この章の目標
- リーマン計量の定義を述べ、局所座標での成分 gij を用いて長さ・角度・勾配・体積を計算できる
- 球面・積多様体・平坦トーラス・双曲空間(3 つのモデル)の計量を書き下し、モデルどうしが等長であることを計算で確かめられる
- 1 の分割を用いてリーマン計量の存在を証明できる
- 曲線の長さからリーマン距離を定義し、それが多様体の位相を与える距離であることを説明できる
- 等長写像・体積形式・擬リーマン計量の基本事項を理解する
前提:多様体 第2章(1 の分割)、第3章(接空間・はめ込み)、第5章(テンソル場)、第6章(向きと積分)、線形代数 第7章(内積空間)
多様体 第1章 では、R3 内の曲面の長さ・角度・面積がすべて第一基本形式 E du2+2F du dv+G dv2 から計算でき、ガウス曲率さえ第一基本形式だけで決まる(驚異の定理)ことを見た。リーマンはこの発想を任意の次元に拡げ、「各点の接空間に内積が与えられた空間」を幾何学の舞台とすることを提案した。外側の空間を必要としないので、R3 に収まらない双曲平面のような空間も、球面と同じ足場の上で扱える。
多様体はハウスドルフかつ第二可算とし、「滑らか」は C∞ 級を意味する。
1.1 リーマン計量の定義
接ベクトルは足したり定数倍したりできるが、TpM はただのベクトル空間なので「長さ」や「角度」は測れない。そこで各点の接空間に内積を、点について滑らかに与える。
定義 1.1(リーマン計量, Riemannian metric)M を滑らかな多様体とする。各点 p∈M に TpM 上の内積 gp を対応させる g が滑らかである、すなわち任意の滑らかなベクトル場 X,Y に対して関数 p↦gp(Xp,Yp) が滑らかであるとき、g を M 上のリーマン計量という。組 (M,g) をリーマン多様体 (Riemannian manifold) という。
gp(v,w) を ⟨v,w⟩ とも書き、∣v∣:=⟨v,v⟩ を長さ、cosθ=⟨v,w⟩/(∣v∣∣w∣) で定まる θ∈[0,π] を v,w のなす角という。テンソルの言葉では、リーマン計量とは各点で正定値な滑らかな対称 2 階共変テンソル場(多様体 第5章 5.2 節)である。
1.2 局所座標と記法の約束
注意 1.2(縮約記法)本科目ではアインシュタインの縮約記法 (Einstein summation convention) を用いる。一つの項の中に同じ添字が上と下に 1 回ずつ現れたら、その添字について 1 から n まで和をとり、和の記号を省略する。例えば gijviwj=∑i,j=1ngijviwj。座標関数とベクトルの成分の添字は上に、1 形式の成分と座標基底 ∂i:=∂/∂xi の添字は下につける。多様体 の科目では和の記号を省略しなかったが、テンソル計算の多い本科目ではこの記法を採用する。
座標近傍 (U,(x1,…,xn)) で gij:=g(∂i,∂j) とおく。行列 (gij) は各点で正定値対称であり、g(X,Y)=gijXiYj なので、g の滑らかさは gij の滑らかさと同値である。対称積 dxi dxj:=21(dxi⊗dxj+dxj⊗dxi) を用いて g=gij dxidxj と書く(古典的には線素 ds2 と書く)。逆行列の成分を gij で表す:gijgjk=δki。
命題 1.3(座標変換則)別の座標 (yk) で g=g~kl dykdyl とすると g~kl=gij (∂xi/∂yk)(∂xj/∂yl)、すなわちヤコビ行列 J=(∂xi/∂yk) により G~=J⊤GJ である。
証明. 連鎖律 ∂/∂yk=(∂xi/∂yk)∂i を g~kl=g(∂/∂yk,∂/∂yl) に代入すればよい。□
例 1.4(極座標)x=rcosθ, y=rsinθ とし、dx=cosθ dr−rsinθ dθ, dy=sinθ dr+rcosθ dθ を代入すると交差項が消えて dx2+dy2=dr2+r2dθ2。よって (gij)=diag(1,r2), (gij)=diag(1,r−2)。
定義 1.5(添字の上げ下げと勾配)v∈TpM に対し v♭:=⟨v,⋅⟩∈Tp∗M とおく。v↦v♭ は線形同型であり、その逆を ω↦ω♯ と書く。成分では (v♭)i=gijvj, (ω♯)i=gijωj である(添字の下げ・上げ)。関数 f の勾配 (gradient) を gradf:=(df)♯ と定める。これは ⟨gradf,X⟩=Xf で特徴づけられ、局所的には gradf=gij ∂jf ∂i である。
偏導関数の組 (∂1f,…,∂nf) は 1 形式 df の成分であって、ベクトルの成分ではない。例えば極座標では gradf=∂rf ∂r+r−2∂θf ∂θ である(演習問題 1.1)。
補足
本科目の規約(全章共通)。曲率テンソルは R(X,Y)Z=∇X∇YZ−∇Y∇XZ−∇[X,Y]Z、断面曲率は K(X,Y)=⟨R(X,Y)Y,X⟩/(∣X∣2∣Y∣2−⟨X,Y⟩2) で定義する(第4章)。この規約で単位球面の断面曲率は +1 になる。座標成分は R(∂i,∂j)∂k=Rijkl∂l, Rijkl=⟨R(∂i,∂j)∂k,∂l⟩ とする。ラプラシアンは非負の作用素 Δ=dδ+δd とする(第7章)。符号や添字の位置は本によって異なるので、他書を読むときは必ず規約を確認すること。
1.3 例:部分多様体・積・商
例 1.6(ユークリッド空間)Rn に gˉ=δij dxidxj を与えたもの。以下 ∣dx∣2:=(dx1)2+⋯+(dxn)2 と略記する。
命題 1.7(誘導計量)F:M→(N,h) をはめ込みとすると、(F∗h)p(v,w):=hF(p)(dFpv,dFpw) は M 上のリーマン計量である(誘導計量, induced metric)。
証明. 局所表示 (F∗h)ij=hab(F(x)) ∂iFa ∂jFb は滑らかである。v=0 なら dFp の単射性から (F∗h)(v,v)=∣dFpv∣h2>0。□
M⊂RN の局所パラメータ表示 φ に対し gij=⟨∂iφ,∂jφ⟩ であり、曲面の第一基本形式(多様体 第1章 1.3 節)の一般化になっている。
例 1.8(球面)半径 r の球面 Sn(r)⊂Rn+1 に誘導計量を与える。n=2 で極角 θ∈(0,π) と経度 ϕ による φ(θ,ϕ)=r(sinθcosϕ,sinθsinϕ,cosθ) では ∣∂θφ∣2=r2, ∣∂ϕφ∣2=r2sin2θ, ⟨∂θφ,∂ϕφ⟩=0 より
g=r2(dθ2+sin2θdϕ2)
である。単位球面では、北極からの立体射影 σ(x)=(x1,…,xn)/(1−xn+1) の逆写像 σ−1(u)=(2u/(1+∣u∣2), (∣u∣2−1)/(∣u∣2+1)) により
(σ−1)∗gˉ=(1+∣u∣2)24∣du∣2
となる(演習問題 1.3)。計量がユークリッド計量の関数倍なので、立体射影は角度を保つ。
例 1.9(積計量)(M1,g1), (M2,g2) に対し、T(p,q)(M1×M2)=TpM1⊕TqM2 の直交和として定まる内積を積計量 g1⊕g2 という。S1×S1⊂R4 の誘導計量は dθ12+dθ22 で平坦だが、R3 内の回転トーラスの誘導計量 (R+rcosv)2du2+r2dv2 はガウス曲率 cosv/(r(R+rcosv)) をもつ。同じ多様体 T2 に幾何学的に異なる計量が入る。
命題 1.10(商計量)群 Γ がリーマン多様体 (M~,g~) に等長写像(定義 1.24)として自由かつ真性不連続に作用するとき、M=M~/Γ 上に、射影 π が π∗g=g~ を満たすリーマン計量 g がただ一つ存在する。
証明. π は局所微分同相なので gπ(p~)(v,w):=g~p~(dπp~−1v,dπp~−1w) とおく。別の持ち上げ γp~ では dπγp~∘dγp~=dπp~ で γ が等長なので値は同じ。一意性は π∗g=g~ が g を強制することから従う。□
例 1.11(平坦トーラスと射影空間)格子 Λ⊂Rn による平行移動は等長写像なので、Tn=Rn/Λ に計量が入る(平坦トーラス)。正方格子と六角格子から得られる 2 次元トーラスは微分同相だが等長ではない(各点を通る最短の閉測地線の本数が 2 と 3 で異なる。第3章)。また RPn=Sn/{±1} に標準的な計量が入る。
1.4 双曲空間の 3 つのモデル
双曲幾何学の模型として、定曲率 −1 の空間(第4章)が必要になる。ヒルベルトの定理によれば、定曲率負の完備曲面は R3 に等長的にはめ込めない(主張のみ)ので、双曲平面は外側の空間なしに定義されたリーマン多様体として扱うほかない。
定義 1.12(双曲空間のモデル)Rn+1 に ⟨x,y⟩L:=x1y1+⋯+xnyn−xn+1yn+1 を与えたものをミンコフスキー空間 Rn,1 という。
- 双曲面モデル:Hn:={x∈Rn+1∣⟨x,x⟩L=−1, xn+1>0} に ⟨⋅,⋅⟩L の制限 gH を与えたもの。
- ポアンカレ球体モデル:Bn:={u∈Rn∣∣u∣<1} に gB:=4∣du∣2/(1−∣u∣2)2 を与えたもの(n=2 でポアンカレ円板)。
- 上半空間モデル:Un:={x∈Rn∣xn>0} に gU:=∣dx∣2/(xn)2 を与えたもの(n=2 で上半平面)。
⟨⋅,⋅⟩L は正定値でないので、gH が計量であることには確認が要る。
命題 1.13 Hn は Rn+1 の n 次元部分多様体で、TxHn={v∣⟨x,v⟩L=0} であり、⟨⋅,⋅⟩L は TxHn 上で正定値である。
証明. Q(x)=⟨x,x⟩L の微分 dQx(v)=2⟨x,v⟩L は Q(x)=−1 のとき 0 でないので、正則値定理から前半が従う。v∈TxHn∖{0} とし xˉ=(x1,…,xn), vˉ も同様とする。xn+1vn+1=⟨xˉ,vˉ⟩ とコーシー–シュワルツ、∣xˉ∣2=(xn+1)2−1 から ∣vn+1∣≤(∣xˉ∣/xn+1)∣vˉ∣。vˉ=0 なら v=0 となるので vˉ=0 で、∣vn+1∣<∣vˉ∣、すなわち ⟨v,v⟩L>0。□
補題 1.14(反転)中心 c、半径 r の反転 ι(x)=c+r2(x−c)/∣x−c∣2 は ι∗∣dx∣2=r4∣dx∣2/∣x−c∣4 を満たす。
証明. c=0 としてよい。dιx(v)=(r2/∣x∣2)(v−2⟨x,v⟩x/∣x∣2) であり、括弧内は超平面 x⊥ に関する鏡映なので長さを保つ。□
定理 1.15(3 つのモデルの等長性)
(1) π(x):=(x1,…,xn)/(1+xn+1) は等長写像 Hn→Bn で、逆写像は π−1(u)=(2u/(1−∣u∣2), (1+∣u∣2)/(1−∣u∣2)) である。
(2) ι(u):=−en+2(u+en)/∣u+en∣2 は等長写像 Bn→Un である。
証明. (1) ρ=∣u∣2<1, x=π−1(u) とすると ⟨x,x⟩L=(4ρ−(1+ρ)2)/(1−ρ)2=−1 であり、π∘π−1=id と π−1∘π=id(x∈Hn なら ∣π(x)∣2=(xn+1−1)/(xn+1+1)<1)は直接確かめられる。xˉ=2u/(1−ρ), xn+1=−1+2/(1−ρ) と u⋅du=dρ/2 から
∣dxˉ∣2=(1−ρ)24∣du∣2+(1−ρ)34dρ2+(1−ρ)44ρdρ2=(1−ρ)24∣du∣2+(1−ρ)44dρ2,(dxn+1)2=(1−ρ)44dρ2
なので (π−1)∗gH=∣dxˉ∣2−(dxn+1)2=4∣du∣2/(1−ρ)2。
(2) ι は中心 −en、半径 2 の反転で、対合である。ι(u) の第 n 成分は
y(u)=−1+∣u+en∣22(un+1)=∣u+en∣21−∣u∣2
なので ι(u)∈Un⇔u∈Bn であり、対合性から ι:Bn→Un は全単射。補題 1.14 より ι∗gU=(4∣du∣2/∣u+en∣4)/y(u)2=4∣du∣2/(1−∣u∣2)2。□
π は点 −en+1 から見た「双曲的な立体射影」である。以下、3 つのモデルを区別せず双曲空間 Hn と呼ぶ。双曲面モデルは球面との類似が明快で、等長変換が線形写像になる。上半空間モデルは水平な平行移動と拡大 x↦λx (λ>0) が等長写像になり、座標計算に向く。n=2 ではケーリー変換 w=i(1+z)/(1−z) も円板から上半平面への等長写像である。
1.5 リーマン計量の存在
定理 1.16 任意の滑らかな多様体 M はリーマン計量をもつ。
証明. 座標近傍の被覆 {(Uα,φα)} と、それに従属する 1 の分割 {ψα}(多様体 第2章 2.6 節)をとり、
g:=α∑ψαφα∗gˉ
とおく(各項は Uα の外で 0 と拡張する)。台が局所有限なので各点の近くでは有限和であり、g は滑らかな対称 2 テンソル場である。v∈TpM∖{0} に対し、∑αψα(p)=1 よりある α で ψα(p)>0、このとき p∈Uα で φα∗gˉ(v,v)>0。他の項は非負なので gp(v,v)>0。□
要点は、正定値な内積の全体が凸錐をなすことにある。ホイットニーの埋め込み定理で M⊂RN とみなし、誘導計量をとってもよい。
注意
同じ議論は擬リーマン計量(1.9 節)には通用しない。dx2−dy2 と −dx2+dy2 の平均は 0 である(演習問題 1.2)。実際、コンパクト多様体がローレンツ計量をもつための必要十分条件はオイラー標数が 0 であることが知られており、S2 にはローレンツ計量がない。
計量はいつでも無数に存在する。リーマン幾何学の関心は、どのような性質(例えば曲率一定)の計量が入るか、また計量の性質が多様体の形をどう制約するかにある。
1.6 曲線の長さとリーマン距離
定義 1.17(長さ)連続写像 γ:[a,b]→M が区分的に滑らか (piecewise smooth) であるとは、分割 a=t0<⋯<tk=b があって各 γ∣[ti−1,ti] が滑らかであることをいう。その長さを L(γ):=∫ab∣γ˙(t)∣ dt(各区間の積分の和)と定める。
置換積分により、L(γ) は単調なパラメータ変換で変わらない。γ˙=0 なら弧長で径数づけし直して ∣γ˙∣≡1 にできる。例えば単位球面の緯線 t↦(θ0,t) (0≤t≤2π) の長さは 2πsinθ0 である。
定義 1.18(リーマン距離)連結なリーマン多様体 (M,g) の 2 点 p,q に対し、p と q を結ぶ区分的に滑らかな曲線の長さの下限を dg(p,q) と書き、リーマン距離 (Riemannian distance) という。
連結なら 2 点は区分的に滑らかな曲線で結べる(p と結べる点全体が開かつ閉)ので、dg は有限である。
補題 1.19 座標近傍 (U,x) 内のコンパクト集合 K に対し、定数 0<c≤C があって、p∈K, v∈TpM について c∣v∣e≤∣v∣g≤C∣v∣e が成り立つ。ここで ∣v∣e は座標成分のユークリッドノルムである。
証明. 連続関数 (p,v)↦∣v∣g のコンパクト集合 {p∈K, ∣v∣e=1} 上の最小値と最大値をとり、斉次性を使えばよい。□
定理 1.20 連結なリーマン多様体 (M,g) に対し、dg は距離であり、その定める位相は多様体としての位相と一致する。
証明の概略. 対称性と三角不等式は、曲線を逆にたどる・つなぐことから従う。p=q のとき dg(p,q)>0 を示す。p のまわりの座標で x(p)=0 とし、ハウスドルフ性を使って閉ユークリッド球 Bˉε={∣x∣≤ε}⊂U が q を含まないようにし、Bˉε 上で補題 1.19 の c,C をとる。p から q への曲線は Bˉε から出るので、ユークリッドの長さ ε 以上の部分弧を含み、L(γ)≥cε。同じ評価から、0<δ≤ε について距離球 B(p,cδ) は座標球 {∣x∣<δ} に含まれ、座標球 {∣x∣<δ} は B(p,Cδ) に含まれる(座標で線分を考える)。よって位相は一致する。□
例 1.21(ユークリッド空間)Rn では d(p,q)=∣p−q∣。実際 e=(q−p)/∣q−p∣ とおくと L(γ)≥∫⟨γ˙,e⟩ dt=∣q−p∣ で、等号は γ が線分の単調な径数づけのときに限る。
例 1.22(最短曲線が存在しない例)M=R2∖{0} で p=(1,0), q=(−1,0) とする。原点を半径 ε の半円で迂回する曲線の長さ 2−2ε+πε は 2 に近づくので d(p,q)=2 だが、長さ 2 の曲線は原点を通る線分に限り M 内にない。最短曲線の存在は自明でなく、第3章の完備性が鍵になる。
例 1.23(上半平面の距離)U2 で曲線 γ(s)=(x(s),y(s)) (a≤s≤b) が i=(0,1) と (0,t) を結ぶとき
L(γ)=∫abyx˙2+y˙2ds≥∫aby∣y˙∣ds≥∫abyy˙ds=∣logt∣
であり、線分で等号が成り立つ。よって d(i,ti)=∣logt∣。同様に d(i,x+iy)≥∣logy∣ なので、実軸に近づく点は i から無限に遠い。
1.7 等長写像
定義 1.24(等長写像)微分同相 F:(M,g)→(N,h) が F∗h=g を満たすとき等長写像 (isometry) という。局所微分同相で F∗h=g を満たすものを局所等長写像という。(M,g) の等長写像全体は群 Isom(M,g) をなす。
等長写像は曲線の長さを保つので、リーマン距離も保つ。逆に次が知られている。
定理 1.25(マイヤーズ–スティーンロッド)連結なリーマン多様体の間の全射で距離を保つ写像は、滑らかな等長写像である。さらに Isom(M,g) はリー群であり、M がコンパクトならコンパクトである。(主張のみ)
Isom(M,g) の次元は n(n+1)/2 以下で、最大値は Rn, Sn, Hn で達成される。
例 1.26(モデル空間の等長変換)Rn では x↦Ax+b (A∈O(n)) が等長写像であり、これで全部であることを第3章で示す(演習問題 3.5)。O(n+1) は Sn の等長写像からなる。⟨⋅,⋅⟩L を保つ線形写像のうち Hn を保つものの群 O+(n,1) は Hn の等長写像からなる。上半平面では一次分数変換 z↦(az+b)/(cz+d) (a,b,c,d∈R, ad−bc=1) が等長写像である(演習問題 1.4)。
定義 1.27(等質・等方)Isom(M,g) が M に推移的に作用するとき等質 (homogeneous)、点 p の固定部分群が微分を通じて TpM の単位球面に推移的に作用するとき p で等方的 (isotropic) という。
Sn は等質かつ各点で等方的である(en+1 の固定部分群 O(n) が Ten+1Sn=Rn に標準的に作用する)。Hn も同様である(演習問題 1.6)。平坦トーラス R2/Z2 は等質だが、[0] を固定する等長写像は Z2 を保つ直交行列から来るもの(有限個)に限られ、等方的でない。
F∗h=λ2g(λ は正値関数)を満たす写像を等角写像 (conformal map) という。立体射影や反転は等角であり、ポアンカレ球体モデルと上半空間モデルでは角度がユークリッドの角度と一致する。
1.8 体積形式と体積
命題 1.28(リーマン体積形式)向き付けられた n 次元リーマン多様体 (M,g) には、正の向きの任意の正規直交基底 (e1,…,en) に対して値 1 をとる n 形式 dVg がただ一つ存在し、正の向きの座標では dVg=det(gij) dx1∧⋯∧dxn である。
証明. 正の向きの座標で ω:=detG dx1∧⋯∧dxn(G=(gij))とおく。正の向きの正規直交基底を ej=Aij∂i とすると、A⊤GA=I より (detA)2detG=1、detA>0 なので ω(e1,…,en)=detG detA=1。正の向きの正規直交基底どうしは SO(n) で移り合うので、この条件は n 形式を座標によらず一意に定め、局所的な ω は貼り合う。□
vol(M):=∫MdVg を体積という(多様体 第6章 6.6 節)。向き付け不可能でも、密度 det(gij) ∣dx1⋯dxn∣ で関数を積分できる。
例 1.29(双曲平面の円板)単位球面では dV=sinθ dθ∧dϕ で面積は 4π。ポアンカレ円板で u=s(cosθ,sinθ), s=tanh(ρ/2) とおくと、ds=21cosh−2(ρ/2) dρ, 1−s2=cosh−2(ρ/2) から
gB=(1−s2)24(ds2+s2dθ2)=dρ2+sinh2ρ dθ2
を得る(4sinh2(ρ/2)cosh2(ρ/2)=sinh2ρ)。gB≥dρ2 なので、例 1.23 と同じ議論で原点からの距離は ρ であり、半径 R の距離球の面積は ∫02π∫0Rsinhρ dρ dθ=2π(coshR−1) である。ユークリッド平面の πR2 と違い、指数関数的に増大する(演習問題 1.5)。
1.9 擬リーマン計量
定義 1.30(擬リーマン計量)各点で非退化な対称 2 テンソル場で、指数(負の固有値の個数)が一定のものを擬リーマン計量 (pseudo-Riemannian metric) という。指数 1 のときローレンツ計量 (Lorentzian metric) という。
ミンコフスキー空間 Rn,1 はローレンツ多様体の基本例であり、⟨v,v⟩L が負・零・正に応じて v を時間的・光的・空間的という。双曲面 Hn は時間的ベクトル x に直交する接空間をもつ空間的超曲面で、「虚の半径の球面」と見なせる。一方 {⟨x,x⟩L=1}(ド・ジッター空間)の誘導計量はローレンツ計量である。
第2章以降のレヴィ–チヴィタ接続・測地線・曲率の定義と局所計算は非退化性しか使わないので、擬リーマン計量にもそのまま通用する。一方、長さと距離は意味を失い、ホップ–リノウの定理や比較定理は成り立たない。一般相対性理論は 4 次元ローレンツ多様体の曲率を扱う理論である(第4章 4.8 節)。
まとめ
- リーマン計量は接空間ごとの内積を滑らかに与えたものであり、局所的には正定値対称行列 (gij) で表され、座標変換で G~=J⊤GJ と変換する。
- 計量によりベクトルと 1 形式が同一視され、勾配 gradf=gij∂jf ∂i が定まる。
- 誘導計量・積計量・商計量から多くの例が得られる。双曲空間の 3 つのモデルは、双曲的立体射影と反転によって互いに等長である。
- 正定値性が凸条件なので、1 の分割により任意の多様体にリーマン計量が存在する。擬リーマン計量では成り立たない。
- 曲線の長さの下限としてリーマン距離が定まり、多様体の位相を与える。ただし最短曲線は存在するとは限らない。
- 等長写像は距離を保ち、距離を保つ全射は等長写像である。
- 向き付けられたリーマン多様体には体積形式 dVg=detg dx1∧⋯∧dxn がある。
演習問題
問題 1.1 ★ R2 の極座標で f(x,y)=x の勾配を gradf=gij∂jf ∂i により計算し、∂x に一致することを確かめよ。また ∂rf ∂r+∂θf ∂θ は一般に ∂x でないことを確かめよ。
解答
f=rcosθ より ∂rf=cosθ, ∂θf=−rsinθ なので gradf=cosθ ∂r−r−1sinθ ∂θ。∂r=cosθ ∂x+sinθ ∂y, ∂θ=−rsinθ ∂x+rcosθ ∂y を代入すると ∂x の係数は cos2θ+sin2θ=1、∂y の係数は 0。一方 cosθ ∂r−rsinθ ∂θ=(cos2θ+r2sin2θ)∂x+(1−r2)sinθcosθ ∂y は r=1 かつ sinθ=0 で ∂x と異なる。
問題 1.2 ★ (1) g0,g1 が M 上のリーマン計量なら、0≤t≤1 に対し (1−t)g0+tg1 もリーマン計量であることを示せ。(2) h0=dx2−dy2, h1=−dx2+dy2 に対し、21(h0+h1) が非退化でないことを確かめよ。
解答
(1) v=0 なら (1−t)g0(v,v)+tg1(v,v) は非負の数の和で、1−t と t の一方は正なので正。(2) 21(h0+h1)=0。ローレンツ計量の全体は凸でないので、定理 1.16 の証明は使えない。
問題 1.3 ★★ 例 1.8 の σ−1 について (σ−1)∗gˉ=4∣du∣2/(1+∣u∣2)2 を示せ。
解答
ρ=∣u∣2 とおくと dρ=2u⋅du で、σ−1(u)=(x,t), x=2u/(1+ρ), t=1−2/(1+ρ)。
∣dx∣2=(1+ρ)24∣du∣2−(1+ρ)34dρ2+(1+ρ)44ρdρ2,dt2=(1+ρ)44dρ2
であり、dρ2 の係数の和は (−4(1+ρ)+4ρ+4)/(1+ρ)4=0。よって ∣dx∣2+dt2=4∣du∣2/(1+ρ)2。検算:u=0 の近くで σ−1(u)≈(2u,−1) なので計量は 4∣du∣2 となり公式と合う。
問題 1.4 ★★ (1) a,b,c,d∈R, ad−bc=1 のとき、ϕ(z)=(az+b)/(cz+d) が上半平面の等長写像であることを示せ。(2) z,w∈U2 に対し 1+∣z−w∣2/(2ImzImw) が ϕ で不変であることを示し、z=i, w=ti のときにこれが coshd(z,w) に等しいことを確かめよ(一般の z,w でも等しいことを演習問題 3.6 で示す)。
解答
(1) ϕ′(z)=1/(cz+d)2、また Imϕ(z)=Im((az+b)(czˉ+d))/∣cz+d∣2=(ad−bc)Imz/∣cz+d∣2 なので ϕ は U2 を自身に写し、逆写像も同じ形である。gU=∣dz∣2/(Imz)2 と ϕ∗∣dw∣2=∣ϕ′(z)∣2∣dz∣2 より
ϕ∗gU=(Imz)2/∣cz+d∣4∣dz∣2/∣cz+d∣4=gU.
(2) 直接計算で ϕ(z)−ϕ(w)=(z−w)/((cz+d)(cw+d)) なので、∣ϕ(z)−ϕ(w)∣2 と Imϕ(z)Imϕ(w) はともに ∣cz+d∣−2∣cw+d∣−2 倍になり、比は不変。z=i, w=ti では 1+(t−1)2/(2t)=(t2+1)/(2t)=cosh(logt) であり、例 1.23 の d(i,ti)=∣logt∣ と合う。
問題 1.5 ★★ 単位球面を北極 N からの極角 ρ と経度 ϕ で g=dρ2+sin2ρ dϕ2 と表す。(1) 0<R≤π に対し、N からの距離が R 未満の点全体は {ρ<R} であることを示せ。(2) その面積 A(R) を求め、例 1.29 の双曲平面の場合とともに R→0 で展開して πR2 と比較せよ。
解答
(1) N と極角 ρ0 の点を結ぶ曲線について、∣γ˙∣2=ρ˙2+sin2ρ ϕ˙2≥ρ˙2 なので(N を最後に出た時刻以降で評価して)長さは ρ0 以上で、経線で等号が成り立つ。よって d(N,⋅)=ρ。
(2) A(R)=∫02π∫0Rsinρ dρ dϕ=2π(1−cosR) であり
2π(1−cosR)=πR2−12πR4+O(R6),2π(coshR−1)=πR2+12πR4+O(R6).
正の曲率では面積がユークリッドより小さく、負の曲率では大きい。一般の曲面では A(R)=πR2−12πK(p)R4+O(R5) となる(演習問題 5.6 の周長の展開を積分すればよい)。
問題 1.6 ★★★ (1) ⟨⋅,⋅⟩L を保つ線形写像 A が Aen+1∈Hn を満たせば A(Hn)=Hn であることを示せ。(2) O+(n,1) は {(x,v)∣x∈Hn, v∈TxHn, ⟨v,v⟩L=1} に推移的に作用することを示し、Hn が等質かつ各点で等方的であることを導け。
解答
(1) A は二葉双曲面 {⟨x,x⟩L=−1} を自身に写す。Hn は連結なのでその像は一方の葉に含まれ、Aen+1 が上の葉にあるので A(Hn)⊂Hn。A−1(Hn) も一方の葉に含まれ、en+1=A−1(Aen+1) を含むので上の葉に入る。よって等号が成り立つ。
(2) 命題 1.13 より TxHn=x⊥L 上で ⟨⋅,⋅⟩L は正定値なので、グラム–シュミットにより f1=v から始まる正規直交基底 f1,…,fn がとれる。列ベクトルが f1,…,fn,x の行列 A は ⟨Ay,Az⟩L=⟨y,z⟩L を満たし、Aen+1=x なので (1) より Hn を保つ。A は線形なので微分も A であり、(en+1,e1) を (x,v) に写す。任意の 2 つの組は (en+1,e1) を経由して移り合うので作用は推移的である。特に Hn への作用は推移的(等質)で、x の固定部分群は TxHn の単位ベクトル全体に推移的(等方的)である。