この章の目標
- 接ベクトルを導分として定義し、座標基底による成分表示・座標変換の公式・曲線の速度ベクトルと行き来できる
- 滑らかな写像の微分をヤコビ行列として計算し、連鎖律を使える
- 階数定理と正則値定理を証明し、Sn, SLn(R), O(n) が部分多様体であることを示せる
- コンパクト多様体がユークリッド空間に埋め込めることを証明できる
前提:第2章、微分積分学 第7章・第8章
S2⊂R3 の点 p での接平面は、p を通る曲線の速度ベクトル全体として、R3 の部分空間 p⊥ になる。しかし抽象的な多様体には外側の空間がないので、接ベクトルを多様体の内側だけで定義しなければならない。鍵となるのは、Rn の接ベクトル v が方向微分 f↦Dvf(a) と同じものだという見方である。
以下、M は n 次元の滑らかな多様体とする。
3.1 導分としての接ベクトル
定義 3.1(接空間, tangent space)p∈M とする。線形写像 v:C∞(M)→R で、ライプニッツ則
v(fg)=f(p)v(g)+g(p)v(f)(f,g∈C∞(M))
を満たすものを、p における導分 (derivation) または接ベクトル (tangent vector) という。その全体 TpM はベクトル空間であり、p における接空間という。
補題 3.2 v∈TpM とする。(1) 定数関数 c に対し v(c)=0 である。(2) f,g∈C∞(M) が p のある近傍で一致すれば v(f)=v(g) である。
証明. (1) v(1)=v(1⋅1)=2v(1) より v(1)=0 であり、線形性から v(c)=0 となる。(2) h=f−g は p の近傍 W で 0 である。suppψ⊂W かつ ψ(p)=1 となる隆起関数 ψ(命題 2.19)をとると ψh=0 なので、0=v(ψh)=ψ(p)v(h)+h(p)v(ψ)=v(h) となる。□
(2) の局所性により、開集合 U∋p に対し TpU と TpM は自然に同一視できる。実際、g∈C∞(U) に対し p の近くで g と一致する g~∈C∞(M)(g~=ψg)をとり、v(g):=v(g~) と定めればよい。
補題 3.3(アダマールの補題)U⊂Rn が点 a に関して星形の開集合で f∈C∞(U) ならば、gi(a)=∂xi∂f(a) を満たす gi∈C∞(U) があって、f(x)=f(a)+∑i=1n(xi−ai)gi(x) と書ける。
証明. f(x)−f(a)=∫01dtdf(a+t(x−a)) dt=∑i(xi−ai)∫01∂xi∂f(a+t(x−a)) dt である。gi(x)=∫01∂xi∂f(a+t(x−a)) dt とおけばよい(積分記号下の微分により滑らか)。□
定理 3.4 a∈Rn とする。v∈Rn に方向微分 Dv∣a:f↦∑ivi∂xi∂f(a) を対応させる写像 Rn→TaRn は線形同型である。
証明. Dv∣a が導分であることは積の微分法則からわかる。Dv∣a(xj)=vj なので単射である。w∈TaRn に対し vi=w(xi) とおく。補題 3.3(Rn は星形)と補題 3.2 (1) より
w(f)=w(f(a))+i∑(w(xi−ai)gi(a)+(ai−ai)w(gi))=i∑vi∂xi∂f(a)
となり、w=Dv∣a である。□
補足
アダマールの補題で gi の滑らかさを保証するには f が C∞ 級である必要がある。Ck 級関数(k は有限)の上の導分の空間は無限次元になり、定理 3.4 は成り立たない。導分による定義は C∞ の世界に特有のものである。
定義 3.5(座標基底)(U,φ)=(U,(x1,…,xn)) を p のまわりのチャートとする。f∈C∞(M) に対し
∂xi∂pf=∂ri∂(f∘φ−1)(φ(p))
と定める(ri は Rn の標準座標)。これは p における導分である。
定理 3.6 ∂/∂x1p,…,∂/∂xn∣p は TpM の基底である。特に dimTpM=n であり、任意の v∈TpM は v=∑iv(xi)∂/∂xip と表される。
証明. v∈TpM=TpU に対し、w(g)=v(g∘φ)(g∈C∞(φ(U)))は φ(p) における導分である。定理 3.4 より w=∑iw(ri) ∂/∂ri であり、w(ri)=v(xi) である。よって v(f)=w(f∘φ−1)=∑iv(xi) ∂(f∘φ−1)/∂ri(φ(p)) となり、これが表示式である。一次独立性は、∂/∂xip(xj)=∂rj/∂ri=δij から従う。□
命題 3.7(座標変換)p のまわりの二つのチャート (xi), (yj) について
∂xi∂p=j=1∑n∂xi∂yj(p)∂yj∂p
が成り立つ。ここで ∂yj/∂xi は座標変換 yj∘φ−1 の偏導関数である。したがって v=∑iai ∂/∂xi=∑jbj ∂/∂yj ならば bj=∑i(∂yj/∂xi)ai である。
証明. 定理 3.6 を v=∂/∂xi∣p と座標 (yj) に適用すると、係数は v(yj)=∂yj/∂xi(p) である。□
例 3.8(極座標)R2 から負の x 軸を除いた開集合上で、極座標 (r,θ) と直交座標 (x,y) を比べる。x=rcosθ, y=rsinθ より
∂r∂=cosθ∂x∂+sinθ∂y∂,∂θ∂=−rsinθ∂x∂+rcosθ∂y∂=−y∂x∂+x∂y∂
となる。検算として、∂/∂θ を f=x2+y2 に作用させると −2xy+2xy=0 となる。回転しても半径は変わらないので、これは正しい。
3.2 曲線の速度ベクトル
定義 3.9(速度ベクトル)J を 0 を含む開区間とし、滑らかな曲線 γ:J→M が γ(0)=p を満たすとする。γ′(0)f=(f∘γ)′(0) で定まる γ′(0)∈TpM を γ の速度ベクトルという。定理 3.6 より γ′(0)=∑i(xi∘γ)′(0)∂/∂xip である。
p を通る二つの曲線 γ1,γ2 は、チャート φ について (φ∘γ1)′(0)=(φ∘γ2)′(0) となるとき同値であるという。
同値性はチャートによらない。別のチャート ψ に対し、連鎖律から (ψ∘γ)′(0)=D(ψ∘φ−1)(φ(p)) (φ∘γ)′(0) となるからである。多くの教科書では、この同値類を接ベクトルの定義とする。
定理 3.10 曲線の同値類 [γ] に γ′(0) を対応させる写像は、同値類の集合から TpM への全単射である。
証明. γ′(0) の成分は (xi∘γ)′(0)、すなわち (φ∘γ)′(0) であるから、写像は well-defined かつ単射である。全射であること:v=∑ivi ∂/∂xi∣p に対し、γ(t)=φ−1(φ(p)+t(v1,…,vn))(∣t∣ は小さくとる)とおけば、(xi∘γ)′(0)=vi である。□
導分による定義は線形構造が最初から明らかであり、曲線による定義は直観的である。定理 3.10 により、状況に応じて両者を使い分けてよい。
3.3 微分と連鎖律
定義 3.11(微分, differential)滑らかな写像 F:M→N と p∈M に対し、dFp:TpM→TF(p)N を
dFp(v)(f)=v(f∘F)(f∈C∞(N))
で定める。dFp(v) が導分になることは v((fg)∘F)=v((f∘F)(g∘F)) から確かめられる。dFp を F の微分(接写像)という。
命題 3.12 (1)(連鎖律)d(G∘F)p=dGF(p)∘dFp、d(idM)p=id。特に微分同相写像の微分は線形同型である。
(2) チャート (xi), (yj) に関する局所表示を F^=(F^1,…,F^m) とすると
dFp(∂xi∂p)=j∑∂xi∂F^j(φ(p))∂yj∂F(p)
である。すなわち、座標基底に関する dFp の表現行列はヤコビ行列 DF^(φ(p)) である。
(3) dFp(γ′(0))=(F∘γ)′(0) である。
証明. (1) d(G∘F)p(v)(f)=v(f∘G∘F)=dFp(v)(f∘G)=dGF(p)(dFp(v))(f) である。(2) 定理 3.6 より、係数は dFp(∂/∂xi∣p)(yj)=∂(yj∘F)/∂xi(p)=∂F^j/∂ri(φ(p)) である。(3) dFp(γ′(0))f=γ′(0)(f∘F)=(f∘F∘γ)′(0) である。□
f∈C∞(M) に対しては、Tf(p)R=R と同一視して dfp(v)=v(f) と書く。これは第5章の 1 形式の出発点になる。
例 3.13 (1)(球面の高さ関数)h:S2→R, h(x,y,z)=z とする。北極からの立体射影の座標 u では h^(u)=(∣u∣2−1)/(∣u∣2+1)=1−2/(∣u∣2+1) なので、∂h^/∂ui=4ui/(∣u∣2+1)2 となり、dhp=0 となるのは u=0、すなわち南極だけである。南極からの座標 w では σS−1(w)=(2w,1−∣w∣2)/(1+∣w∣2) より h^(w)=(1−∣w∣2)/(1+∣w∣2)、∂h^/∂wi=−4wi/(1+∣w∣2)2 であり、dhp=0 となるのは北極だけである。したがって h の臨界点は両極の 2 点である。
(2)(行列式の微分)GLn(R) は Mn(R) の開集合なので TAGLn(R)=Mn(R) である。曲線 A+tX を使うと、det(I+tB)=1+ttrB+O(t2) より
d(det)A(X)=dtdt=0detAdet(I+tA−1X)=detAtr(A−1X)
となる。
3.4 接束
接空間をすべて集めたものを一つの多様体にする。
命題 3.14(接束, tangent bundle)TM=⨆p∈MTpM とし、π:TM→M を TpM∋v↦p で定める。M のチャート (U,φ) に対し
φ~:π−1(U)→φ(U)×Rn,i∑vi∂xi∂p↦(x1(p),…,xn(p),v1,…,vn)
とおく。TM には、これらがチャートになるような位相と滑らかな構造がただ一つ存在し、TM は 2n 次元の多様体、π は滑らかになる。TM を接束という。
証明の方針. 命題 3.7 より、座標変換は
ψ~∘φ~−1(x,v)=(ψ∘φ−1(x), D(ψ∘φ−1)(x)v)
であり、滑らかである。φ~−1(開集合)の形の集合全体を開基として TM に位相を入れると、各 φ~ は同相写像になる。ハウスドルフ性は次のように確かめられる。同じファイバーの 2 点は一つのチャートに入り、異なる点 p=q の上の 2 点は、交わらない近傍 U∋p, V∋q に対する π−1(U), π−1(V) で分離される。第二可算性は、M が可算個のチャートで覆えることから従う。局所表示 (x,v)↦x から π は滑らかである。□
例えば Rn の開集合 U については TU=U×Rn である。TSn の具体的な記述は演習問題 3.5 で扱う。接束の滑らかな切断がベクトル場であり、第4章の主題になる。
3.5 はめ込み・沈め込み・埋め込み
定義 3.15 滑らかな写像 F:Mm→Nn について、rankdFp を p における階数という。
- すべての p で dFp が単射のとき、F をはめ込み (immersion) という。
- すべての p で dFp が全射のとき、F を沈め込み (submersion) という。
- はめ込みであって、像 F(M)(相対位相)への同相写像であるとき、F を埋め込み (embedding) という。
例 3.16 (1) γ(t)=(t2,t3) は単射で像への同相写像だが、γ′(0)=0 なのではめ込みでない(像は原点に尖点をもつ)。
(2) β:(−π,π)→R2, β(t)=(sin2t,sint) は単射なはめ込みである(β′=(2cos2t,cost) は cost=0 のとき cos2t=−1 なので 0 にならない)。しかし t→±π のとき β(t)→(0,0)=β(0) となるので、像(8 の字)への逆写像は原点で連続でない。したがって埋め込みではない。
(3) α が無理数のとき、R→T2, t↦(e2πit,e2πiαt) は単射なはめ込みで、像は T2 で稠密である(主張のみ)。これも埋め込みではない。
(4) 射影 M×N→M と π:TM→M は沈め込みである。包含写像 Sn→Rn+1 は埋め込みである。
3.6 階数定理
定理 3.17(階数定理, constant rank theorem)滑らかな写像 F:Mm→Nn の階数が p のある近傍で一定値 r をとるとする。このとき、p を中心とするチャート (U,φ) と F(p) を中心とするチャート (V,ψ) で、F(U)⊂V かつ
ψ∘F∘φ−1(x1,…,xm)=(x1,…,xr,0,…,0)
となるものが存在する。
証明. チャートで写して、F は Rm の 0 の近傍 U0 から Rn への写像で、F(0)=0、U0 上で rankDF=r としてよい。座標の番号を付け替えて、DF(0) の左上の r×r 小行列 (∂Fi/∂xj)i,j≤r が正則であるとする。x=(x′,x′′)∈Rr×Rm−r, F=(Q,R)(Q は最初の r 成分)と分け、G(x)=(Q(x),x′′) とおく。
DG(0)=(∂Q/∂x′(0)0∂Q/∂x′′(0)Im−r)
は正則なので、逆関数定理により G は 0 のある近傍 U1 から 0 の近傍への微分同相写像である。U1 を縮めて、G(U1)=W′×W′′(W′,W′′ は 0 中心の開球)としておく。y=G(x) なら Q(x)=y′ なので、
F∘G−1(y′,y′′)=(y′,R~(y′,y′′)),R~=R∘G−1
となる。D(F∘G−1) の下側の行から上側の (Ir 0) の行の倍数を引けば、その階数は r+rank(∂R~/∂y′′) に等しい。これが r なので ∂R~/∂y′′=0 である。W′′ は凸なので、R~(y′,y′′)=S(y′) は y′′ によらない。そこで T(z′,z′′)=(z′,z′′−S(z′)) とおくと、T は W′×Rn−r の微分同相写像で(逆写像は (z′,z′′+S(z′)))、
T∘F∘G−1(y′,y′′)=(y′,S(y′)−S(y′))=(y′,0)
となる。φ=G, ψ=T(をもとのチャートと合成したもの)が求めるチャートである。□
系 3.18 dFp が単射(全射)ならば、p のある近傍で F ははめ込み(沈め込み)であり、適当なチャートで F^(x)=(x,0)(F^(x1,…,xm)=(x1,…,xn))と表される。特に dFp が同型なら、F は p の近くで微分同相である(逆関数定理)。
証明. dFp の階数 r が min(m,n) に等しいとする。ヤコビ行列の r 次の小行列式で p において 0 でないものは、連続性から p の近くでも 0 でない。よって近くの点でも階数は r 以上であり、r は最大値だから、階数は r で一定である。定理 3.17 を適用すればよい。□
3.7 部分多様体と正則値定理
定義 3.19(埋め込まれた部分多様体, embedded submanifold)部分集合 S⊂M の各点 p に対し、M のチャート (U,φ) で φ(U∩S)=φ(U)∩(Rk×{0}) となるもの(スライスチャート)が存在するとき、S を M の k 次元部分多様体という。
このとき、S は相対位相とチャート φ∣U∩S(最初の k 成分)により k 次元の多様体になる。座標変換は滑らかな写像の制限なので滑らかであり、包含写像 ι:S→M は局所的に x↦(x,0) と表される埋め込みである。TpS は dιp(TpS)⊂TpM と同一視する。逆に、埋め込みの像は部分多様体であり、埋め込みはその像への微分同相写像になる(階数定理から示せる。証明は略)。
定理 3.20(正則値定理, regular value theorem)F:Mm→Nn を滑らかな写像とし、q∈N を正則値(すべての p∈F−1(q) で dFp が全射)とする。F−1(q)=∅ ならば、S=F−1(q) は M の (m−n) 次元部分多様体であり、TpS=kerdFp が成り立つ。
証明. p∈S とする。系 3.18 と定理 3.17 により、p を中心とするチャート φ と q を中心とするチャート ψ で、ψ∘F∘φ−1(x)=(x1,…,xn) となるものがある。このとき U∩S は φ の座標で x1=⋯=xn=0 と表される。座標の順序を並べ替えて (xn+1,…,xm,x1,…,xn) とすれば、スライスチャートになる。次に、S 内の曲線 γ で γ(0)=p となるものをとると、F∘γ は定数 q なので、dFp(γ′(0))=(F∘γ)′(0)=0 となる。よって TpS⊂kerdFp である。両辺の次元はともに m−n なので等号が成り立つ。□
例 3.21(球面)f(x)=∣x∣2 とすると、dfx(v)=2x⋅v は x=0 で全射である。よって Sn=f−1(1) は Rn+1 の n 次元部分多様体であり、TxSn={v∣x⋅v=0}=x⊥ である。立体射影とその逆写像は Rn+1 の開集合上の滑らかな写像(またはそこへの写像)なので、この構造は例 2.10 の構造と一致する。
例 3.22(特殊線形群)detA=1 なら、例 3.13 (2) より d(det)A(X)=tr(A−1X) であり、X=A で trI=n=0 となるので全射である。よって SLn(R)=det−1(1) は n2−1 次元の部分多様体であり、TISLn(R)={X∣trX=0} である。
例 3.23(直交群)Symn を実対称行列の空間(次元 n(n+1)/2)とし、F:Mn(R)→Symn, F(A)=A⊤A とする。(A+tX)⊤(A+tX)=A⊤A+t(X⊤A+A⊤X)+t2X⊤X より、dFA(X)=X⊤A+A⊤X である。A∈O(n) と S∈Symn に対し X=21AS とおくと、A⊤A=I より dFA(X)=21S⊤+21S=S となる。したがって I は正則値であり、O(n)=F−1(I) は次元
n2−2n(n+1)=2n(n−1)
の部分多様体である。TIO(n)={X∣X⊤+X=0}(交代行列全体)である。n=2 なら次元 1 で、O(2) は回転全体と鏡映全体の二つの円からなる。n=3 なら次元 3 である。各列が単位ベクトルなので O(n) は有界閉集合、すなわちコンパクトである。
例 3.24 (1) 0<r<R とし、{x2+y2>0} 上で f(x,y,z)=(x2+y2−R)2+z2 とする。ρ=x2+y2 とおくと ∇f=(2(ρ−R)x/ρ,2(ρ−R)y/ρ,2z) であり、これが 0 になるのは z=0 かつ ρ=R、すなわち f=0 のときだけである。よって r2 は正則値であり、トーラス f−1(r2) は 2 次元部分多様体である。
(2) g(x,y)=x2−y2 では、c=0 なら g−1(c) は双曲線で部分多様体になる。一方 g−1(0) は 2 直線の和で多様体ではなく(演習問題 2.3)、実際 0 は正則値でない(原点が臨界点)。
定理 3.25(サードの定理, Sard's theorem)滑らかな写像 F:M→N の臨界値(dFp が全射でない点 p の像)全体は N の測度零集合である。ここで A⊂N が測度零とは、任意のチャート ψ について ψ(A∩V) のルベーグ測度が 0 であることをいう。
証明は略す(参考文献の松本『多様体の基礎』、Lee の教科書を参照)。特に正則値は N で稠密である。dimM<dimN ならすべての点が臨界点なので、F(M) は測度零である。なお q∈/F(M) は定義により正則値である。
3.8 ユークリッド空間への埋め込み
定理 3.26(弱いホイットニーの埋め込み定理)コンパクトな m 次元多様体 M は、ある RN に埋め込める。
証明. 各点 p に対し、チャート (Up,φp) と、p の開近傍 Vp 上で 1 に等しく、台が Up に含まれる隆起関数 ρp をとる(命題 2.19)。コンパクト性により、有限個の V1,…,Vk で M を覆える(対応するチャートを φi、隆起関数を ρi とする)。ρiφi を Ui の外では 0 として M 上の滑らかな Rm 値関数とみなし、
F=(ρ1φ1,…,ρkφk,ρ1,…,ρk):M→Rk(m+1)
とおく。
- 単射:F(p)=F(q) とする。p∈Vi となる i をとると ρi(q)=ρi(p)=1 なので、q∈suppρi⊂Ui である。さらに φi(p)=ρiφi(p)=ρiφi(q)=φi(q) となり、φi は単射だから p=q である。
- はめ込み:p∈Vi なら、Vi 上で ρiφi=φi なので d(ρiφi)p=d(φi)p は単射である。dFp はこれを成分に含むので単射である。
- 像への同相:コンパクト空間からハウスドルフ空間への連続な単射は閉写像なので、像への同相写像である。□
サードの定理を使うと、埋め込み先の次元を 2m+1 まで下げられる。さらに強いホイットニーの埋め込み定理によれば、任意の m 次元多様体(コンパクトでなくてよい)は R2m に埋め込める(主張のみ)。例えば RP2 は R4 に埋め込めるが、R3 には埋め込めない。したがって、抽象的な多様体は結局ユークリッド空間の部分多様体と同じものである。それでも抽象的な定義が重要なのは、埋め込み方によらない性質を扱えるからである。
まとめ
- 接ベクトルは点 p における導分である。∂/∂xi∣p が基底をなし、v=∑iv(xi) ∂/∂xi∣p と書ける。座標変換はヤコビ行列で与えられる。
- 曲線の速度ベクトルの同値類としての定義は、導分による定義と一致する。
- 微分 dFp(v)f=v(f∘F) の表現行列はヤコビ行列であり、連鎖律 d(G∘F)=dG∘dF が成り立つ。
- 接束 TM は 2n 次元多様体で、座標変換は (x,v)↦(ψ∘φ−1(x),D(ψ∘φ−1)(x)v) である。
- 階数定理:階数一定の写像は局所的に (x1,…,xr,0,…,0) の形になる。
- 正則値の逆像は部分多様体で、接空間は kerdFp である。Sn(次元 n)、SLn(R)(n2−1)、O(n)(n(n−1)/2)が例である。
- コンパクト多様体はユークリッド空間に埋め込める。
演習問題
問題 3.1 ★ 例 3.8 の極座標について、∂/∂x, ∂/∂y を ∂/∂r, ∂/∂θ で表せ。f=x に作用させて検算せよ。
解答
例 3.8 の係数行列(列が ∂r, ∂θ の成分で、行列式は r)の逆行列をとって、
∂x∂=cosθ∂r∂−rsinθ∂θ∂,∂y∂=sinθ∂r∂+rcosθ∂θ∂
を得る。f=x=rcosθ に作用させると、∂xx=cos2θ+sin2θ=1、∂yx=sinθcosθ−cosθsinθ=0 となり、正しい。
問題 3.2 ★ 射影 π:Sn→RPn は局所微分同相写像(各点の近傍で微分同相)であることを示せ。
解答
開半球 H={x∈Sn∣x0>0} 上で φ0∘π(x)=(x1/x0,…,xn/x0) であり、これは逆写像 u↦(1,u)/1+∣u∣2(Rn→H で滑らか)をもつ。よって π∣H は H から U0 への微分同相写像である。x0<0 の半球や他の座標についても同様であり、これらの半球は Sn を覆う。
問題 3.3 ★★ A∈O(n) における接空間が TAO(n)={AY∣Y⊤=−Y} であることを示せ。
解答
定理 3.20 と例 3.23 より、TAO(n)=kerdFA={X∣X⊤A+A⊤X=0} である。Y=A⊤X(すなわち X=AY)とおくと、条件は Y⊤+Y=0 となる。
問題 3.4 ★★ 例 1.16 (3) のトーラスを横に立てたときの高さ関数 h=(R+rcosu)cosv(x 座標)の臨界点をすべて求め、その値を答えよ。
解答
(u,v)↦σ(u,v) は、小さな正方形の上ではトーラス(例 3.24 (1) の部分多様体)への局所微分同相写像である(σu×σv=0 なので微分が単射で、次元が等しい)。したがって (u,v) を局所座標として使える。∂h/∂u=−rsinucosv、∂h/∂v=−(R+rcosu)sinv であり、R+rcosu>0 だから、臨界点では sinv=0 である。このとき cosv=±1 なので sinu=0 となる。よって臨界点は (u,v)∈{0,π}2 の 4 点で、値は R+r(最大)、R−r、−(R−r)、−(R+r)(最小)である。
問題 3.5 ★★ F:Rn+1×Rn+1→R2, F(x,v)=(∣x∣2,x⋅v) とする。F−1(1,0)={(x,v)∣x∈Sn, v∈TxSn} が 2n 次元部分多様体であることを示せ(これは TSn と微分同相である)。
解答
dF(x,v)(a,b)=(2x⋅a, v⋅a+x⋅b) である。x=0 なら、(a,b)=(x,0) と (0,x) の像はそれぞれ (2∣x∣2,x⋅v) と (0,∣x∣2) であり、これらは R2 を張る。よって (1,0) は正則値であり、F−1(1,0) は 2(n+1)−2=2n 次元の部分多様体である。例 3.21 より、その点は x∈Sn, v∈TxSn の組にほかならない。
問題 3.6 ★★ 錐面 C={x2+y2=z2}⊂R3 は、原点のどの近傍も R2 の開集合と同相でないことを示せ(したがって C は部分多様体でない)。
解答
原点の開近傍 U⊂C と同相写像 φ:U→φ(U)⊂R2 があったとする。φ(0) を中心とし φ(U) に含まれる開円板 B をとり、O=φ−1(B) とおく。O∖{0} は穴あき円板と同相なので連結である。一方、C∖{0} は交わらない開集合 {z>0} と {z<0} に分かれ、原点の近傍 O はその両方と交わる。これは連結性に矛盾する。なお F=x2+y2−z2 では原点が臨界点なので、正則値定理とは矛盾しない。
問題 3.7 ★★★ 階数 r の m×n 実行列全体 Mr は、Mm×n(R) の r(m+n−r) 次元部分多様体であることを示せ。
解答
A0∈Mr とする。行列を最初の r 行・r 列で区切って、下の式のようにブロック P,Q,R,S に分ける(P は r×r)。行と列を並べ替えて、A0 の左上ブロック P0 が正則であるとしてよい。P が正則な行列 A 全体を W とすると、W は開集合である。A∈W に対し、
(I−RP−10I)(PRQS)=(P0QS−RP−1Q)
より、rankA=r+rank(S−RP−1Q) である。よって Mr∩W=Φ−1(0)、ただし Φ(A)=S−RP−1Q∈M(m−r)×(n−r)(R) である。S 方向の微分は dΦA(0,0,0,Y)=Y なので、Φ は沈め込みである。したがって Mr∩W は次元 mn−(m−r)(n−r)=r(m+n−r) の部分多様体である。