この章の目標
- 測地変分からヤコビ方程式を導き、ヤコビ場と指数写像の微分の関係を理解する
- 定曲率空間のヤコビ場を求め、共役点を計算できる
- 第 2 変分公式を証明し、指数形式を用いて共役点を越えた測地線が最短でないことを示せる
- ボネ–マイヤーズの定理とカルタン–アダマールの定理を証明できる
- シンジ・ラウフ・ビショップ–グロモフの定理と球面定理の主張を理解し、「曲率が大域的な形を制約する」という比較幾何の思想を説明できる
前提:第3章、第4章、位相幾何学 第3章(被覆空間)
曲率は局所的な量だが、測地線に沿って積み重なると大域的な帰結を生む。正の曲率は近くの測地線を収束させ、負の曲率は発散させる。この「測地線の広がり方」を記述するのがヤコビ場であり、それをモデル空間と比べることで、曲率の条件から直径・基本群・位相型についての結論を引き出すのが比較幾何学である。以下 (M,g) は n 次元のリーマン多様体、γ は測地線とし、γ に沿ったベクトル場の共変微分を J′=DtJ と書く。
5.1 測地変分とヤコビ方程式
補題 5.1 滑らかな写像 Γ(s,t) に沿ったベクトル場 V について DsDtV−DtDsV=R(∂sΓ,∂tΓ)V。
証明. 座標で V=Vk∂k と書くと、DsDtV−DtDsV=Vk(DsDt∂k−DtDs∂k)(関数の 2 階偏微分は可換)。T=∂tΓ=Ti∂i, S=∂sΓ=Sj∂j とすると DsDt∂k=Ds(Ti∇∂i∂k)=(∂sTi)∇∂i∂k+TiSj∇∂j∇∂i∂k であり、∂sTi=∂s∂tΓi=∂tSi から反対称化すると SjTiR(∂j,∂i)∂k=R(S,T)∂k。□
Γ(s,t) で各 t↦Γ(s,t) が測地線であるものを測地変分という。J(t)=∂sΓ(0,t) とすると、補題 3.10 と補題 5.1 より
Dt2J=DtDs∂tΓ=DsDt∂tΓ−R(∂sΓ,∂tΓ)∂tΓ=−R(J,γ˙)γ˙
である(Dt∂tΓ=0)。
定義 5.2(ヤコビ場, Jacobi field)測地線 γ に沿ったベクトル場 J でヤコビ方程式
J′′+R(J,γ˙)γ˙=0
を満たすものをヤコビ場という。
平行な正規直交枠 E1,…,En で J=fiEi と書くと、ヤコビ方程式は f¨i+⟨R(Ej,γ˙)γ˙,Ei⟩fj=0 という線形 2 階常微分方程式になる。よってヤコビ場は J(0),J′(0) で一意に決まり、γ の定義域全体で存在し、その全体は 2n 次元のベクトル空間である。
dt2d2⟨J,γ˙⟩=⟨J′′,γ˙⟩=−R(J,γ˙,γ˙,γ˙)=0 なので ⟨J,γ˙⟩ は t の 1 次関数である。(a+bt)γ˙ は常にヤコビ場(接ヤコビ場、γ の径数の取り替えに対応する)であり、任意のヤコビ場は接ヤコビ場と法ヤコビ場(常に γ˙ に直交するもの)の和に一意に分解する。幾何学的に興味があるのは法ヤコビ場である。
命題 5.3(ヤコビ場と指数写像)v,w∈TpM とし、γ(t)=expp(tv) が [0,a] で定義されるとする。J(t):=d(expp)tv(tw) は J(0)=0, J′(0)=w を満たす γ に沿ったヤコビ場である。
証明. Γ(s,t)=expp(t(v+sw)) は(E が開なので小さい s で定義される)測地変分であり、∂sΓ(0,t)=d(expp)tv(tw)=J(t) はヤコビ場である。J(0)=0 で、補題 3.10 より J′(0)=Dt∂sΓ(0,0)=Ds∂tΓ(s,0)∣s=0=Ds(v+sw)=w(∂tΓ(s,0)=v+sw は固定されたベクトル空間 TpM 内の曲線)。□
5.2 定曲率空間のヤコビ場
snκ(t):=⎩⎨⎧sin(κt)/κtsinh(−κt)/−κ(κ>0)(κ=0)(κ<0)
とおく。snκ は f′′+κf=0, f(0)=0, f′(0)=1 の解である。
命題 5.4 M が定曲率 κ をもち、γ が速さ 1 の測地線ならば、J(0)=0 を満たす法ヤコビ場は J(t)=snκ(t)E(t)(E は E(0)=J′(0) となる平行ベクトル場)である。
証明. 系 4.7 より、J⊥γ˙, ∣γ˙∣=1 なら R(J,γ˙)γ˙=κ(⟨γ˙,γ˙⟩J−⟨J,γ˙⟩γ˙)=κJ。J=snκE は E′=0 より J′′=snκ′′E=−κJ を満たし、J(0)=0, J′(0)=E(0)。一意性より主張が従う。□
命題 5.5(極座標での計量)M が定曲率 κ をもつとき、p の測地球 B=expp(Bε(0)) 上で、Φ(r,u)=expp(ru)(0<r<ε, u∈Sn−1⊂TpM)による引き戻しは
Φ∗g=dr2+snκ(r)2gSn−1
である。ここで gSn−1 は TpM の単位球面の標準計量である。
証明. dΦ(∂r)=∂r は単位ベクトルで(系 3.12)、ξ∈TuSn−1 に対し dΦ(ξ)=d(expp)ru(rξ)=J(r) は J(0)=0, J′(0)=ξ のヤコビ場の値である(命題 5.3)。ξ⊥u なので J は法ヤコビ場で、命題 5.4 より J(r)=snκ(r)E(r), ∣E∣=∣ξ∣。平行移動は内積を保つので ⟨dΦ(ξ),dΦ(η)⟩=snκ(r)2⟨ξ,η⟩。ガウスの補題より ∂r はこれらに直交する。□
n=2, κ=1,−1 ではそれぞれ dr2+sin2r dθ2(演習問題 1.5)、dr2+sinh2r dθ2(例 1.29)であり、第1章の計算と一致する。
系 5.6 同じ定曲率 κ をもつ 2 つの n 次元リーマン多様体 M,N の任意の点 p∈M, q∈N に対し、p,q の近傍の間の等長写像で p を q に写すものが存在する。
証明. 線形等長写像 A:TpM→TqN をとり、十分小さい ε について F:=expq∘A∘expp−1 を測地球上で定める。F は極座標 (r,u)↦(r,Au) で表され、命題 5.5 より両側の計量は同じ式なので F は等長写像である(中心 p では微分が A)。□
5.3 共役点
定義 5.7(共役点, conjugate point)測地線 γ:[0,a]→M と t0∈(0,a] について、J(0)=0, J(t0)=0 を満たす 0 でないヤコビ場が存在するとき、γ(t0) は γ に沿って γ(0) に共役であるという。そのようなヤコビ場の空間の次元を重複度という。
命題 5.8 γ(t)=expp(tv) とする。γ(t0) が p に共役であるための必要十分条件は、t0v が expp の臨界点であることであり、重複度は dimkerd(expp)t0v に等しい。
証明. 命題 5.3 より w↦Jw(Jw(0)=0, Jw′(0)=w のヤコビ場)は TpM から「J(0)=0 のヤコビ場」の空間への線形同型であり、Jw(t0)=d(expp)t0v(t0w)。よって Jw(t0)=0⇔w∈kerd(expp)t0v。□
接ヤコビ場で 0 を 2 回とるものは 0 なので、重複度は n−1 以下である。命題 5.4 より、定曲率 κ>0 では p から出る測地線上の最初の共役点は t=π/κ で重複度 n−1(単位球面では対蹠点 −p で、例 3.7 の「球面 ∣v∣=π を 1 点に潰す」ことに対応)、κ≤0 では共役点はない。
5.4 第2変分公式と指数形式
定理 5.9(第 2 変分公式, second variation formula)γ:[0,a]→M を測地線、Γ をその固有変分(区分的に滑らかでよい)、V を変分ベクトル場、E(s) を Γ(s,⋅) のエネルギーとすると
E′′(0)=∫0a(∣V′∣2−⟨R(V,γ˙)γ˙,V⟩)dt.
証明. T=∂tΓ, S=∂sΓ とする。補題 3.10 より E′(s)=∫⟨DsT,T⟩=∫⟨DtS,T⟩ で、さらに微分して補題 5.1 を使うと
E′′(s)=∫0a(⟨DsDtS,T⟩+⟨DtS,DsT⟩)dt=∫0a(⟨DtDsS,T⟩+⟨R(S,T)S,T⟩+∣DtS∣2)dt.
s=0 では DtT=0 なので ⟨DtDsS,T⟩=dtd⟨DsS,T⟩ であり、その積分は各滑らかな区間の端の値の和になる。DsS(0,ti) は曲線 s↦Γ(s,ti) の加速度なので折れ点で両側一致し、T(0,t) も連続なので内部の項は打ち消し合い、固有変分では両端で DsS=0。最後に ⟨R(S,T)S,T⟩=−⟨R(S,T)T,S⟩ を s=0 で評価すればよい。□
定義 5.10(指数形式, index form)γ に沿った区分的に滑らかなベクトル場 V,W に対し
I(V,W):=∫0a(⟨V′,W′⟩−⟨R(V,γ˙)γ˙,W⟩)dt
と定める。曲率の対称性 (d) より I は対称である。
各滑らかな区間で部分積分すると、第 1 変分公式と同様に
I(V,W)=−∫0a⟨V′′+R(V,γ˙)γ˙,W⟩dt−i∑⟨ΔV′(ti),W(ti)⟩+⟨V′,W⟩0a(5.1)
(ΔV′(ti)=V′(ti+)−V′(ti−))である。γ が速さ 1 で最短なら、任意の固有変分について E(γs)≥L(γs)2/(2a)≥L(γ)2/(2a)=E(γ) なので、E′′(0)=I(V,V)≥0 でなければならない。
定理 5.11(ヤコビ)測地線 γ:[0,a]→M 上に、γ(0) に共役な点 γ(t0) (0<t0<a) があれば、γ は γ(0) と γ(a) を結ぶ最短曲線ではない。
証明. J を J(0)=J(t0)=0 の 0 でないヤコビ場とすると J′(t0)=0。[0,t0] で J、[t0,a] で 0 となる V1 を考え、W を W(0)=W(a)=0, W(t0)=−J′(t0) の滑らかなベクトル場とする。(5.1) で V1 は各区間でヤコビ方程式を満たし、ΔV1′(t0)=−J′(t0) なので
I(V1,V1)=⟨J′(t0),J(t0)⟩=0,I(V1,W)=⟨J′(t0),W(t0)⟩=−∣J′(t0)∣2<0.
よって小さい ε>0 で I(V1+εW,V1+εW)=2εI(V1,W)+ε2I(W,W)<0。変分 expγ(t)(s(V1+εW)(t)) は固有で E′′(0)<0 となり、γ は最短でない。□
逆に、(0,a] に共役点がなければ、γ は近くの曲線の中では最短であることが知られている。指数形式の負の固有空間の次元(指数)が (0,a) 内の共役点の重複度の和に等しいというモースの指数定理は、Milnor の Morse Theory で詳しく扱われている。
5.5 ボネ–マイヤーズの定理
定理 5.12(ボネ–マイヤーズ, Bonnet–Myers)M を完備連結な n 次元リーマン多様体 (n≥2) とし、ある κ>0 について Ric≥(n−1)κg とする。このとき diamM≤π/κ であり、M はコンパクトで基本群は有限である。
証明. p,q∈M とし、ホップ–リノウの定理により長さ L=d(p,q) の速さ 1 の最短測地線 γ をとる。L>π/κ と仮定する。γ˙(0) に直交する正規直交ベクトルを平行移動して E1,…,En−1 とし、Vi(t)=sin(πt/L)Ei(t) とおく。∑i⟨R(Ei,γ˙)γ˙,Ei⟩=Ric(γ˙,γ˙)≥(n−1)κ なので
i=1∑n−1I(Vi,Vi)=∫0L((n−1)L2π2cos2Lπt−sin2LπtRic(γ˙,γ˙))dt≤2(n−1)L(L2π2−κ)<0.
よってある i で I(Vi,Vi)<0 となり、γ の最短性(5.4 節の注意)に反する。ゆえに diamM≤π/κ。M は有界閉集合なのでホップ–リノウの定理 (d) によりコンパクト。普遍被覆 M~ に引き戻し計量を与えると、次の補題より完備で、同じリッチ曲率の下限をもつのでコンパクトである。被覆写像のファイバーはコンパクト空間の離散閉集合なので有限で、その個数が ∣π1(M)∣ である。□
補題 5.13 π:M~→M を被覆写像、g~=π∗g とする。M が完備なら M~ も完備である。
証明. M~ の測地線 γ~ に対し π∘γ~ は M の測地線で(局所等長)、完備性から R 全体に延長される。その持ち上げ(道の持ち上げ)は γ~ の延長である測地線なので、M~ は測地的に完備。□
例 5.14(定理の鋭さと仮定の必要性)単位球面は Ric=(n−1)g で直径 π なので、評価は最良である。一様な下限 κ>0 は必要で、放物面 z=x2+y2 は完備(閉集合)で K>0 だがコンパクトでない(K→0)。完備性も必要で、単位球面から 1 点を除いたものは直径 π だがコンパクトでない。応用として、Tn や S1×Sn−1 (n≥2) は基本群が無限なので、Ric>0 の計量をもたない(コンパクトなら Ric>0 から一様な下限が得られる。演習問題 5.4)。
5.6 カルタン–アダマールの定理
補題 5.15 F:M~→M を局所等長写像とし、M~ は完備連結、M は連結とする。このとき M は完備で、F は被覆写像である。
証明. (i) F は測地線を測地線に写す。p~∈M~, p=F(p~) とすると、p から出る測地線は p~ から出る測地線(R 上で定義)の像なので、expp は TpM 全体で定義され、M は完備(ホップ–リノウ (c))。特に任意の q=expp(v) は F(expp~(dFp~−1v)) なので F は全射である。
(ii) q∈M と ε<inj(q) をとり、U=B(q,ε), F−1(q)={q~α}, U~α=B(q~α,ε) とする。F∘expq~α=expq∘dFq~α の右辺は Bε(0) 上で U への微分同相なので、expq~α は Bε(0) 上で単射かつ微分が可逆であり、その像は完備性(補題 3.20)から U~α に等しい。よって F∣U~α:U~α→U は微分同相である。
(iii) F−1(U)=⋃αU~α:x~∈F−1(U) とし F(x~)=expq(v), ∣v∣<ε とする。x~ から初速度 dFx~−1(dtd∣0expq((1−t)v)) で出る測地線 σ~ は、F で q に向かう動径測地線に写るので、σ~(1)∈F−1(q) であり、d(x~,σ~(1))≤∣v∣<ε。
(iv) U~α は互いに交わらない:x~∈U~α∩U~β なら、x~ から q~α, q~β への動径測地線はどちらも F で F(x~) から q への同じ動径測地線に写るので、x~ での初速度が一致し(dFx~ は単射)、終点も一致する。□
定理 5.16(カルタン–アダマール, Cartan–Hadamard)M を完備連結なリーマン多様体で、断面曲率が K≤0 を満たすとする。任意の p∈M について expp:TpM→M は被覆写像である。特に M の普遍被覆は Rn に微分同相であり、M が単連結なら expp は微分同相である。
証明. J(0)=0 のヤコビ場について h(t)=∣J(t)∣2 とおくと
h′′=2∣J′∣2+2⟨J′′,J⟩=2∣J′∣2−2⟨R(J,γ˙)γ˙,J⟩≥0
(⟨R(J,γ˙)γ˙,J⟩=K(J,γ˙)∣J∧γ˙∣2≤0)。h≥0 は凸で h(0)=0 なので、h(t0)=0 (t0>0) なら [0,t0] で h≡0 となり J≡0。よって共役点はなく、命題 5.8 より expp(完備性から TpM 全体で定義される)は至るところ局所微分同相である。TpM に g~:=expp∗g を与えると expp は局所等長写像になり、原点を通る直線は g~ の測地線(g の測地線に写るので)で R 全体で定義される。ホップ–リノウの定理 (c) より (TpM,g~) は完備であり、補題 5.15 より expp は被覆写像である。TpM≅Rn は単連結なので普遍被覆であり、M が単連結なら被覆は一葉で、expp は微分同相である。□
被覆写像は k≥2 のホモトピー群の同型を誘導する(位相幾何学 第8章)ので、K≤0 の完備多様体は πk(M)=0 (k≥2) を満たす(非球面的)。コンパクトなら基本群は無限群である(演習問題 5.5)。したがって Sn, RPn (n≥2), S2×S1 などは K≤0 の計量をもたない(RP1≅S1 は平坦な計量をもつ)。ボネ–マイヤーズの定理と合わせて、曲率の符号が位相を強く制約することが分かる。
5.7 比較定理と球面定理(主張)
最後に、比較幾何学の代表的な結果を主張だけ紹介する。証明は酒井『リーマン幾何学』や Gallot–Hulin–Lafontaine などを参照。
定理 5.17(ラウフの比較定理, Rauch)γ:[0,a]→Mn, γ~:[0,a]→M~n~ (n~≥n) を速さ 1 の測地線とし、γ~ は (0,a] に共役点をもたないとする。各 t で γ~˙(t) を含む任意の平面の断面曲率が、γ˙(t) を含む任意の平面の断面曲率以上であるとする。J,J~ を J(0)=J~(0)=0, ∣J′(0)∣=∣J~′(0)∣ を満たす法ヤコビ場とすると、[0,a] で ∣J~(t)∣≤∣J(t)∣ が成り立つ。
曲率が大きいほどヤコビ場は小さい(測地線が収束する)という主張で、1 次元の方程式 f′′+κf=0 に対するシュトゥルムの比較定理(微分方程式 第5章)の多次元化である。特に K≤κ なら ∣J(t)∣≥snκ(t)∣J′(0)∣ で、π/κ より前に共役点はない(演習問題 5.7 で直接証明する)。逆に K≥κ>0 なら、長さ π/κ を超える測地線は共役点を含む。
定理 5.18(シンジ, Synge)M をコンパクトで K>0 のリーマン多様体とする。(1) n が偶数で M が向き付け可能なら、M は単連結である。(2) n が奇数なら、M は向き付け可能である。
証明の方針は、非自明な自由ホモトピー類の中で最短の閉測地線(演習問題 3.7)をとり、それに沿った平行移動が(次元と向きの条件から)固有値 1 の固有ベクトルをもつことを使って、第 2 変分が負になる変分を作ることである。例えば RP2×RP2 は積計量で Ric>0 をもつが、基本群 (Z/2Z)2 の位数が 4 なので、向き付け二重被覆(単連結でない)を考えるとシンジの定理から K>0 の計量をもたないことが分かる。
定理 5.19(ビショップ–グロモフの体積比較, Bishop–Gromov)M を完備な n 次元リーマン多様体、Ric≥(n−1)κg とし、Vκ(r):=vol(Sn−1)∫0rsnκ(t)n−1 dt を定曲率 κ の単連結空間形の半径 r の球の体積とする。このとき r↦volB(p,r)/Vκ(r) は単調非増加で、r→0 で 1 に収束する。特に volB(p,r)≤Vκ(r)。
リッチ曲率の下限だけで体積の増大度が制御される。応用として、Ric≥0 の完備多様体の基本群の有限生成部分群は多項式増大度をもつ(ミルナー)、Ric≥0 で直線を含む完備多様体は N×R と等長に分解する(チーガー–グロモル)、などが知られている。
定理 5.20(球面定理)M を単連結なリーマン多様体とする。
- (位相的球面定理, ベルジェ–クリンゲンベルク)M が完備で 1/4<K≤1 ならば、M は Sn に同相である(ボネ–マイヤーズの定理によりコンパクトになる)。
- (微分可能球面定理, ブレンドル–シェーン, 2009)M がコンパクトで、各点で 0<K(σ)<4K(σ′)(σ,σ′ はその点の任意の平面)ならば、M は Sn に微分同相である。
1/4 は最良である。CPm (m≥2) のフビニ–スタディ計量は 1≤K≤4 を満たすが、球面と同相でない。球面定理は、局所的な曲率の条件が多様体の位相型(さらに微分構造)まで決めてしまうという、比較幾何学の到達点の一つである。
まとめ
- 測地変分の変分ベクトル場はヤコビ方程式 J′′+R(J,γ˙)γ˙=0 を満たす。J(0)=0 のヤコビ場は d(expp)tv(tw) であり、指数写像の微分を記述する。
- 定曲率 κ では法ヤコビ場は snκ(t)E(t) で、計量は極座標で dr2+snκ(r)2gSn−1。同じ定曲率の空間は局所等長である。
- 共役点は expp の臨界値であり、共役点を内部に含む測地線は最短でない(第 2 変分公式と指数形式)。
- ボネ–マイヤーズ:Ric≥(n−1)κ>0 の完備多様体は直径 π/κ 以下のコンパクト多様体で、基本群は有限。
- カルタン–アダマール:K≤0 の完備連結多様体では expp が被覆写像で、普遍被覆は Rn。
- ラウフ・ビショップ–グロモフの比較定理、シンジの定理、球面定理は、曲率の条件をモデル空間と比べて大域的な形を制約する。
演習問題
問題 5.1 ★ 単位球面 Sn で、p から出る速さ 1 の測地線に沿った p の共役点をすべて求め、その重複度を答えよ。Hn では共役点がないことも確かめよ。
解答
命題 5.4 より J(0)=0 の法ヤコビ場は sint E(t) で、t=kπ (k∈N) で 0 になる。E(0) は γ˙(0)⊥ の任意のベクトルでよいので、共役点は γ(kπ)=(−1)kp で重複度はすべて n−1。Hn では sinht E(t) は t>0 で 0 にならない(接ヤコビ場 btγ˙ も同様)。
問題 5.2 ★ ヤコビ場 J が J(0)⊥γ˙(0) かつ J′(0)⊥γ˙(0) を満たせば、J は法ヤコビ場であることを示せ。
解答
f(t)=⟨J,γ˙⟩ は 1 次関数で(本文)、f(0)=0, f′(0)=⟨J′(0),γ˙(0)⟩=0(γ˙ は平行)なので f≡0。
問題 5.3 ★★ (1) 単位球面の測地線で長さが π を超えるものは最短でないことを、定理 5.11 を使って示せ。(2) RPn=Sn/{±1} では、点 [p] から出る測地線は長さ π/2 を超えると最短でないが、(0,π) に共役点はないことを示せ。切断点が共役点とは限らないことを説明せよ。
解答
(1) 長さ a>π の測地線は内部の t=π に共役点をもつので、定理 5.11 より最短でない。
(2) RPn の測地線は Sn の大円の像である。γ(t)=[cost p+sint u] について、γ(π/2+δ) (0<δ<π/2) は [sinδ (−p)+cosδ u] とも書け、−p の代表から u 方向へ長さ π/2−δ で到達する。同じ点への長さ π/2−δ の曲線があるので、γ∣[0,π/2+δ] は最短でない。一方 RPn は Sn と局所等長なので、ヤコビ場は Sn と同じく sint E(t) であり、最初の共役点は t=π。よって γ(π/2) は切断点だが共役点ではない。ここでは [p] と γ(π/2) を結ぶ最短測地線が 2 本(u と −u 方向)あり、3.8 節で述べた二者択一の後者が起きている。
問題 5.4 ★★ (1) コンパクトなリーマン多様体で Ric>0(各点で正定値)なら、ある κ>0 で Ric≥(n−1)κg となることを示せ。(2) Tn と S1×Sn−1 (n≥2) は Ric>0 の計量をもたないことを示せ。(3) S1×Sn−1 は Ric≥0 の計量をもつことを確かめよ。
解答
(1) 単位接束 {v∈TM∣∣v∣=1} はコンパクトで、その上の正値連続関数 Ric(v,v) は正の最小値 m をとる。κ=m/(n−1) とすればよい。(2) (1) とボネ–マイヤーズの定理から基本群が有限になるが、π1(Tn)=Zn, π1(S1×Sn−1)⊃Z は無限(n=2 では S1×S1=T2)。(3) 単位円と単位球面の積計量では、例 4.9 と同様に Ric=0⊕(n−2)gSn−1≥0。
問題 5.5 ★★ (1) コンパクトで K≤0 の n 次元リーマン多様体 (n≥1) の基本群は無限群であることを示せ。(2) S2×S1 は基本群が無限だが、K≤0 の計量をもたないことを示せ。
解答
(1) カルタン–アダマールの定理より普遍被覆は Rn でコンパクトでない。基本群が有限ならファイバーが有限の被覆 Rn→M となり、コンパクト空間の有限被覆はコンパクトなので矛盾。(2) K≤0 の計量があれば普遍被覆 S2×R が R3 と微分同相になるが、π2(S2×R)=π2(S2)=Z=0 なので矛盾。
問題 5.6 ★★ γ を速さ 1 の測地線、J を J(0)=0, J′(0)=w(∣w∣=1, w⊥γ˙(0))のヤコビ場とする。(1) ∣J(t)∣2=t2−31K(γ˙(0),w)t4+O(t5) を示せ。(2) 曲面の点 p を中心とする半径 r の測地円の長さが 2πr−3πK(p)r3+O(r4) であることを導け。
解答
(1) 平行な枠で考えると、J(0)=0, J′(0)=w, J′′(0)=−R(J(0),γ˙)γ˙=0, J′′′(0)=−(∇γ˙R)(J,γ˙)γ˙−R(J′,γ˙)γ˙∣t=0=−R(w,γ˙)γ˙ なので、J(t)=tw−6t3R(w,γ˙)γ˙+O(t4)(平行移動で TpM に戻して展開)。よって ∣J∣2=t2−3t4⟨R(w,γ˙)γ˙,w⟩+O(t5)=t2−3t4K(γ˙,w)+O(t5)。
(2) u(θ)=cosθ e1+sinθ e2 とすると測地円は θ↦expp(ru(θ)) で、その速度は d(expp)ru(ru′(θ))=Jθ(r)(Jθ′(0)=u′(θ) のヤコビ場)。(1) より ∣Jθ(r)∣=r−6K(p)r3+O(r4)(θ について一様)なので、∫02π∣Jθ(r)∣dθ=2πr−3πK(p)r3+O(r4)。これを r について積分すると測地円板の面積 πR2−12πK(p)R4+O(R5) を得る(演習問題 1.5)。
問題 5.7 ★★★ 断面曲率が K≤κ を満たすとする。速さ 1 の測地線に沿った法ヤコビ場 J で J(0)=0 となるものについて、Tκ=π/κ(κ≤0 なら Tκ=∞)として、0≤t≤Tκ(定義域内)で ∣J(t)∣≥snκ(t)∣J′(0)∣ を示せ。特に (0,Tκ) に共役点はない。
解答
w=J′(0)=0 とし、T を J の 0 より後の最初の零点(なければ定義域の端)とする。(0,T) で f=∣J∣ は滑らかで正であり、コーシー–シュワルツの不等式 ∣J′∣2∣J∣2≥⟨J′,J⟩2 から
f′′=f∣J′∣2+⟨J′′,J⟩−f3⟨J′,J⟩2≥f⟨J′′,J⟩=−fK(J,γ˙)∣J∣2≥−κf.
s=snκ は (0,Tκ) で正で、(f′s−fs′)′=(f′′+κf)s≥0。t→0 で J(t)/t→w, J′(t)→w より f′→∣w∣、また f,s→0, s′→1 なので f′s−fs′→0。よって (0,min(T,Tκ)) で f′s−fs′≥0、すなわち (f/s)′≥0 で、f/s≥limt→0f/s=∣w∣。もし T<Tκ なら t→T で f(t)≥∣w∣s(t)→∣w∣s(T)>0 となり f(T)=0 に矛盾する。よって T≥Tκ で、[0,Tκ] 上で(端点は連続性により)不等式が成り立つ。