Gauss lemma)v∈E∩TpM, w∈TpM に対し
⟨d(expp)v(v), d(expp)v(w)⟩=⟨v,w⟩.
すなわち expp は、動径方向のベクトルとの内積を保つ。
証明. E は開集合なので、∣s∣ が小さければ f(s,t):=expp(t(v+sw)) は 0≤t≤1 で定義される。T=∂tf, S=∂sf とおく。t↦f(s,t) は初速度 v+sw の測地線なので DtT=0, ∣T∣=∣v+sw∣ である。補題 3.10 より
∂t⟨S,T⟩=⟨DtS,T⟩=⟨DsT,T⟩=21∂s∣T∣2=21∂s∣v+sw∣2=⟨v+sw,w⟩.
s=0 とし、S(0,0)=0(f(s,0)=p)から t=0 から 1 まで積分すると ⟨S(0,1),T(0,1)⟩=⟨v,w⟩。S(0,1)=d(expp)v(w), T(0,1)=γ˙v(1)=d(expp)v(v) である。□
測地球 B=expp(Bε(0)) 上で r(q):=∣expp−1(q)∣ とし、B∖{p} 上の動径ベクトル場を ∂r:=d(expp)v(v/∣v∣)(q=expp(v))で定める。
系 3.12 B∖{p} 上で ∣∂r∣=1 であり、∂r は測地球面 Sδ:=expp({∣v∣=δ}) に直交し、gradr=∂r である。
証明. ガウスの補題を w=v に適用して ∣∂r∣=1、⟨v,w⟩=0 となる w(Sδ の接ベクトルに写る)に適用して直交性を得る。dr(∂r)=1(r は動径測地線に沿って速さ 1 で増える)、Sδ の接ベクトルに対し dr=0 なので、dr と ⟨∂r,⋅⟩ は一致する。□
3.5 測地線の局所最短性
定理 3.13(測地線は局所的に最短)B=expp(Bε(0)) を測地球、q=expp(v)∈B とする。p から q への区分的に滑らかな曲線 c は L(c)≥∣v∣ を満たし、等号は c が動径測地線 t↦expp(tv) (0≤t≤1) の単調な径数づけのときに限る。特に d(p,q)=r(q) であり、B は距離球 B(p,ε) に等しい。
証明. c:[a,b]→M が B にとどまる場合:a0:=max{t∣c(t)=p} とおく。(a0,b] で r∘c は区分的に滑らかで、系 3.12 とコーシー–シュワルツの不等式より
∣c˙∣≥∣⟨c˙,∂r⟩∣=dtdr(c(t))≥dtdr(c(t)).
[a0+η,b] で積分して η→0 とすれば L(c)≥r(q)=∣v∣。c が B から出る場合:∣v∣<δ<ε をとると、c は B を出る前に Sδ に達するので、そこまでの部分に上の評価を使って L(c)≥δ>∣v∣。等号が成り立つなら、c は B 内にあり、[a,a0] では長さ 0 で定値、(a0,b] では c˙ が ∂r の非負倍である。これは TpM 内の曲線 expp−1∘c の速度が常に位置ベクトルの非負倍であること、すなわち方向 v/∣v∣ が一定で動径が単調であることを意味する。□
注意
測地線が最短なのは局所的にだけである。球面の大円の弧は長さが π を超えると最短でなく、対蹠点を結ぶ最短測地線は無数にある。一方、例 1.22 の R2∖{0} のように、最短曲線そのものが存在しないこともある。
逆向きの主張には、近くのすべての点で一様な大きさの測地球がとれることが要る。
補題 3.14(一様正規近傍)各 p∈M に対し、近傍 W と δ>0 があって、任意の q∈W について expq は Bδ(0)⊂TqM 上で微分同相であり、W⊂expq(Bδ(0)) となる。
証明. F(q,v):=(q,expqv) を (p,0) の近傍で考える。TM の局所座標 (q,v) で dF(p,0) は、expq0=q と命題 3.6 から、対角ブロックが単位行列のブロック下三角行列であり可逆である。逆関数定理より、F は V={(q,v)∣q∈W′, ∣v∣<δ} の形の近傍から (p,p) の近傍への微分同相である。W×W⊂F(V) となる p の近傍 W⊂W′ をとればよい。F は第 1 成分を保つので、各 q∈W について expq∣Bδ(0) は単射で微分が可逆、その像は W を含む。□
定理 3.15(最短曲線は測地線)区分的に滑らかで速さ一定の曲線 c:[a,b]→M が L(c)=d(c(a),c(b)) を満たせば、c は(折れ点のない)測地線である。
証明. 三角不等式より、最短曲線の部分弧も最短である。t0∈[a,b] に対し、c(t0) の一様正規近傍 W, δ をとり、t0 を含む区間 J で c(J)⊂W となるものをとる。t1<t2 を J の点とすると、c(t2)∈W⊂expc(t1)(Bδ(0)) であり、c∣[t1,t2] は最短なので定理 3.13 の等号条件から c(t1) からの動径測地線の単調な径数づけであり、速さ一定なので測地線そのものである。t0 を内部に含む [t1,t2] をとれば、c は t0 の近くで(折れ点を含めて)測地線である。□
さらに、各点は測地的に凸な近傍(その任意の 2 点が、近傍内にある唯一の最短測地線で結ばれる近傍)をもつことが知られている(ホワイトヘッドの定理。主張のみ)。
3.6 第1変分公式
測地線を「長さの臨界点」として特徴づける。区分的に滑らかな曲線 γ:[a,b]→M の変分とは、連続写像 Γ:(−ε,ε)×[a,b]→M で、ある分割について各 (−ε,ε)×[ti−1,ti] 上で滑らかであり、Γ(0,t)=γ(t) を満たすものをいう。V(t):=∂sΓ(0,t) を変分ベクトル場、Γ(s,a), Γ(s,b) が s によらないとき固有変分という。逆に区分的に滑らかな V は Γ(s,t)=expγ(t)(sV(t)) の変分ベクトル場になる。
定理 3.16(第 1 変分公式, first variation formula)γ を速さ 1 の区分的に滑らかな曲線、Γ をその変分、L(s) を Γ(s,⋅) の長さとすると
L′(0)=−∫ab⟨V,Dtγ˙⟩dt−i=1∑k−1⟨V(ti),Δiγ˙⟩+⟨V(b),γ˙(b)⟩−⟨V(a),γ˙(a)⟩
である。ここで Δiγ˙:=γ˙(ti+)−γ˙(ti−) は折れ点での速度の跳びである。
証明. T=∂tΓ, S=∂sΓ とする。s=0 の近くで ∣T∣>0 なので積分記号下で微分でき、補題 3.10 と ∣T(0,t)∣=1 より
L′(0)=i∑∫ti−1ti∣T∣⟨DsT,T⟩s=0dt=i∑∫ti−1ti⟨DtV,γ˙⟩dt=i∑∫ti−1ti(dtd⟨V,γ˙⟩−⟨V,Dtγ˙⟩)dt.
各区間で dtd⟨V,γ˙⟩ を積分し、内部の折れ点で ⟨V(ti),γ˙(ti−)⟩−⟨V(ti),γ˙(ti+)⟩ が残ることに注意すればよい(V は連続)。□
系 3.17 速さ 1 の区分的に滑らかな曲線 γ が測地線であるための必要十分条件は、任意の固有変分に対して L′(0)=0 となることである。
証明. 測地線なら右辺の各項は 0。逆に、各区間の内部で正で分点 t0=a,t1,…,tk=b で 0 の関数 φ を用いて V=φDtγ˙ とすると 0=−∫φ∣Dtγ˙∣2 なので各区間で Dtγ˙=0。次に V(ti)=Δiγ˙ となる固有な V をとると ∑∣Δiγ˙∣2=0。折れ点で速度がつながるので、測地線の一意性から全体が一つの測地線である。□
エネルギー E(c):=21∫ab∣c˙∣2 dt についても、γ の速さを仮定せずに同じ形の公式 E′(0)=−∫⟨V,Dtγ˙⟩−∑⟨V(ti),Δiγ˙⟩+⟨V,γ˙⟩∣ab が成り立つ(証明は同様で、∣T∣ で割る必要がない)。コーシー–シュワルツより L(c)2≤2(b−a)E(c) で、等号は速さ一定のときに限る。測地線の方程式 (3.1) は、ラグランジアン 21gijx˙ix˙j のオイラー–ラグランジュ方程式にほかならない。
3.7 ホップ–リノウの定理
定義 3.18(完備性)すべての極大測地線が R 全体で定義されるとき、M は測地的に完備 (geodesically complete) であるという。これは exp が TM 全体で定義されることと同値である。
定理 3.19(ホップ–リノウの定理, Hopf–Rinow)(M,g) を連結なリーマン多様体とする。次は同値である。
- (a) (M,dg) は完備距離空間である。
- (b) M は測地的に完備である。
- (c) ある p∈M で expp が TpM 全体で定義される。
- (d) M の有界閉集合はコンパクトである。
さらにこのとき、(e) 任意の 2 点は長さが距離に等しい測地線(最短測地線)で結べる。
鍵は次の補題である。
補題 3.20 expp が TpM 全体で定義されるなら、任意の q∈M に対し、p から q への最短測地線 t↦expp(tu) (0≤t≤d(p,q), ∣u∣=1) が存在する。
証明. r=d(p,q)>0 としてよい。0<δ<r を測地球がとれるほど小さくとり、コンパクトな測地球面 Sδ 上で d(⋅,q) を最小にする点 x0=expp(δu) (∣u∣=1) をとる。p から q への曲線は d(p,⋅)=δ となる点、すなわち Sδ の点(定理 3.13)を通るので、r=δ+d(x0,q) である(≤ は三角不等式)。γ(t):=expp(tu) はすべての t で定義される。
I:={t∈[0,r]∣d(γ(t),q)=r−t} は閉集合で δ∈I なので、T:=maxI とおく。T<r と仮定する。γ(T) のまわりで十分小さい δ′<r−T について同じ議論をすると、γ(T) を中心とする測地球面上の点 x1 で d(x1,q)=r−T−δ′ となるものがある。すると d(p,x1)≥r−d(x1,q)=T+δ′ だが、γ∣[0,T] に γ(T) から x1 への動径測地線をつないだ曲線の長さは T+δ′ なので、これは最短曲線であり、定理 3.15 より折れ点のない測地線、つまり γ に一致する。よって x1=γ(T+δ′) で T+δ′∈I となり、T の最大性に反する。ゆえに T=r で、γ(r)=q かつ L(γ∣[0,r])=r。□
定理 3.19 の証明. (b)⇒(c) は明らか。
(c)⇒(d):有界閉集合 K は p を中心とするある閉距離球 Bˉ(p,R) に含まれ、補題 3.20 より Bˉ(p,R)=expp({∣v∣≤R}) はコンパクト集合の連続像なのでコンパクト。よってその閉部分集合 K もコンパクト。
(d)⇒(a):コーシー列は有界なので、コンパクトな閉球に含まれ、収束する部分列をもつ。コーシー列が収束部分列をもてば全体が収束する。
(a)⇒(b):速さ 1 の極大測地線 γ の定義域の上端 b が有限だと仮定する。d(γ(t),γ(t′))≤∣t−t′∣ なので、t→b で γ(t) はコーシーの条件を満たし、完備性からある点 q に収束する。q の一様正規近傍 W, δ(補題 3.14)をとり、γ(t1)∈W かつ b−t1<δ となる t1 をとる。γ(t1) から γ˙(t1) 方向の測地線は少なくとも時間 δ だけ定義されるので、γ は t1+δ>b まで延長でき、極大性に反する。下端についても同様。
(e):(b) からすべての p で (c) が成り立ち、補題 3.20 を使えばよい。□
系 3.21 コンパクトなリーマン多様体は完備である。完備なリーマン多様体の閉部分多様体は、誘導計量について完備である。
証明. 前半は (d) から。後半:部分多様体 N の誘導距離 dN は dM 以上なので、dN のコーシー列は dM のコーシー列で、M で収束し、N が閉なので極限は N にある。定理 1.20 より dN の位相は N の部分空間位相と一致するので、dN でも収束する。□
例 3.22(完備性の例と反例)Rn, Sn, 平坦トーラスは完備である。Hn は例 3.4 の測地線が R 全体で定義されるので (b) により完備である。一方 R2∖{0} や、上半平面にユークリッド計量を与えたものは完備でない(測地線 t↦(0,1−t) が t=1 で止まる)。(e) は完備性を導かない:開円板 {∣x∣<1}⊂R2 の 2 点は線分で結べるが、完備ではない。
3.8 モデル空間の距離と切断跡
例 3.23(モデル空間の距離)
- 単位球面:d(p,q)=arccos⟨p,q⟩。実際、Sn はコンパクトなので最短測地線 cost p+sint u (0≤t≤L, L=d(p,q)) があり、⟨p,q⟩=cosL。大円の短い方の弧の長さは arccos⟨p,q⟩∈[0,π] なので L≤π で、L=arccos⟨p,q⟩。
- 双曲空間:coshd(p,q)=−⟨p,q⟩L。完備性から最短測地線 cosht p+sinht u があり、⟨p,γ(L)⟩L=−coshL。
- 平坦トーラス Rn/Λ:d([x],[y])=minλ∈Λ∣x−y+λ∣。[x] を通る最短の閉測地線は最短の格子ベクトル ±λ に対応し、正方格子では 2 本、六角格子では 3 本ある。これが 2 つのトーラスが等長でない理由である(例 1.11)。
完備な M の点 p から出る速さ 1 の測地線 γu は、はじめは最短だが、ある時刻を過ぎると最短でなくなることがある。
定義 3.24(切断跡, cut locus)tc(u):=sup{t>0∣d(p,γu(t))=t} とし、tc(u)<∞ のとき γu(tc(u)) を p の切断点という。切断点の全体を p の切断跡 Cut(p) という。
- Sn では Cut(p)={−p}、RPn では Cut(p)≅RPn−1(p から距離 π/2 の点全体)。
- 平坦トーラス R2/Z2 では、[0] の切断跡は正方形 [−21,21]2 の境界の像(2 つの円の一点和)である。
- Rn, Hn では切断跡は空である。
次の事実が知られている(主張のみ):Cut(p) は閉集合で測度 0 であり、expp は {tu∣0≤t<tc(u)} から M∖Cut(p) への微分同相を与える。切断点 γu(tc(u)) では、それが最初の共役点(第5章)であるか、p と結ぶ最短測地線が 2 本以上あるかのいずれかが起こる。inj(p) は p から Cut(p) までの距離に等しい。
まとめ
- 測地線は Dtγ˙=0 を満たす曲線で、局所座標では γ¨k+Γijkγ˙iγ˙j=0。初期値に対し極大測地線がただ一つ存在し、速さは一定である。
- 球面の測地線は大円、双曲面の測地線は原点を通る平面との交わり、上半平面の測地線は実軸に直交する半直線と半円である。
- 指数写像 expp は d(expp)0=id を満たし、正規座標を与える。正規座標の中心で gij=δij, Γijk=0。
- ガウスの補題:expp は動径方向との内積を保つ。これから測地球内の動径測地線は唯一の最短曲線であり、逆に速さ一定の最短曲線は測地線である。
- 第 1 変分公式により、測地線は固有変分に関する長さ(エネルギー)の臨界点として特徴づけられる。
- ホップ–リノウの定理:連結なリーマン多様体では、距離の完備性・測地的完備性・1 点での expp の全域定義・有界閉集合のコンパクト性は同値であり、そのとき任意の 2 点は最短測地線で結べる。
- 測地線は切断点を過ぎると最短でなくなる。切断跡は大域的な形を反映する。
演習問題
問題 3.1 ★ γ を定値でない測地線、φ を滑らかな関数とする。γ∘φ が測地線であるための必要十分条件は φ が 1 次関数 φ(t)=at+b であることを示せ。
解答
σ=γ∘φ とすると σ˙=φ˙ γ˙(φ) で、Dtσ˙=φ¨ γ˙(φ)+φ˙2(Dtγ˙)(φ)=φ¨ γ˙(φ)。γ は定値でないので速さは一定の正数で γ˙=0。よって Dtσ˙=0⇔φ¨=0。
問題 3.2 ★ 上半平面の測地線は、実軸に直交する半直線 {x=x0} と、実軸上に中心をもつ半円に限ることを示せ。
解答
例 3.4 より半直線(を y=et で径数づけたもの)は測地線である。一次分数変換は等長写像なので測地線を測地線に写し、例えば ϕ(z)=(z−1)/(z+1) は虚軸を単位半円に写す(ϕ(0)=−1, ϕ(i)=i, ϕ(∞)=1 で、一次分数変換は円・直線を円・直線に写し実軸を保つので、実軸に直交する円に写る)。さらに実軸方向の平行移動と拡大 z↦λz+b で、実軸上に中心をもつ任意の半円が測地線になる。任意の点 z0 と方向 v に対し、v が鉛直ならその半直線、そうでなければ z0 を通り z0 で v に接し実軸上に中心をもつ円がただ一つ(中心は z0 での法線と実軸の交点)ある。測地線の一意性より、これらで尽くされる。
問題 3.3 ★★ 単位球面の北極を中心とする正規座標を、極角 ρ と経度 ϕ により x=ρcosϕ, y=ρsinϕ で与える。計量が
g=dx2+dy2+(ρ2sin2ρ−1)ρ2(x dy−y dx)2 と書けることを示し、gij=δij−31(δij∣x∣2−xixj)+O(∣x∣4) を導け。命題 3.9 (a)(d) と整合することを確かめよ。
解答
例 3.7 より expN(ρu) は極角 ρ の点で、g=dρ2+sin2ρ dϕ2。一方 dx2+dy2=dρ2+ρ2dϕ2, ρ2dϕ=x dy−y dx なので
g=dx2+dy2+(sin2ρ−ρ2)dϕ2=dx2+dy2+(ρ2sin2ρ−1)ρ2(xdy−ydx)2.
sin2ρ/ρ2−1=−ρ2/3+O(ρ4) より g=dx2+dy2−31(x dy−y dx)2+O(∣x∣4)。成分で g11=1−y2/3, g22=1−x2/3, g12=xy/3 であり、これは δij−31(δij∣x∣2−xixj) に等しい。原点で gij=δij、1 次の項がないので ∂kgij(0)=0。第4章の規約で単位球面は Riklj=δijδkl−δilδkj(原点で)なので、これは本文の公式 gij=δij−31Rikljxkxl+⋯ と一致する。
問題 3.4 ★★ 等質なリーマン多様体は完備であることを示せ。
解答
ある p で expp が Bε(0) 上で定義される ε>0 をとる。等長写像は測地線を測地線に写し、F(p)=q となる等長写像 F が存在するので、すべての点 q で expq は Bε(0) 上で定義される。速さ 1 の測地線 γ が [0,b) で極大, b<∞ とすると、t1=b−ε/2 で γ(t1) から γ˙(t1) 方向の測地線は時間 ε まで定義されるので、γ は t1+ε>b まで延長でき矛盾。よって測地的に完備であり、ホップ–リノウの定理より完備である。
問題 3.5 ★★ (1) M を連結なリーマン多様体、F,G:M→N を局所等長写像とする。ある点 p で F(p)=G(p) かつ dFp=dGp なら F=G であることを示せ。(2) Isom(Rn)={x↦Ax+b∣A∈O(n), b∈Rn}、Isom(Sn)=O(n+1) を示せ。
解答
(1) A:={q∣F(q)=G(q), dFq=dGq} は連続性から閉で、p∈A。q∈A とし正規近傍 U=expq(V) をとる。局所等長写像は測地線を測地線に写すので F(expqv)=expF(q)(dFqv)=expG(q)(dGqv)=G(expqv)。よって U 上で F=G で、微分も一致し U⊂A。A は開なので、連結性から A=M。
(2) F∈Isom(Rn) に対し A=dF0∈O(n), b=F(0) とおくと、x↦Ax+b は 0 での値と微分が F と一致する等長写像なので F に等しい。F∈Isom(Sn) と p∈Sn に対し、Ap=F(p) かつ A∣TpSn=dFp となる A∈O(n+1) がある(p と TpSn の正規直交基底を、F(p) とその像に写す)。A∣Sn と F は p で値と微分が一致するので等しい。
問題 3.6 ★★ 上半平面で coshd(z,w)=1+∣z−w∣2/(2ImzImw) を示せ。
解答
右辺は一次分数変換で不変である(演習問題 1.4)。z↦(z−Rez0)/Imz0 で z0 を i に写せる。i の固定部分群は ζ↦(cosα ζ+sinα)/(−sinα ζ+cosα) からなり、i での微分は (cosα−isinα)−2=e2iα なので TiU2 の方向に推移的に作用する。上半平面は完備(例 3.22)なので i と w′ を結ぶ最短測地線があり、その初速度を上向きの鉛直方向に回せば、測地線は虚軸になり w′ は ti (t≥1) に写る。例 1.23 より d=logt で、右辺は 1+(t−1)2/(2t)=coshlogt。等長写像は d を保つので一般の場合も成り立つ。
問題 3.7 ★★★ M をコンパクトなリーマン多様体とする。M の自由ホモトピー類で定値でないもの(可縮でない閉曲線の類)には、その類の中で長さが最小の閉曲線が存在し、それは滑らかな閉測地線であることを示せ。
解答
ヒント. (i) コンパクト性から、ルベーグ数の議論で ε>0 があって、距離 2ε 未満の 2 点は唯一の最短測地線で結ばれ、それは端点に連続に依存する(補題 3.14 を有限個の点で使う)。また距離が 2ε 未満の 2 つの閉曲線は(対応する点を最短測地線で結んで)自由ホモトピックである。(ii) 類の長さの下限を ℓ とし、L(ck)→ℓ となる閉曲線列をとる。L(ck)<ℓ+1 としてよい。各 ck を長さについて N 等分((ℓ+1)/N<ε となる N)し、分点を最短測地線で結んだ折れ測地線に置き換えても、長さは増えず類も変わらない。(iii) 分点の組 (x1k,…,xNk)∈MN はコンパクト集合内にあるので収束部分列をもつ。極限の分点を最短測地線で結んだ折れ測地線 c は、(i) の連続性により同じ類に属し L(c)=ℓ。類の下限が ℓ で、ℓ>0(可縮でない閉曲線は長さ 2ε 以上:短いものは測地的凸近傍に入り可縮)。(iv) c は最小なので、折れ点をずらす変分に対し第 1 変分 =0。系 3.17 の議論(閉曲線版:端点の項が打ち消し合う)から折れ点がなく、始点でも速度がつながる。よって c は滑らかな閉測地線である。