この章の目標
- 古典群 GLn, SLn, O(n), SO(n), U(n), SU(n), Sp を定義し、コンパクト性・連結性を調べられる
- 行列の指数写像と対数の性質を証明し、1 径数部分群が指数写像で与えられることを示せる
- 行列リー群のリー環を定義し、それが交換子で閉じることを証明し、古典群のリー環を計算できる
- リー群の準同型の微分がリー環の準同型になることを証明できる
- SU(2)→SO(3) が二重被覆であることを証明し、単連結性と準同型の持ち上げの関係を説明できる
前提:線形代数 第6章・第7章(ジョルダン標準形・ユニタリ行列)、微分積分 第8章(逆関数定理)、位相 第5章・第6章、多様体 第2章〜第4章、位相幾何学 第3章(被覆空間)
回転群 SO(3) のような「連続的な対称性」の群は、有限群と違って元を数え上げることができない。しかし単位元の近くの元は etX の形に書け、群の構造は「無限小の変換」X のなす線形空間――リー環――とその上の交換子 [X,Y]=XY−YX でほぼ決まってしまう。非線形な対象(群)を線形な対象(リー環)で調べるというこの発想は、微分によって関数を一次近似で調べるのと同じ精神である。この章では、行列の群に限って、この対応の基礎を証明する。
2.1 行列リー群
定義 2.1(行列リー群, matrix Lie group)GLn(C) の部分群 G で、GLn(C) の閉集合であるものを行列リー群という。すなわち、gk∈G が g∈GLn(C) に収束すれば g∈G である。
例 2.2(古典群)以下はすべて行列リー群である(条件が連続関数の等式で書けるので閉集合)。tg は転置、g∗=tg は随伴とし、
J=(0−InIn0)
とおく。
| 群 |
定義 |
名前 |
| GLn(R), GLn(C) |
可逆行列 |
一般線形群 |
| SLn(R), SLn(C) |
detg=1 |
特殊線形群 |
| O(n), SO(n) |
実行列で tgg=I(SO(n) はさらに detg=1) |
直交群, 回転群 |
| U(n), SU(n) |
g∗g=I(SU(n) はさらに detg=1) |
ユニタリ群 |
| Sp2n(R), Sp2n(C) |
tgJg=J |
シンプレクティック群 |
| Sp(n) |
Sp2n(C)∩U(2n) |
コンパクト・シンプレクティック群 |
ほかに、対角成分が 1 の上三角行列の群(n=3 のときハイゼンベルク群)や、トーラス Tn={diag(eiθ1,…,eiθn)} も行列リー群である。GLn(Q) は閉でないので行列リー群ではない。
O(n), SO(n), U(n), SU(n), Sp(n) はコンパクトである。実際、Mn(C)≅Cn2 の閉集合であり、各列が単位ベクトルなので有界である。一方 GLn や SLn(R) (n≥2) は有界でないのでコンパクトでない(diag(k,1/k,1,…,1)∈SLn(R))。
命題 2.3(連結性)GLn(C), U(n), SU(n), SO(n) は弧状連結である。O(n) と GLn(R) はちょうど 2 つの連結成分をもつ。
証明. U(n):ユニタリ行列は g=Pdiag(eiθ1,…,eiθn)P−1(P∈U(n))と対角化できる(線形代数 第7章)ので、t↦Pdiag(eitθ1,…,eitθn)P−1 (0≤t≤1) が I と g を U(n) 内で結ぶ。SU(n) では detg=ei∑θj=1 より ∑θj∈2πZ なので、θn を θn−∑jθj に取り替えて ∑θj=0 としておけば、同じ道が SU(n) 内にある。SO(n):実直交行列は直交行列 P で回転行列 R(θj) のブロックと ±1 の対角ブロックに標準化される。det=1 なら −1 は偶数個なので 2 つずつ組にして R(π) とみなせ、各 θj を tθj に置き換えれば I と結べる。GLn(C):g,h を与えたとき、z の多項式 det((1−z)g+zh) は z=0 で 0 でないので恒等的に 0 ではなく、零点は有限個である。C から有限個の点を除いた集合は弧状連結なので、0 と 1 を零点を避ける道 z(t) で結べば、(1−z(t))g+z(t)h が g と h を結ぶ。O(n), GLn(R):det の符号は連続なので少なくとも 2 成分あり、det<0 の部分は diag(−1,1,…,1) を掛ければ det>0 の部分と同相である。GLn(R) の det>0 の部分の連結性は、極分解 g=k⋅p(k∈SO(n), p は正定値対称行列)と、正定値対称行列の全体が凸であることから従う。□
例 2.4(SU(2) と 3 次元球面)g∈SU(2) の第 1 列を (a,b) とすると、第 2 列はそれに直交する単位ベクトルで detg=1 となるものだから
SU(2)={(ab−ba) a,b∈C, ∣a∣2+∣b∣2=1}
であり、SU(2) は 3 次元球面 S3⊂C2=R4 と同相である。特に SU(2) はコンパクトかつ単連結である(位相幾何学 第1章)。
2.2 行列の指数写像と対数
Mn(C) に作用素ノルム ∥X∥ を入れる。∥XY∥≤∥X∥∥Y∥ なので、級数
eX=expX=k=0∑∞k!Xk
は Mn(C) 全体で絶対収束し、有界集合上で一様収束する。
命題 2.5 X,Y∈Mn(C) とする。
- XY=YX ならば eX+Y=eXeY。特に eX は可逆で (eX)−1=e−X。
- g∈GLn(C) に対し egXg−1=geXg−1。また t(eX)=etX, (eX)∗=eX∗。
- deteX=etrX。
- t↦etX は C∞ 級で dtdetX=XetX=etXX。
証明. 1:絶対収束する級数のコーシー積と二項定理(X,Y が可換なので使える)による。2:(gXg−1)k=gXkg−1 と、転置・随伴が連続であることから。3:X=PTP−1(T は対角成分 λ1,…,λn の上三角行列)と三角化すると、eT は対角成分 eλi の上三角行列なので deteX=deteT=e∑λi=etrX。4:べき級数の項別微分。□
例 2.6 次の 2 つの行列を考える。
J=(01−10),N=(0010)
J2=−I なので、偶数次と奇数次の項をまとめて
eθJ=(cosθ)I+(sinθ)J=(cosθsinθ−sinθcosθ)
となる。冪零行列 N については N2=0 より etN=I+tN。
注意
XY=YX なら一般に eX+Y=eXeY である。X=N, Y=tN とすると eXeY=(I+N)(I+tN)=I+N+tN+E11(トレース 3)だが、X+Y は固有値 ±1 をもつ対称行列なので eX+Y のトレースは e+e−1=3 である。
単位行列の近くでは log が定義できる:∥g−I∥<1 に対し
logg=m=1∑∞m(−1)m+1(g−I)m
命題 2.7 (1) ∥g−I∥<1 ならば elogg=g。(2) ∥X∥<log2 ならば ∥eX−I∥<1 かつ logeX=X。(3) ∥A∥≤1/2 ならば ∥log(I+A)−A∥≤2∥A∥2。
したがって exp は 0 の近傍 {∥X∥<log2} から I の開近傍への同相写像であり、逆写像は log である。
証明. (1) 複素数の恒等式 elog(1+w)=1+w (∣w∣<1) は収束べき級数の恒等式である。g が対角化可能 g=PDP−1 なら、D の対角成分 λ は ∣λ−1∣≤∥g−I∥<1 を満たし、logg=P(logD)P−1 なので主張はスカラーの恒等式に帰着する。対角化可能行列(例えば固有値が相異なる行列)は稠密で、両辺は {∥g−I∥<1} 上連続だから、一般の g でも成り立つ。(2) ∥eX−I∥≤∑k≥1∥X∥k/k!=e∥X∥−1<1。あとは (1) と同様に、∣z∣<log2 での恒等式 logez=z と稠密性から従う。(3) ∥log(I+A)−A∥≤∑m≥2∥A∥m=∥A∥2/(1−∥A∥)≤2∥A∥2。最後の主張:U={∥X∥<log2} とすると (2) より exp は U 上単射で、exp(U)={g∣∥g−I∥<1, ∥logg∥<log2} は開集合、逆写像は連続な log である。□
例 2.8(指数写像は全射とは限らない)g=−I+N∈SL2(R)(N は例 2.6 の冪零行列)は、trX=0 となる実行列 X の eX として書けない。実際、そのような X の固有値は ±λ で λ2=−detX∈R。(i) λ∈R∖{0} なら eX の固有値は e±λ>0 でトレースは正。(ii) λ=iθ (θ=0) なら X は(複素的に)対角化可能で、eX は固有値 e±iθ で対角化可能。トレースが −2 になるのは eiθ=−1 のときで、そのとき eX=−I。(iii) λ=0 なら X2=0 で eX=I+X、トレース 2。いずれの場合も「トレースが −2 で −I でない」行列にはならない。
2.3 1 径数部分群
定義 2.9 連続な群準同型 φ:R→GLn(C) を 1 径数部分群 (one-parameter subgroup) という。
φ(t)=etX は命題 2.5 の 1 より 1 径数部分群である。逆も成り立つ。
定理 2.10 任意の 1 径数部分群 φ に対し、φ(t)=etX (t∈R) となる X∈Mn(C) がただ一つ存在する。
証明. ε=log2 とし、Br={∥X∥<r} とおく。命題 2.7 より exp は Bε 上単射で、exp(Bε/2) は I の開近傍である。φ の連続性から、∣t∣≤t0 で φ(t)∈exp(Bε/2) となる t0>0 がとれる。Z∈Bε/2 を φ(t0)=eZ となるようにとり、W∈Bε/2 を φ(t0/2)=eW となるようにとる。e2W=φ(t0/2)2=φ(t0)=eZ で 2W,Z∈Bε だから、単射性より W=Z/2。これを繰り返して φ(t0/2k)=eZ/2k、したがって整数 m について φ(mt0/2k)=emZ/2k を得る。mt0/2k の形の数は R で稠密なので、連続性から φ(t)=etZ/t0 がすべての t で成り立つ。X=Z/t0 とすればよい。一意性は X=φ′(0) から従う。□
2.4 行列リー群のリー環
定義 2.11(リー環, Lie algebra)行列リー群 G に対し
g=Lie(G)={X∈Mn(C)∣すべての t∈R について etX∈G}
を G のリー環という。X,Y の交換子 (commutator, bracket) を [X,Y]=XY−YX で定める。
補題 2.12(リーの積公式, Lie product formula)X,Y∈Mn(C) に対し
eX+Y=m→∞lim(eX/meY/m)m
証明. eX/meY/m=I+mX+Y+Rm、∥Rm∥≤C/m2 と書ける。m が大きければ命題 2.7 (3) より log(eX/meY/m)=mX+Y+Em、∥Em∥≤C′/m2 となる。よって (eX/meY/m)m=exp(mlog(eX/meY/m))=exp(X+Y+mEm) であり、mEm→0 と exp の連続性から主張を得る。□
定理 2.13 G を行列リー群、g をそのリー環とする。
- g∈G, X∈g ならば gXg−1∈g。
- g は Mn(C) の実部分ベクトル空間である。
- X,Y∈g ならば [X,Y]∈g。
証明. 1:etgXg−1=getXg−1∈G。2:sX∈g (s∈R) は定義から明らか。X,Y∈g なら (etX/metY/m)m∈G で、補題 2.12 よりこれは et(X+Y)∈GLn(C) に収束する。G は閉なので et(X+Y)∈G。3:1 より etXYe−tX∈g で、g は有限次元部分空間なので閉集合である。したがって
dtdt=0etXYe−tX=XY−YX=[X,Y]
は g の元の差分商の極限として g に属する。□
交換子は双線形・交代的で、ヤコビ恒等式 (Jacobi identity)
[X,[Y,Z]]+[Y,[Z,X]]+[Z,[X,Y]]=0
を満たす(展開すれば 12 項が打ち消し合う)。この 3 つの性質をもつ双線形演算つきのベクトル空間を抽象的にリー環と呼ぶ(第3章)。g は複素行列を含んでいても実リー環であることに注意する。
例 2.14(古典群のリー環)g の計算の典型は次のとおり。O(n):X が実交代行列 tX=−X なら t(etX)etX=e−tXetX=I。逆に etX∈O(n) (∀t) なら、X=dtdetX∣t=0 は実行列で、t(etX)etX=I を t=0 で微分して tX+X=0。SLn:detetX=ettrX がすべての t で 1 であることと trX=0 は同値。他も同様にして次の表を得る。
| 群 G |
リー環 g |
dimRg |
| GLn(R) |
gln(R)=Mn(R) |
n2 |
| SLn(R) |
sln(R)={trX=0} |
n2−1 |
| SLn(C) |
sln(C) |
2(n2−1) |
| O(n), SO(n) |
so(n)={X∈Mn(R)∣tX=−X} |
n(n−1)/2 |
| U(n) |
u(n)={X∗=−X} |
n2 |
| SU(n) |
su(n)={X∗=−X, trX=0} |
n2−1 |
| Sp2n(R) |
sp2n(R)={tXJ+JX=0} |
n(2n+1) |
| Sp(n) |
sp2n(C)∩u(2n) |
n(2n+1) |
O(n) と SO(n) のリー環が等しいことからわかるように、リー環は単位元の連結成分しか見ていない。
例 2.15(3 つの 3 次元リー環)(1) so(3) の基底
L1=0000010−10,L2=00−1000100,L3=010−100000
は [L1,L2]=L3, [L2,L3]=L1, [L3,L1]=L2 を満たす(例えば L1L2=E21, L2L1=E12 より [L1,L2]=E21−E12=L3)。x=(x1,x2,x3) に Lx=∑xjLj を対応させると Lxv=x×v(外積)であり、(so(3),[ , ])≅(R3,×) となる。eθLu(u は単位ベクトル)は軸 u の周りの角 θ の回転である。
(2) パウリ行列
σ1=(0110),σ2=(0i−i0),σ3=(100−1)
を使って Xj=−2iσj とおくと、X1,X2,X3 は su(2) の基底で、[σ1,σ2]=2iσ3 などから [X1,X2]=X3(巡回的)となる。よって Xj↦Lj は同型 su(2)≅so(3) を与える。
(3) sl2(R) の基底
H=(100−1),E=(0010),F=(0100)
は [H,E]=2E, [H,F]=−2F, [E,F]=H を満たす。この関係式は以後の章の主役である。sl2(R) は su(2) と同型でない:sl2(R) では Y↦[H,Y] が実固有値 2,0,−2 をもつが、su(2)≅(R3,×) では v↦x×v は交代行列なので、固有値は 0 と純虚数だけである。ただし複素化すると su(2)⊗C≅sl2(R)⊗C≅sl2(C) となる(su(2)+isu(2)=sl2(C))。
2.5 準同型の微分
定理 2.16 G,H を行列リー群、Φ:G→H を連続な群準同型とする。このとき実線形写像 φ:g→h で、すべての X∈g について Φ(eX)=eφ(X) となるものがただ一つ存在する。さらに
- φ(X)=dtdΦ(etX)∣t=0、
- φ(gXg−1)=Φ(g)φ(X)Φ(g)−1 (g∈G)、
- φ([X,Y])=[φ(X),φ(Y)]。
φ を Φ の微分といい、dΦ とも書く。
証明. t↦Φ(etX) は 1 径数部分群なので、定理 2.10 より Φ(etX)=etZ となる Z がただ一つある。etZ∈H (∀t) より Z∈h。φ(X)=Z と定める。一意性と 1 は明らか。φ(sX)=sφ(X) は定義から従い、加法性は補題 2.12 と Φ の連続性から
Φ(et(X+Y))=m→∞lim(Φ(etX/m)Φ(etY/m))m=m→∞lim(etφ(X)/metφ(Y)/m)m=et(φ(X)+φ(Y))
となることによる。2:etφ(gXg−1)=Φ(getXg−1)=Φ(g)etφ(X)Φ(g)−1=etΦ(g)φ(X)Φ(g)−1。3:[X,Y]=dtdetXYe−tX∣t=0 で、φ は線形(したがって連続)なので、2 を使って
φ([X,Y])=dtdt=0Φ(etX)φ(Y)Φ(e−tX)=dtdt=0etφ(X)φ(Y)e−tφ(X)=[φ(X),φ(Y)]
□
例 2.17 det:GLn(C)→C×=GL1(C) の微分は tr である(detetX=ettrX)。3 から tr[X,Y]=0 が再確認できる。
2.6 随伴表現
g の基底を固定すれば GL(g) は実行列の群 GLm(R) (m=dimg) と同一視でき、そのリー環は gl(g)=EndR(g) である。
定義 2.18(随伴表現, adjoint representation)g∈G に対し Adg(X)=gXg−1 とおくと、定理 2.13 より Adg∈GL(g) で、Ad:G→GL(g) は連続準同型である。これを随伴表現という。X∈g に対し adX(Y)=[X,Y] と定める。
命題 2.19 d(Ad)=ad、すなわち Ad(eX)=eadX である。特に ad[X,Y]=[adX,adY] が成り立つ。
証明. 定理 2.16 の 1 より d(Ad)(X)Y=dtdetXYe−tX∣t=0=[X,Y]。最後の等式は定理 2.16 の 3 である(これはヤコビ恒等式の言い換えでもある)。□
2.7 閉部分群定理
行列リー群が多様体であること、すなわちリー群であることを示そう。鍵は「G の単位元の近くの元は、すべて g の元の指数写像で書ける」ことである。
定理 2.20(閉部分群定理, 行列群の場合)G⊂GLn(C) を行列リー群、g をそのリー環とする。0 の近傍 A⊂g と I の開近傍 W′⊂GLn(C) で、exp∣A が A から exp(A) への同相写像であり G∩W′=exp(A)∩W′ となるものが存在する。したがって G は Mn(C) の部分多様体(埋め込まれた部分多様体)であり、dimG=dimRg のリー群である。
証明. Mn(C) を 2n2 次元の実ベクトル空間とみて、補空間 D をとり Mn(C)=g⊕D とする。
補題:Yk∈D∖{0}, Yk→0, eYk∈G となる列は存在しない。実際、そのような列があれば、部分列をとって Yk/∥Yk∥→Y∈D, ∥Y∥=1 としてよい。t∈R に対し mk=⌊t/∥Yk∥⌋ とおくと ∣mk∥Yk∥−t∣≤∥Yk∥→0 なので mkYk→tY。emkYk=(eYk)mk∈G で G は閉だから etY∈G。よって Y∈g∩D=0 となり、∥Y∥=1 に矛盾する。
Φ(X,Y)=eXeY (X∈g, Y∈D) の (0,0) での微分は (X,Y)↦X+Y で全単射だから、逆関数定理より、0 を中心とする球 A⊂g, B⊂D と I の開近傍 W があって Φ:A×B→W は微分同相である。I の開近傍 W′⊂W で G∩W′⊂exp(A) となるものがあることを示す。そうでなければ、gk∈G, gk→I, gk∈/exp(A) となる列がとれる。(Xk,Yk)=Φ−1(gk)→(0,0) とおくと、gk∈/exp(A) より Yk=0 であり、eYk=e−Xkgk∈G となって補題に矛盾する。逆に exp(A)⊂G なので G∩W′=exp(A)∩W′=Φ(A×{0})∩W′。これは座標 Φ−1 で線形部分空間 g×{0} の開集合に写るので、G は I の近くで dimg 次元の部分多様体である。g∈G の近くでは、左移動 h↦gh(Mn(C) の線形同型)で移せばよい。群演算は行列の積と逆行列の制限なので滑らかである。□
系 2.21 G が連結ならば、G は exp(g) で生成される。また連続準同型 Φ:G→H は微分 dΦ で決まり、自動的に滑らかである。
証明. exp(g) で生成される部分群 G0 は、I の G における近傍 G∩W′ を含む。よって各 h∈G0 について h(G∩W′)⊂G0 となり G0 は G の開集合である。開部分群の補集合は剰余類の和なので開であり、G0 は閉でもある。G は連結なので G0=G。後半:Φ(eX1⋯eXk)=edΦ(X1)⋯edΦ(Xk) より Φ は dΦ で決まる。また Φ は単位元の近くで exp∘ dΦ∘log と書けるので滑らかであり、左移動により至るところ滑らかである。□
例 2.22(閉でない部分群)α を無理数とし、γ(t)=diag(eit,eiαt) の像 Γ を考える。Γ はトーラス T2 の部分群で、γ は単射な連続準同型だが、Γ は T2 で稠密であり閉でない(クロネッカーの定理)。Γ は行列リー群ではない。その閉包 T2 のリー環は 2 次元である。このような部分群は「はめ込まれたリー部分群」と呼ばれる。
補足
一般のリー群 G の閉部分群も自動的に埋め込まれたリー部分群になる(カルタンの閉部分群定理)。証明は上と同じ考え方でできる。
2.8 SU(2) から SO(3) への二重被覆
su(2)≅so(3) であった(例 2.15)。群のレベルでは何が起きているかを調べよう。
定理 2.23 随伴表現 Ad:SU(2)→GL(su(2)) は、su(2) の正規直交基底 X1,X2,X3(内積 ⟨X,Y⟩=−2tr(XY))によって、全射準同型 SU(2)→SO(3) を与え、その核は {±I} である。したがって SO(3)≅SU(2)/{±I}(位相群として)であり、SU(2)→SO(3) は二重被覆で、π1(SO(3))≅Z/2 である。
証明. tr(XjXk)=−21δjk なので X1,X2,X3 はこの内積に関して正規直交である。tr(gXg−1gYg−1)=tr(XY) より Adg は内積を保ち、Ad:SU(2)→O(3) となる。SU(2) は連結で det∘Ad は ±1 に値をとる連続関数なので、像は SO(3) に含まれる。
核:Adg=id なら g は su(2) のすべての元と可換で、su(2)+isu(2)=sl2(C) のすべての元とも可換である。E, F と可換な行列はスカラー行列だけなので g=cI、detg=c2=1 より g=±I。
全射性:まず任意の R∈SO(3) は、ある単位ベクトル u と θ について R=eθLu と書ける。実際、det(R−I)=detR⋅det(I−tR)=det(I−R)=−det(R−I) より R は固有値 1 をもち、その単位固有ベクトルを u とすると、R は u⊥ を保ち、そこで行列式 1 の直交変換、すなわち回転として作用する。一方 [X1,X2]=X3 などから adXj の行列は Lj であり、Xu=∑ujXj に対し Ad(eθXu)=eθadXu=eθLu=R(命題 2.19)。
位相:SU(2)/{±I}→SO(3) はコンパクト空間からハウスドルフ空間への連続全単射なので同相である。SU(2)≅S3 は単連結なので、これは普遍被覆であり、被覆変換群 {±I} が基本群を与える(位相幾何学 第3章)。□
X3=diag(−i/2,i/2) について eθX3=diag(e−iθ/2,eiθ/2) は eθL3(z 軸の周りの角 θ の回転)に写る。θ を 0 から 2π まで動かすと、SO(3) では I に戻る閉曲線だが、SU(2) への持ち上げは I から e2πX3=−I への道であり閉じない。これが SO(3) の縮まない閉曲線である。SO(3)≅S3/{±1}≅RP3 でもある。
2.9 連結性・単連結性と準同型の持ち上げ
系 2.21 より、G が連結なら準同型 G→H はリー環の準同型で決まる。存在については次が成り立つ。
定理 2.24(準同型の持ち上げ)G,H をリー群とし、G は連結かつ単連結とする。任意のリー環の準同型 φ:g→h に対し、dΦ=φ となるリー群の準同型 Φ:G→H がただ一つ存在する。
証明は本書では扱わない(主張のみ)。行列群の場合の証明は Hall の本の第5章にあり、ベイカー–キャンベル–ハウスドルフの公式(2.11 節)で単位元の近くに Φ を定義し、単連結性を使って全体に延ばす。
例 2.25(単連結性は外せない)同型 ψ:so(3)→su(2), Lj↦Xj は群の準同型 Ψ:SO(3)→SU(2) に持ち上がらない。もし持ち上がれば、e2πL3=I なのに Ψ(e2πL3)=e2πψ(L3)=e2πX3=−I となり、Ψ(I)=I に矛盾する。表現論の言葉では、so(3)≅su(2) の 2 次元表現(SU(2)⊂GL2(C) の微分)は SO(3) の表現にならない。物理学で「スピン 1/2」と呼ばれるものである。
したがって、単連結な SU(2) の表現と su(2)(あるいはその複素化 sl2(C))の表現は一対一に対応するが、SO(3) の表現はその一部(−I が自明に作用するもの)である。この事実は第6章で SU(2), SO(3) の既約表現を分類するときに再び現れる。
2.10 抽象的なリー群とリー環
定義 2.26(リー群, Lie group)滑らかな多様体 G に群構造が与えられ、積 G×G→G と逆元 G→G が滑らかであるとき、G をリー群という。
g∈G による左移動を Lg(h)=gh とする。ベクトル場 X~ が (dLg)X~h=X~gh を満たすとき左不変という。左不変ベクトル場は単位元での値 X=X~e∈TeG で決まり、逆に X∈TeG から X~g=(dLg)eX で定まる。左不変ベクトル場のブラケット(多様体 第4章)は再び左不変なので、TeG にブラケットが入る。これが G のリー環 g である。指数写像は expX=γX(1)(γX は X~ の e を通る積分曲線)で定義される。
行列リー群ではこの定義はこれまでの定義と一致する。実際、X∈g の左不変ベクトル場は X~g=gX で、その積分曲線は t↦getX である。ベクトル場のブラケットを [V,W]f=V(Wf)−W(Vf) で定めると、Mn(C) の座標では [V,W]g=DW(g)[V(g)]−DV(g)[W(g)] であり、V(g)=gX, W(g)=gY に対して
[X~,Y~]g=gXY−gYX=g[X,Y]
となって、交換子と一致する(右不変ベクトル場を使うと符号が逆になる)。
次の事実が知られている(主張のみ)。
- リーの第 3 定理:任意の有限次元実リー環は、ある連結かつ単連結なリー群のリー環である。これと定理 2.24 から、連結単連結リー群の同型類と有限次元実リー環の同型類は一対一に対応する。
- 連結リー群 G の普遍被覆 G はリー群になり、G=G/Γ(Γ は中心の離散部分群)と書ける。
- すべてのリー群が行列リー群と同型になるわけではない。SL2(R) の普遍被覆群は、忠実な有限次元表現をもたない(Hall の本に証明がある)。
- アドの定理:任意の有限次元リー環は gln の部分リー環と同型である。
2.11 ベイカー–キャンベル–ハウスドルフの公式
eXeY=eZ となる Z は、X,Y の交換子だけで書ける。
定理 2.27(ベイカー–キャンベル–ハウスドルフの公式, BCH formula)X,Y が十分小さいとき、log(eXeY) は X,Y とそれらの反復交換子の収束級数で表され、
log(eXeY)=X+Y+21[X,Y]+121[X,[X,Y]]−121[Y,[X,Y]]+⋯
となる(主張のみ)。
2 次の項までは直接確かめられる。eXeY=I+W, W=X+Y+21X2+XY+21Y2+O(3) とおくと、W2=X2+XY+YX+Y2+O(3) であり
log(I+W)=W−2W2+O(3)=X+Y+21(XY−YX)+O(3)
BCH の公式の意味は、単位元の近くの群の積がリー環のブラケットだけで決まるということである。定理 2.24 の証明はこの事実に基づく。
まとめ
- 行列リー群は GLn(C) の閉部分群であり、古典群はその代表例。O(n), U(n), SU(n), Sp(n) はコンパクト、SU(2)≅S3。
- 行列の指数写像は I の近くで log を逆にもつ局所同相である。全射とは限らない(SL2(R))。
- 1 径数部分群はすべて etX の形である。
- リー環 g={X∣etX∈G (∀t)} は実ベクトル空間で交換子について閉じる(リーの積公式と G の閉性による)。
- 連続準同型の微分はリー環の準同型であり、Φ(eX)=edΦ(X)。随伴表現の微分は ad。
- 行列リー群は部分多様体であり、リー群である(閉部分群定理)。連結なら exp(g) で生成される。
- Ad:SU(2)→SO(3) は二重被覆で、π1(SO(3))=Z/2。so(3)≅su(2) でも SO(3)≅SU(2)。
- 単連結なリー群ではリー環の準同型が群の準同型に持ち上がる。単連結でなければ一般に持ち上がらない。
演習問題
問題 2.1 ★ X=aI+bN(N は例 2.6 の冪零行列)について eX を求めよ。また sp2n(R) の元を n×n ブロックで
X=(ACBD)
と書いたときの条件を求め、dimsp2n(R)=n(2n+1) を確かめよ。
解答
X=aI+bN で aI と bN は可換なので eX=eaIebN=ea(I+bN)、すなわち成分は (1,1),(2,2) が ea、(1,2) が bea、(2,1) が 0。
tXJ=(−tC−tDtAtB),JX=(C−AD−B)
なので、tXJ+JX=0 は C=tC, B=tB, D=−tA と同値である。A は任意(n2 次元)、B, C は対称(各 n(n+1)/2 次元)なので、dim=n2+n(n+1)=n(2n+1)。
問題 2.2 ★ G,H を GLn(C) の行列リー群とするとき、G∩H も行列リー群であり Lie(G∩H)=Lie(G)∩Lie(H) であることを示せ。これを用いて Lie(SU(n))=u(n)∩sln(C) を確かめよ。
解答
閉部分群の共通部分は閉部分群である。X∈Lie(G∩H) ⟺ すべての t で etX∈G かつ etX∈H ⟺ X∈Lie(G)∩Lie(H)。SU(n)=U(n)∩SLn(C) なので su(n)=u(n)∩sln(C)={X∗=−X, trX=0}。
問題 2.3 ★★ (a) exp:u(n)→U(n) は全射であることを示せ。(b) SU(2) の中心は {±I}、SO(3) の中心は自明であることを示し、SU(2) と SO(3) が群として同型でないことを結論せよ。
解答
(a) g∈U(n) は g=Pdiag(eiθ1,…,eiθn)P−1(P∈U(n))と書ける。X=Pdiag(iθ1,…,iθn)P−1 とおくと X∗=−X かつ eX=g。
(b) g∈Z(SU(2)) は su(2) の元 X について getXg−1=etX を満たすので、微分して gXg−1=X、すなわち Adg=id。定理 2.23 の証明より g=±I。逆に ±I は中心に属する。SO(3) では、R∈Z(SO(3)) はすべての回転 eθLu と可換なので、ReθLuR−1=eθLRu(R(u×v)=Ru×Rv より RLuR−1=LRu)から Ru=±u がすべての単位ベクトル u で成り立つ(回転軸は ± を除いて一意)。すべてのベクトルが固有ベクトルなので R=±I で、detR=1 より R=I。中心の位数が異なるので SU(2)≅SO(3)。
問題 2.4 ★★ X,Y∈Mn(C) が、[X,Y] が X とも Y とも可換であるという条件を満たすとき、eXeY=eX+Y+21[X,Y] を示せ。ハイゼンベルク群の元 eaE12ebE23 で確かめよ。
解答
C=[X,Y] とおく。A(t)=etXetY とすると A′(t)=etX(X+Y)etY=A(t)⋅e−tY(X+Y)etY。Ad(e−tY)X=e−tadYX=X−t[Y,X]=X+tC([Y,C]=0 より 2 次以上の項は消える)なので A′(t)=A(t)(X+Y+tC)。一方 Z(t)=t(X+Y)+2t2C は Z′(t)=X+Y+tC と可換(C は X,Y と可換)なので、B(t)=eZ(t) は B′(t)=B(t)Z′(t) を満たす。A, B は同じ線形常微分方程式を満たし A(0)=B(0)=I なので、解の一意性から A(1)=B(1)。
X=aE12, Y=bE23 では [X,Y]=abE13 は X,Y と可換。eXeY=(I+aE12)(I+bE23)=I+aE12+bE23+abE13。一方 W=aE12+bE23+2abE13 は W2=abE13, W3=0 なので eW=I+W+21W2=I+aE12+bE23+abE13 で一致する。
問題 2.5 ★★ G を連結な行列リー群とする。Ad:G→GL(g) の核は G の中心 Z(G) に等しいことを示せ。連結性を外すと成り立たない例を挙げよ。
解答
g∈Z(G) なら getXg−1=etX を微分して gXg−1=X。逆に Adg=id なら geXg−1=egXg−1=eX なので g は exp(g) の元と可換であり、系 2.21 より G 全体と可換である。反例:G=O(2) では so(2) は 1 次元で可換、Adg(X)=gXg−1=(detg)X なので kerAd=SO(2) だが、Z(O(2))={±I} である(鏡映は回転と可換でない)。
問題 2.6 ★★ 単位元の近くでは exp で連結な行列リー群の元が書けることを用いて、SO(3) の閉部分群 {eθL3}≅SO(2) の SU(2) における逆像が {diag(e−iθ/2,eiθ/2)} (0≤θ<4π) であり、これが連結であることを示せ。(ヒント:定理 2.23 の直後の計算。)
解答
Ad(eθX3)=eθL3 なので逆像は {±eθX3} である。−I=e2πX3 より −eθX3=e(θ+2π)X3 なので、逆像は {eθX3∣0≤θ<4π}={diag(e−iθ/2,eiθ/2)} であり、連結な円周 θ↦eθX3 の像である。逆像から SO(2) への Ad の制限は 2 重の被覆 S1→S1, z↦z2 になっている(eθX3↦eθL3 で、e−iθ/2 と e−iθ を対応させればよい)。
問題 2.7 ★★★ exp:gln(C)→GLn(C) は全射であることを示せ。(ヒント:ジョルダン標準形により、g=λ(I+M)(λ=0, M は冪零)の形のブロックについて示せばよい。)
解答
ジョルダン標準形 g=Pdiag(B1,…,Br)P−1 をとる(線形代数 第6章)。各ブロックは B=λI+N=λ(I+M)(λ=0, M=N/λ は冪零)である。冪零行列 M に対し L=∑m=1k−1(−1)m+1Mm/m(Mk=0、有限和)とおくと、eL=I+M が成り立つ。これは形式的べき級数の恒等式 exp(log(1+x))=1+x に x=M を代入したもので、M が冪零なので有限和の多項式の恒等式として正当化される。μ∈C を eμ=λ となるようにとれば、μI と L は可換なので eμI+L=λ(I+M)=B。各ブロックの対数を並べて X=Pdiag(μ1I+L1,…)P−1 とすれば eX=g。GLn(R) や SL2(R) で全射性が崩れるのは、対数を実行列やトレース 0 の範囲にとれないためである(例 2.8)。