Lemma数学ロードマップ

06 · ステージ 5 学部専門

測度と積分(ルベーグ積分)

σ-加法族と測度、ルベーグ測度、収束定理、LpL^p 空間、フビニの定理、ラドン–ニコディムの定理、微分定理、リースの表現定理

8 章目安 70〜100 時間演習 56 問

まだ始めていません

章の一覧

  1. 1 σ-加法族と測度目安 13〜19 時間 · 演習 8 問
  2. 2 ルベーグ測度の構成目安 10〜14 時間 · 演習 6 問
  3. 3 可測関数と積分・収束定理目安 10〜14 時間 · 演習 7 問
  4. 4 LpL^p 空間目安 8〜12 時間 · 演習 7 問
  5. 5 直積測度とフビニの定理目安 8〜11 時間 · 演習 7 問
  6. 6 符号付き測度とラドン–ニコディムの定理目安 7〜10 時間 · 演習 7 問
  7. 7 微分定理と絶対連続関数目安 7〜10 時間 · 演習 7 問
  8. 8 リースの表現定理とラドン測度目安 7〜10 時間 · 演習 7 問

科目の概要

微分積分学で学んだリーマン積分は、定義域を細かく分割して長方形の面積の和で近似する積分である。連続関数を扱う限りこれで十分だが、解析学では関数列の極限・無限級数・パラメータを含む積分・フーリエ級数など、極限操作が絶えず現れる。そこでリーマン積分には次のような限界が露呈する。

  • 極限と積分の交換に一様収束という強い仮定が要る。可積分関数の単調増加列の極限でさえ可積分とは限らない(ディリクレ関数)。
  • 可積分関数の空間が L1L^1 距離に関して完備でない。関数空間を「完備な空間」として扱う関数解析の土台にならない。
  • 重積分の順序交換や、無限回のコイン投げのような確率論の対象を扱う枠組みがない。

ルベーグ(H. Lebesgue, 1902)は発想を逆転させ、値域を分割して「ff の値がある範囲に入る点の集合の大きさ」を測ることで積分を定義した。そのためには複雑な集合にも「大きさ」を与える必要があり、それを公理化したものが σ-加法族と測度である。この抽象化の見返りは大きく、

  • 単調収束定理・優収束定理により、極限と積分の交換がほとんど仮定なしに(優関数さえ見つかれば)正当化できる。
  • LpL^p 空間が完備なノルム空間(バナッハ空間)になる。L2L^2 はヒルベルト空間であり、フーリエ解析・量子力学・偏微分方程式の舞台となる。
  • フビニの定理で重積分の順序交換が、ラドン–ニコディムの定理で「測度の微分(密度)」が、リースの表現定理で連続関数の空間の双対が統一的に扱える。
  • 長さ・面積・体積、級数(数え上げ測度)、確率が同じ一つの理論の特殊例になる。

測度論は関数解析・確率論・偏微分方程式・調和解析・エルゴード理論・幾何学的測度論・表現論(ハール測度)の共通の基礎であり、修士課程の解析系の科目はすべてこの科目の言葉で書かれている。

前提知識

この科目の記法

NOTATION.md に加えて、この科目では次の記法を使う。

記号 意味
(X,M,μ)(X, \mathcal{M}, \mu) 測度空間(集合・σ-加法族・測度)
σ(E)\sigma(\mathcal{E}) 集合族 E\mathcal{E} が生成する σ-加法族
B(X)\mathcal{B}(X) 位相空間 XX のボレル集合族
L(Rn)\mathcal{L}(\mathbb{R}^n) ルベーグ可測集合全体
λ\lambda, λn\lambda^n ルベーグ測度(次元を明示するときは λn\lambda^n)
R‾\overline{\mathbb{R}} 拡大実数 [−∞,∞][-\infty, \infty]
1A\mathbf{1}_A 集合 AA の定義関数
f+f^{+}, f−f^{-} 正部分 max⁡{f,0}\max\lbrace f, 0 \rbrace, 負部分 max⁡{−f,0}\max\lbrace -f, 0 \rbrace
∫Xf dμ\int_X f\ d\mu, ∫Ef dμ\int_E f\ d\mu 積分, EE 上の積分 ∫Xf1E dμ\int_X f \mathbf{1}_E\ d\mu
∥f∥p\lVert f \rVert_p LpL^p ノルム
μ\mu-a.e. μ\mu-ほとんど至るところ
An↑AA_n \uparrow A, fn↑ff_n \uparrow f 単調増加して AA(和集合), ff(各点極限)に収束
A△BA \triangle B 対称差 (A∖B)∪(B∖A)(A \setminus B) \cup (B \setminus A)
ν≪μ\nu \ll \mu, ν⊥μ\nu \perp \mu 絶対連続, 互いに特異
dν/dμd\nu/d\mu ラドン–ニコディム導関数
f∗gf \ast g 畳み込み
B(x,r)B(x, r) 中心 xx・半径 rr の開球
  • [0,∞][0, \infty] での演算は a+∞=∞a + \infty = \infty、0⋅∞=00 \cdot \infty = 0 と約束する。
  • ∣A∣\lvert A \rvert は集合の元の個数(濃度)を表し、ルベーグ測度には使わない。

到達目標

  • [ ] リーマン積分の限界を具体例で説明し、σ-加法族と測度という枠組みが必要な理由を述べられる
  • [ ] 測度の基本性質(単調性・劣加法性・上下からの連続性)を証明し、π-λ 定理を用いて測度の一意性を示せる
  • [ ] カラテオドリの定理とホップの拡張定理によってルベーグ測度・ルベーグ–スティルチェス測度を構成できる
  • [ ] ルベーグ測度の正則性・平行移動不変性・線形変換による変換則を証明し、ヴィタリの非可測集合とカントール集合を説明できる
  • [ ] 単調収束定理・ファトゥの補題・優収束定理を証明し、優関数を見つけて極限と積分の交換を正当化できる
  • [ ] 収束定理が破綻する典型例(逃げる質量・集中する山・広がる山・動く山)を挙げ、どの仮定が破れているか説明できる
  • [ ] リーマン可積分性に関するルベーグの判定条件を証明できる
  • [ ] ヘルダー・ミンコフスキーの不等式を証明し、LpL^p 空間の完備性と稠密な部分空間を扱える
  • [ ] 概収束・測度収束・LpL^p 収束の関係を証明し、反例を構成できる。エゴロフ・ルジンの定理、ヴィタリの収束定理を使える
  • [ ] フビニ–トネリの定理を正しい仮定のもとで使い、畳み込みと近似単位元を扱える
  • [ ] ハーン分解とラドン–ニコディムの定理を証明し、LpL^p の双対空間を決定できる
  • [ ] ルベーグの微分定理と、絶対連続関数に対する微分積分学の基本定理を証明できる
  • [ ] リース–マルコフ–角谷の表現定理を証明し、測度の弱収束・漠収束を扱える

章立て

  1. σ-加法族と測度 — リーマン積分の限界から出発し、σ-加法族・ボレル集合族・測度・完備化を導入する。π-λ 定理によって測度の一意性を示す。
  2. ルベーグ測度の構成 — 外測度とカラテオドリの定理、ホップの拡張定理によるルベーグ測度の構成。正則性・不変性、ヴィタリの非可測集合、カントール集合、ルベーグ–スティルチェス測度。
  3. 可測関数と積分・収束定理 — 可測関数と単関数近似、積分の定義、単調収束定理・ファトゥの補題・優収束定理とその使い方、パラメータを含む積分、リーマン積分との関係。
  4. LpL^p 空間 — ヘルダー・ミンコフスキーの不等式、リース–フィッシャーの定理、稠密性、収束の諸概念と反例、エゴロフ・ルジンの定理、一様可積分性とヴィタリの収束定理。
  5. 直積測度とフビニの定理 — 直積測度の構成、フビニ–トネリの定理と仮定が必要な反例、畳み込みと近似単位元、変数変換公式、極座標による積分。
  6. 符号付き測度とラドン–ニコディムの定理 — ハーン分解とジョルダン分解、絶対連続性、ルベーグ分解とラドン–ニコディムの定理、LpL^p の双対、条件付き期待値への予告。
  7. 微分定理と絶対連続関数 — ハーディ–リトルウッドの極大関数、ルベーグの微分定理、有界変動関数、絶対連続関数と微分積分学の基本定理、カントール関数。
  8. リースの表現定理とラドン測度 — 局所コンパクト空間上の正値線形汎関数を測度で表す。ラドン測度と正則性、C0(X)C_0(X) の双対、測度の弱収束・漠収束。

学習時間の目安と進め方

  • 学部 3 年の通年講義(90 分 × 25〜30 回)に相当する。1 章あたり演習を含めて 12〜20 時間を見込むとよい。
  • 章の依存関係はおおむね「第1章 → 第2章 → 第3章 → 第4章」が幹で、第5章・第6章は第4章まで、第7章は第6章まで、第8章は第4章までと位相空間論を使う。
  • 第2章の構成の細部(カラテオドリの定理の証明、直方体の体積の加法性)は、初読では結果を認めて第3章に進んでもよい。ただし「すべての集合に長さを与えることはできない」(ヴィタリの定理)という事実と、それが σ-加法族を導入する理由であることは必ず理解してほしい。
  • 第3章がこの科目の核心である。収束定理は証明よりも使い方が重要で、「優関数をどう見つけるか」を多くの例で練習すること。
  • 定理を読んだら、必ず次の典型的な反例と照らし合わせて、どの仮定が効いているかを確かめること。
    • 逃げる質量 1[n,n+1]\mathbf{1}_{[n, n+1]}(無限遠へ逃げる)
    • 集中する山 n1(0,1/n)n \mathbf{1}_{(0, 1/n)}(一点に集中する)
    • 広がる山 1n1[0,n]\frac{1}{n} \mathbf{1}_{[0, n]}(薄く広がる)
    • 動く山(タイプライター列):[0,1][0,1] 上を幅を狭めながら往復する定義関数の列
  • ルベーグ積分は抽象的に見えるが、計算の道具としてはリーマン積分より強力で便利である。各章の具体的な積分計算(∫0∞xex−1 dx=π26\int_0^\infty \frac{x}{e^x - 1}\ dx = \frac{\pi^2}{6}、ガウス積分、ガンマ関数など)も手を動かして確かめること。

参考文献

日本語

  • 伊藤清三『ルベーグ積分入門』(裳華房)— 日本語の定番の教科書。抽象的な測度空間の理論を、有限加法的測度の拡張(ホップの拡張定理)から厳密に展開する。第1〜6章の参照先として最適。
  • 吉田洋一『ルベグ積分入門』(筑摩書房)— 長く読み継がれてきた入門書。ルベーグ積分の考え方と基本事項を丁寧に説明している。
  • 志賀徳造『ルベーグ積分から確率論』(共立出版)— ルベーグ積分の基礎から確率論への応用までを一冊で扱う。確率論(11-probability)への橋渡しに向く。
  • 谷島賢二『ルベーグ積分と関数解析』(朝倉書店)— ルベーグ積分に続けて関数解析の基礎まで扱う。LpL^p 空間やフーリエ解析など、関数解析への接続を意識して学びたい読者に向く。
  • 新井仁之『ルベーグ積分講義』(日本評論社)— 講義形式で丁寧に書かれた教科書。ルベーグ測度の構成や具体例が詳しい。

英語

  • W. Rudin, Real and Complex Analysis (McGraw-Hill) — リースの表現定理から測度を構成する流儀(第8章の内容)で書かれた古典。微分定理・LpL^p 空間・複素解析まで簡潔かつ高い水準で扱う。
  • G. B. Folland, Real Analysis: Modern Techniques and Their Applications (Wiley) — 抽象的な測度論、符号付き測度とラドン–ニコディムの定理、微分定理、ラドン測度を標準的な形で扱う大学院向けの教科書。本科目全体の参照先として適している。
  • E. M. Stein, R. Shakarchi, Real Analysis: Measure Theory, Integration, and Hilbert Spaces (Princeton University Press) — Rd\mathbb{R}^d のルベーグ測度から始め、微分定理やヒルベルト空間へ進む。動機づけと具体例が豊富。

次に学ぶもの