概要
代数幾何学は、多項式の零点として定義される図形――平面曲線 、二次曲面 、ねじれ 3 次曲線 など――を、多項式環とそのイデアルの言葉で調べる分野である。図形の性質(既約性・次元・特異点・交わり)が環の性質(素イデアル・クルル次元・正則局所環・剰余環の長さ)に翻訳され、逆に環論の定理が図形についての定理になる。この「図形と環の辞書」が代数幾何学の出発点である。
20 世紀半ば、グロタンディークはこの辞書をすべての可換環に広げ、スキーム (scheme) の理論を作った。スキームを使うと、交わりの重複度を記憶する冪零元、既約な図形全体を代表する生成点、そして のような数論的対象までを、一つの幾何学の中で扱える。この科目では古典的な図形(代数多様体)から出発し、層・スキーム・準連接層・層のコホモロジーを順に導入して、最後に代数曲線のリーマン–ロッホの定理を層のコホモロジーを使って証明する。
学び方の基本方針:抽象的な定義に出会ったら、必ず次の例で確かめること。平面曲線(直線・円錐曲線・尖点 ・結節点 ・楕円曲線)、二次曲面、ねじれ 3 次曲線、射影空間 、そしてスキームの例として 、二重点 、原点が 2 つある直線。本科目の定理のほとんどは、これらの例で意味が見えるように述べてある。
前提知識
- 13-commutative-algebra 可換環論:全体を通して使う。特に第2章 局所化と素スペクトル(第4章のアフィンスキーム)、第3章 ネーター環、第4章 整拡大と零点定理(第1章)、第5章 次元論、第7章 離散付値環とデデキント環(第6章・第8章の因子)
- 12-category-homological-algebra 圏論とホモロジー代数:圏同値・米田の補題・随伴関手(第1章・第3章・第4章)、アーベル圏と導来関手(第7章)
- 03-topology 集合と位相:位相空間・連続写像・コンパクト性。ザリスキー位相は非ハウスドルフなので、位相の基本概念を定義に戻って使えることが大切である
- 04-algebra 代数学:環・イデアル・一意分解整域・体の拡大
- (望ましい)09-algebraic-topology 位相幾何学:コホモロジーとポアンカレ双対性。層のコホモロジー(第7章)・セール双対性の直観を与える
- (望ましい)05-complex-analysis 複素関数論:正則関数の層・指数関数列(第3章)の例で使う
到達目標
- [ ] 零点定理を使ってイデアルと代数的集合の対応を説明し、具体的な代数的集合を既約成分に分解できる
- [ ] アフィン多様体の圏と座標環の圏の反変同値を証明し、ヤコビアン判定法で特異点を求められる
- [ ] 射影多様体の射影閉包・セグレ埋め込み・ヴェロネーゼ埋め込みを計算し、ヒルベルト多項式から次数と種数を読み取れる
- [ ] 層・茎・層化・順像と逆像を定義し、層の射の単射・全射を茎で判定できる。大域切断関手が右完全でない例を挙げられる
- [ ] アフィンスキームの構造層を構成し、 と を証明できる
- [ ] 冪零元・生成点・ 上のスキームの例を使って、スキームが必要な理由を説明できる
- [ ] ファイバー積とファイバーを計算し(例:)、分離的射・固有射・平坦射の意味を例で説明できる
- [ ] 準連接層と加群の対応を理解し、 上の 、因子類群 、二次錐の因子類群を計算できる
- [ ] チェック複体を使って 上の のコホモロジーを計算し、平面曲線の種数 を導ける
- [ ] リーマン–ロッホの定理をセール双対性から証明し、種数 0 の曲線が であることや楕円曲線の群構造の構成に応用できる
- [ ] フルヴィッツの公式を使って曲線の種数を計算できる
- [ ] 交点理論・極小モデル理論・モジュライ・ヴェイユ予想・ホッジ理論・数論幾何が何を問題にしているかを説明できる
章立て
- 第1章 アフィン代数多様体 代数的集合とイデアル、ザリスキー位相と既約分解、零点定理とイデアル–多様体対応、座標環と正則関数、射と座標環の反変同値、次元、接空間とヤコビアン判定法。
- 第2章 射影多様体 射影空間と斉次座標、射影的零点定理、射影閉包、射影多様体の射、セグレ埋め込み・ヴェロネーゼ埋め込み、二次曲面上の直線、ヒルベルト多項式と次数、ベズーの定理、完備性、グラスマン多様体。
- 第3章 層 前層と層、茎と芽、層の射の単射・全射の茎による判定、層化、層の完全列と指数関数列、順像・逆像と随伴、局所環付き空間としての多様体。
- 第4章 スキーム なぜスキームが必要か、アフィンスキームの構造層、スキームの定義、 の関手性、・二重点・生成点、貼り合わせ、、多様体からスキームへ、 値点。
- 第5章 スキームの性質と射 被約・整・ネーター、閉部分スキーム、ファイバー積とファイバー、有限型・有限射、分離的射、固有射と付値判定法、次元、平坦射。
- 第6章 準連接層・直線束・因子 -加群と 、準連接層と連接層、局所自由層、ピカール群、、ヴェイユ因子とカルティエ因子、射影空間への射、豊富な直線束、微分形式の層と標準層。
- 第7章 層のコホモロジー 導来関手としてのコホモロジー、脆弱層、チェック・コホモロジー、セールの消滅定理、 上の のコホモロジー、有限性と消滅定理、オイラー標数とヒルベルト多項式、セール双対性。
- 第8章 代数曲線とリーマン–ロッホの定理 非特異射影曲線と関数体、因子の次数、種数、リーマン–ロッホの定理、種数 0・種数 1 の曲線、フルヴィッツの公式、超楕円曲線と標準曲線、平面曲線の種数公式。
- 第9章 さらに先へ 曲面の交点理論、極小モデル理論、曲線のモジュライ、合同ゼータ関数とヴェイユ予想、ホッジ理論、数論幾何への展望、学習ロードマップと文献案内。
学習時間の目安と進め方
- 1 章あたり 15〜20 時間(本文の精読 8〜12 時間、演習 6〜8 時間)、全体で 140〜180 時間程度を想定している。大学院の講義なら修士 1 年の通年 2 科目分(古典的多様体と層で半期、スキームとコホモロジー・曲線で半期)に相当する。
- 章の依存関係はおおよそ次のとおりである。
- 第1章 → 第2章(古典的な代数多様体)
- 第3章は第1章と並行して読める(層の一般論)。第4章以降はすべて第3章を使う
- 第4章 → 第5章 → 第6章 → 第7章 → 第8章(スキーム論の流れ)
- 第9章はサーベイであり、各節は第6章〜第8章のどこかと対応している
- 第4章以降で抽象度が急に上がる。新しい定義に出会うたびに、「 of 多項式環(古典的な多様体)」「(数論)」「冪零元をもつ環(二重点)」の 3 種類の例で確かめること。
- 第7章・第8章の計算( のコホモロジー、平面曲線の種数、リーマン–ロッホの応用)は、手を動かして表を作ると定着する。
- 演習問題は ★ をすべて解いてから ★★ に進むとよい。★★ には大学院入試の基本レベルの問題が含まれる。
参考文献
- R. Hartshorne, Algebraic Geometry (Springer) 標準的な教科書。第 I 章が古典的な多様体、第 II 章がスキーム、第 III 章がコホモロジー、第 IV 章が曲線で、本科目の第1章〜第8章とほぼ対応する。演習問題が本文の一部をなしている。
- 上野健爾『代数幾何』(岩波書店) スキーム論とコホモロジーを日本語で丁寧に解説した本。第4章〜第7章の参考書として適する。
- 川又雄二郎『射影空間の幾何学』(朝倉書店) 射影空間とその部分多様体を具体的に扱う。第2章の射影幾何・二次曲面・グラスマン多様体の理解を深めるのに向く。
- 桂利行『代数幾何入門』(共立出版) 代数多様体から曲線論までを見通しよく解説した入門書。第1章・第2章・第8章と並行して読める。
- D. Mumford, The Red Book of Varieties and Schemes (Springer) 古典的な多様体からスキームへの移行を、幾何的な直観を重視して解説する。 の絵などは第4章の理解に役立つ。
- R. Vakil, The Rising Sea: Foundations of Algebraic Geometry スキーム論を例と演習を中心に網羅的に解説した大部の本。第3章〜第7章の副読本として最適である。
- U. Görtz, T. Wedhorn, Algebraic Geometry I (Springer) スキーム論の基礎を正確かつ詳細に扱う。関手的な見方( 値点)やファイバー積の構成を確認するのに向く。
- Q. Liu, Algebraic Geometry and Arithmetic Curves (Oxford University Press) 数論的な対象( 上のスキーム、算術曲面)を重視したスキーム論の教科書。第5章の例や第9章の数論幾何への入口になる。
- I. R. Shafarevich, Basic Algebraic Geometry 1, 2 (Springer) 第 1 巻は古典的な多様体の幾何を豊富な例とともに、第 2 巻はスキームと複素多様体を扱う。第1章・第2章の副読本として適する。
- W. Fulton, Algebraic Curves 平面代数曲線の入門書。交点数・ベズーの定理・リーマン–ロッホの定理を初等的に扱い、第2章・第8章の具体的な計算の参考になる。
次に学ぶもの
- 15-algebraic-number-theory 代数的整数論:デデキント環 の は「数論的な曲線」であり、素イデアル分解は第5章のファイバーの計算そのものである。
- 19-riemann-surfaces リーマン面と保型形式:複素数体上の非特異射影曲線はコンパクトリーマン面であり、第8章のリーマン–ロッホの定理を解析的に見直せる。
- 17-riemannian-geometry 第7章 ホッジ理論と大域解析:第9章で触れるホッジ分解の解析的な基礎。
- 16-lie-groups-representations リー群と表現論:旗多様体・グラスマン多様体は表現論の重要な舞台である。
- 20-problems 第8章 修士レベルの総合演習:本科目の内容を問題演習で総復習する。