Lemma数学ロードマップ

19 リーマン面と保型形式 · 第 6 章

一意化定理と双曲幾何

目安 12〜15 時間定理など 17演習 8 問

この章の目標

  • 普遍被覆によってリーマン面を C^\hat{\mathbb{C}}, C\mathbb{C}, H\mathbb{H} の商として表し、一意化定理からリーマン面の分類を導ける
  • 双曲平面の測地線・距離・三角形の面積を計算できる
  • フックス群と基本領域を理解し、種数 g≥2g \geq 2 のコンパクトリーマン面の双曲面積が 4π(g−1)4\pi(g-1) であることを証明できる
  • フルヴィッツの 84(g−1)84(g-1) 定理の証明の筋道と、モジュライ空間の次元 3g−33g - 3 の意味を説明できる

前提:第1章、第3章(基本領域)、第5章、05-complex-analysis 第6章(円板と上半平面の自己同型群)、09-algebraic-topology 第3章(普遍被覆と被覆変換群)

6.1 普遍被覆とリーマン面

第1章〜第5章では主にコンパクトなリーマン面を代数的・解析的に調べた。この章では位相幾何の道具――普遍被覆――を使って、すべてのリーマン面を統一的に扱う。

命題 6.1 XX をリーマン面、p ⁣:X~→Xp\colon \tilde{X} \to X を普遍被覆とする。X~\tilde{X} には pp が正則(したがって局所双正則)になる複素構造がただ一つ存在し、被覆変換はすべて X~\tilde{X} の自己同型である。被覆変換群 G≅π1(X)G \cong \pi_1(X) は X~\tilde{X} に自由かつ真性不連続に作用し、X≅X~/GX \cong \tilde{X}/G である。

証明. 普遍被覆は存在する(多様体は局所弧状連結かつ半局所単連結、09-algebraic-topology 第3章 の定理 3.15)。pp が同相に写す開集合 U~\tilde{U} と XX の局所座標 φ ⁣:p(U~)→C\varphi\colon p(\tilde{U}) \to \mathbb{C} について φ∘p∣U~\varphi \circ p\vert_{\tilde{U}} を X~\tilde{X} の座標近傍とすると、座標変換は XX の座標変換そのものだから正則である。pp を正則にする複素構造では pp は局所的に単射な正則写像、すなわち局所双正則だから、座標近傍はこれに限る(一意性)。被覆変換 τ\tau は p∘τ=pp \circ \tau = p を満たすから、局所的に τ=(p∣V~)−1∘p∣U~\tau = (p\vert_{\tilde{V}})^{-1} \circ p\vert_{\tilde{U}} と書けて正則である。後半は被覆空間論の一般論である。□\square

命題 6.2 YY をリーマン面、GG を YY の自己同型からなる群で、YY に自由かつ真性不連続に作用し、商 Y/GY/G がハウスドルフであるものとする。このとき Y/GY/G には射影 π ⁣:Y→Y/G\pi\colon Y \to Y/G が局所双正則になる複素構造がただ一つ入る。

証明. 各点 yy の近傍 UU で gU∩U=∅gU \cap U = \emptyset(g≠eg \neq e)となるものをとると、π∣U\pi\vert_U は開集合 π(U)\pi(U) への同相写像である。UU を座標円板にとり φ∘(π∣U)−1\varphi \circ (\pi\vert_U)^{-1} を Y/GY/G の座標近傍とする。2 つの座標近傍の座標変換は、局所的に φ′∘g∘φ−1\varphi' \circ g \circ \varphi^{-1}(g∈Gg \in G)の形で、gg が正則だから正則である。一意性は命題 6.1 と同様。□\square

したがって、リーマン面を分類するには、(i) 単連結なリーマン面を分類し、(ii) その自己同型群の、自由かつ真性不連続に作用する部分群を調べればよい。

6.2 一意化定理

定理 6.3(一意化定理, uniformization theorem。ケーベ、ポアンカレ 1907)単連結なリーマン面は、C^\hat{\mathbb{C}}, C\mathbb{C}, D\mathbb{D}(≅H\cong \mathbb{H})のいずれかとただ一つ同型である。

証明の概略. 同型でないことは次の命題 6.4 で示す。存在の証明は深く、ここでは筋道だけを述べる(詳細は Forster 第 3 章、Donaldson の教科書)。

  1. ラドーの定理によりリーマン面は第二可算であり、ペロンの方法でディリクレ問題が解ける(調和関数の存在)。
  2. XX が「双曲的」な場合、すなわち点 pp に対数的特異点 −log⁡∣z∣-\log\lvert z \rvert をもち無限遠で 00 に近づく正のグリーン関数 GpG_p が存在する場合、XX の単連結性から GpG_p の共役調和関数を含む f=exp⁡(−(Gp+iGp∗))f = \exp(-(G_p + iG_p^{\ast})) が 1 価正則関数として定まる。∣f∣<1\lvert f \rvert < 1 で ff は単射であることが示され、XX は D\mathbb{D} の単連結な部分領域と同型になり、リーマンの写像定理(05-complex-analysis 第6章)より X≅DX \cong \mathbb{D}。
  3. グリーン関数が存在しない場合は、pp で Re⁡(1/z)\operatorname{Re}(1/z) 型の特異性をもつ調和関数(定理 4.28 の n=1n = 1)から、pp に 1 位の極をもつ単射な有理型関数を作り、XX を C^\hat{\mathbb{C}} の開集合として実現する。補集合が高々 1 点であることが示され、X≅C^X \cong \hat{\mathbb{C}} または C\mathbb{C} である。□\square

命題 6.4 C^\hat{\mathbb{C}}, C\mathbb{C}, D\mathbb{D} は互いに同型でない。

証明. C^\hat{\mathbb{C}} はコンパクトで他の 2 つはコンパクトでない。同型 C→D\mathbb{C} \to \mathbb{D} があれば、それは有界な整関数だからリウヴィルの定理より定数となり矛盾する。□\square

6.3 自己同型群とリーマン面の分類

定理 6.5(自己同型群)

  1. Aut⁡(C^)={az+bcz+d | ad−bc≠0}≅PSL⁡2(C)\operatorname{Aut}(\hat{\mathbb{C}}) = \left\lbrace \frac{az + b}{cz + d} \ \middle\vert\ ad - bc \neq 0 \right\rbrace \cong \operatorname{PSL}_2(\mathbb{C})。
  2. Aut⁡(C)={az+b∣a≠0}\operatorname{Aut}(\mathbb{C}) = \lbrace az + b \mid a \neq 0 \rbrace。
  3. Aut⁡(H)=PSL⁡2(R)\operatorname{Aut}(\mathbb{H}) = \operatorname{PSL}_2(\mathbb{R})、Aut⁡(D)={eiθz−a1−aˉz | θ∈R, ∣a∣<1}\operatorname{Aut}(\mathbb{D}) = \left\lbrace e^{i\theta}\frac{z - a}{1 - \bar{a}z} \ \middle\vert\ \theta \in \mathbb{R},\ \lvert a \rvert < 1 \right\rbrace。

証明. 1. 自己同型は次数 1 の有理型関数だから、例 1.17 より次数 1 の有理関数、すなわちメビウス変換である。2. f∈Aut⁡(C)f \in \operatorname{Aut}(\mathbb{C}) は単射な整関数である。∞\infty が真性特異点なら、カゾラティ–ワイエルシュトラスの定理より f({∣z∣>1})f(\lbrace \lvert z \rvert > 1 \rbrace) は C\mathbb{C} で稠密だが、単射性より空でない開集合 f({∣z∣<1})f(\lbrace \lvert z \rvert < 1 \rbrace) と交わらず矛盾する。よって ff は多項式で、単射だから 1 次式である。3. 05-complex-analysis 第6章 の定理 6.10, 6.11。□\square

定理 6.6(リーマン面の分類)任意のリーマン面 XX は次のいずれかと同型である。

  1. C^\hat{\mathbb{C}}。
  2. C\mathbb{C}、C×\mathbb{C}^{\times}、または複素トーラス C/Λ\mathbb{C}/\Lambda。
  3. H/Γ\mathbb{H}/\Gamma。ここで Γ⊂PSL⁡2(R)\Gamma \subset \operatorname{PSL}_2(\mathbb{R}) は H\mathbb{H} に自由かつ真性不連続に作用する部分群で、Γ≅π1(X)\Gamma \cong \pi_1(X)。

証明. 定理 6.3 と命題 6.1 より X≅X~/GX \cong \tilde{X}/G、X~∈{C^,C,H}\tilde{X} \in \lbrace \hat{\mathbb{C}}, \mathbb{C}, \mathbb{H} \rbrace、G⊂Aut⁡(X~)G \subset \operatorname{Aut}(\tilde{X}) は自由に作用する。

  1. 恒等写像でないメビウス変換は C^\hat{\mathbb{C}} に不動点をもつ(cz2+(d−a)z−b=0cz^2 + (d - a)z - b = 0 は C^\hat{\mathbb{C}} に解をもつ)から G={id}G = \lbrace \mathrm{id} \rbrace で、X=C^X = \hat{\mathbb{C}}。
  2. a≠1a \neq 1 なら az+baz + b は不動点 b/(1−a)b/(1 - a) をもつから、GG は平行移動 z↦z+ωz \mapsto z + \omega(ω∈L\omega \in L)からなり、L⊂CL \subset \mathbb{C} は加法部分群である。真性不連続性から LL は離散的で、命題 2.1 より L=0L = 0, Zω\mathbb{Z}\omega, 格子のいずれかである。C/Zω≅C×\mathbb{C}/\mathbb{Z}\omega \cong \mathbb{C}^{\times}(z↦e2πiz/ωz \mapsto e^{2\pi iz/\omega})。
  3. X~=H\tilde{X} = \mathbb{H} なら G⊂PSL⁡2(R)G \subset \operatorname{PSL}_2(\mathbb{R}) である。□\square

系 6.7 種数 gg のコンパクトなリーマン面 XX は、g=0g = 0 なら C^\hat{\mathbb{C}}、g=1g = 1 なら複素トーラス、g≥2g \geq 2 なら H/Γ\mathbb{H}/\Gamma(Γ≅π1(X)\Gamma \cong \pi_1(X))と同型である。特に種数 g≥2g \geq 2 のコンパクトなリーマン面の普遍被覆は H\mathbb{H} である。

証明. 定理 6.6 の 1 は種数 0、2 のうちコンパクトなのはトーラス(種数 1)だけである。よって g≥2g \geq 2 なら 3 の場合である。g=0,1g = 0, 1 は定理 5.18, 5.19 による(逆に、普遍被覆は XX から一意に決まるから、種数 0, 1 の曲面が 3 の形になることはない)。□\square

系 6.8(小ピカールの定理)C\mathbb{C} から C∖{0,1}\mathbb{C} \setminus \lbrace 0, 1 \rbrace への正則写像は定数である。

証明. Y=C∖{0,1}Y = \mathbb{C} \setminus \lbrace 0, 1 \rbrace の基本群は階数 2 の自由群で可換でないから、定理 6.6 の 1, 2(基本群は自明、Z\mathbb{Z}、Z2\mathbb{Z}^2)ではない。よって YY の普遍被覆は H≅D\mathbb{H} \cong \mathbb{D} である。正則写像 f ⁣:C→Yf\colon \mathbb{C} \to Y は、C\mathbb{C} が単連結だから D\mathbb{D} への正則写像に持ち上がり、それは有界な整関数だから定数である。□\square

例 6.9 穴あき円板 D∗={0<∣q∣<1}\mathbb{D}^{\ast} = \lbrace 0 < \lvert q \rvert < 1 \rbrace は τ↦q=e2πiτ\tau \mapsto q = e^{2\pi i\tau} により H/⟨T⟩\mathbb{H}/\langle T \rangle(Tτ=τ+1T\tau = \tau + 1)と同型である。第3章で qq 展開を考えたのは、この同型を使っていたことになる。D∗\mathbb{D}^{\ast} と C×\mathbb{C}^{\times} は同相だが、普遍被覆が H\mathbb{H} と C\mathbb{C} で異なるので同型でない。

6.4 双曲平面の幾何

定義 6.10(ポアンカレ計量, Poincaré metric)H\mathbb{H} 上のリーマン計量 ds2=dx2+dy2y2ds^2 = \frac{dx^2 + dy^2}{y^2}(τ=x+iy\tau = x + iy)をポアンカレ計量という。曲線 γ\gamma の長さは L(γ)=∫γ∣dτ∣Im⁡τL(\gamma) = \int_\gamma\frac{\lvert d\tau \rvert}{\operatorname{Im}\tau}、面積要素は dA=dx dyy2dA = \frac{dx\ dy}{y^2} である。D\mathbb{D} 上では ds=2∣dz∣1−∣z∣2ds = \frac{2\lvert dz \rvert}{1 - \lvert z \rvert^2} とする。

命題 6.11 (1) PSL⁡2(R)\operatorname{PSL}_2(\mathbb{R}) はポアンカレ計量の等長変換として作用し、面積を保つ。 (2) ポアンカレ計量のガウス曲率は −1-1 である。 (3) ケーリー変換 z=τ−iτ+iz = \frac{\tau - i}{\tau + i} は H\mathbb{H} から D\mathbb{D} への等長写像である。

証明. (1) 補題 3.1 より γ∈SL⁡2(R)\gamma \in \operatorname{SL}_2(\mathbb{R}) について d(γτ)=dτ/(cτ+d)2d(\gamma\tau) = d\tau/(c\tau + d)^2, Im⁡(γτ)=Im⁡τ/∣cτ+d∣2\operatorname{Im}(\gamma\tau) = \operatorname{Im}\tau/\lvert c\tau + d \rvert^2 だから ∣d(γτ)∣/Im⁡(γτ)=∣dτ∣/Im⁡τ\lvert d(\gamma\tau) \rvert/\operatorname{Im}(\gamma\tau) = \lvert d\tau \rvert/\operatorname{Im}\tau。(2) 計量 λ2∣dz∣2\lambda^2\lvert dz \rvert^2 の曲率は K=−λ−2Δlog⁡λK = -\lambda^{-2}\Delta\log\lambda である(07-manifolds 第1章 の系 1.32 で E=G=λ2E = G = \lambda^2, F=0F = 0 とおけばよい)。λ=1/y\lambda = 1/y なら Δlog⁡λ=∂y2(−log⁡y)=1/y2\Delta\log\lambda = \partial_y^2(-\log y) = 1/y^2 で K=−1K = -1。(3) dz=2i dτ/(τ+i)2dz = 2i\ d\tau/(\tau + i)^2、1−∣z∣2=4Im⁡τ/∣τ+i∣21 - \lvert z \rvert^2 = 4\operatorname{Im}\tau/\lvert \tau + i \rvert^2 より 2∣dz∣/(1−∣z∣2)=∣dτ∣/Im⁡τ2\lvert dz \rvert/(1 - \lvert z \rvert^2) = \lvert d\tau \rvert/\operatorname{Im}\tau。□\square

定理 6.12(測地線と距離)(1) 0<a<b0 < a < b のとき、iaia と ibib を結ぶ区分的に滑らかな曲線の長さは log⁡(b/a)\log(b/a) 以上で、等号は虚軸上の線分(を単調にたどるもの)に限る。 (2) H\mathbb{H} の測地線は、実軸に垂直な半直線と、実軸に中心をもつ半円である。任意の 2 点はただ一つの測地線分で結ばれる。 (3) 距離 dd は cosh⁡d(z,w)=1+∣z−w∣22Im⁡zIm⁡w\cosh d(z, w) = 1 + \dfrac{\lvert z - w \rvert^2}{2\operatorname{Im}z\operatorname{Im}w} で与えられる。

証明. (1) γ(t)=x(t)+iy(t)\gamma(t) = x(t) + iy(t) について L(γ)=∫x′2+y′2ydt≥∫∣y′∣ydt≥∫y′ydt=log⁡baL(\gamma) = \int\frac{\sqrt{x'^2 + y'^2}}{y}dt \geq \int\frac{\lvert y' \rvert}{y}dt \geq \int\frac{y'}{y}dt = \log\frac{b}{a} で、等号は x′≡0x' \equiv 0 かつ y′≥0y' \geq 0 のときに限る。

(2) 相異なる z,w∈Hz, w \in \mathbb{H} を通り実軸に直交する円(または直線)がただ一つある。その端点を 00 と ∞\infty に写す PSL⁡2(R)\operatorname{PSL}_2(\mathbb{R}) の元をとる(必要なら −1/τ-1/\tau を合成する)と、メビウス変換は円と角を保つから、この円は虚軸に写る。等長写像は最短線を最短線に写すので、(1) から主張が従う。

(3) γ∈SL⁡2(R)\gamma \in \operatorname{SL}_2(\mathbb{R}) について γz−γw=z−w(cz+d)(cw+d)\gamma z - \gamma w = \frac{z - w}{(cz + d)(cw + d)} だから右辺は不変である。よって (2) の変換で z=iz = i, w=tiw = ti(t>1t > 1)としてよく、右辺は 1+(t−1)22t=t2+12t=cosh⁡(log⁡t)1 + \frac{(t - 1)^2}{2t} = \frac{t^2 + 1}{2t} = \cosh(\log t) で、(1) の d=log⁡td = \log t と一致する。□\square

命題 6.13(双曲三角形の面積)測地線分を辺とする三角形(頂点は R∪{∞}\mathbb{R} \cup \lbrace \infty \rbrace 上にあってもよく、そこでの角は 00 とする)の内角を α,β,γ\alpha, \beta, \gamma とすると、面積は π−(α+β+γ)\pi - (\alpha + \beta + \gamma) である。

証明. まず 1 頂点が ∞\infty の場合。等長変換で残りの辺を単位円上に移すと、三角形は {cos⁡(π−α)≤x≤cos⁡β, y≥1−x2}\lbrace \cos(\pi - \alpha) \leq x \leq \cos\beta,\ y \geq \sqrt{1 - x^2} \rbrace となる(ei(π−α)e^{i(\pi - \alpha)} での角が α\alpha、eiβe^{i\beta} での角が β\beta)。x=cos⁡θx = \cos\theta と置換して

∫cos⁡(π−α)cos⁡β∫1−x2∞dyy2 dx=∫cos⁡(π−α)cos⁡βdx1−x2=∫βπ−αdθ=π−α−β\int_{\cos(\pi - \alpha)}^{\cos\beta}\int_{\sqrt{1 - x^2}}^\infty\frac{dy}{y^2}\,dx = \int_{\cos(\pi - \alpha)}^{\cos\beta}\frac{dx}{\sqrt{1 - x^2}} = \int_\beta^{\pi - \alpha}d\theta = \pi - \alpha - \beta

を得る。一般の三角形 ABCABC では、AA から CC への測地線を CC の先へ延ばした端点 P∈R∪{∞}P \in \mathbb{R} \cup \lbrace \infty \rbrace をとる。δ=∠CBP\delta = \angle CBP とすると、三角形 ABPABP(角 α,β+δ,0\alpha, \beta + \delta, 0)は三角形 ABCABC と三角形 CBPCBP(角 π−γ,δ,0\pi - \gamma, \delta, 0)に分かれるから、面積は (π−α−β−δ)−(γ−δ)=π−α−β−γ(\pi - \alpha - \beta - \delta) - (\gamma - \delta) = \pi - \alpha - \beta - \gamma。□\square

特に内角がすべて 00 の理想三角形の面積は π\pi であり、nn 角形の面積は (n−2)π−(内角の和)(n - 2)\pi - (\text{内角の和}) である(対角線で三角形に分ける)。曲率 −1-1 の世界では、三角形の内角の和は π\pi より小さく、その不足分が面積である。なお正則写像 D→D\mathbb{D} \to \mathbb{D} はポアンカレ距離を増やさない(シュワルツ–ピックの補題、問題 6.3)。

6.5 フックス群と基本領域

定義 6.14(フックス群, Fuchsian group)PSL⁡2(R)\operatorname{PSL}_2(\mathbb{R}) の離散部分群をフックス群という。

命題 6.15(元の分類)γ∈SL⁡2(R)\gamma \in \operatorname{SL}_2(\mathbb{R}), γ≠±I\gamma \neq \pm I とする。

  1. ∣tr⁡γ∣<2\lvert \operatorname{tr}\gamma \rvert < 2(楕円型)なら、γ\gamma は H\mathbb{H} にただ一つの不動点をもつ。
  2. ∣tr⁡γ∣=2\lvert \operatorname{tr}\gamma \rvert = 2(放物型)なら、R∪{∞}\mathbb{R} \cup \lbrace \infty \rbrace にただ一つの不動点をもち、H\mathbb{H} には不動点をもたない。
  3. ∣tr⁡γ∣>2\lvert \operatorname{tr}\gamma \rvert > 2(双曲型)なら、R∪{∞}\mathbb{R} \cup \lbrace \infty \rbrace にちょうど 2 つの不動点をもち、H\mathbb{H} には不動点をもたない。

証明. c≠0c \neq 0 なら不動点は cτ2+(d−a)τ−b=0c\tau^2 + (d - a)\tau - b = 0 の根で、判別式は (d−a)2+4bc=(a+d)2−4=(tr⁡γ)2−4(d - a)^2 + 4bc = (a + d)^2 - 4 = (\operatorname{tr}\gamma)^2 - 4 である。負なら共役な 2 根の一方が H\mathbb{H} に、00 なら実の重根、正なら相異なる 2 実根をもつ。c=0c = 0 なら γτ=a2τ+ab\gamma\tau = a^2\tau + ab で、a2≠1a^2 \neq 1(∣a+a−1∣>2\lvert a + a^{-1} \rvert > 2)なら不動点は ∞\infty と ab/(1−a2)ab/(1 - a^2)、a2=1a^2 = 1(b≠0b \neq 0)なら ∞\infty だけである。□\square

命題 6.16 Γ\Gamma をフックス群とする。

  1. (主張)H\mathbb{H} の任意のコンパクト集合 KK について {γ∈Γ∣γK∩K≠∅}\lbrace \gamma \in \Gamma \mid \gamma K \cap K \neq \emptyset \rbrace は有限集合である。特に H/Γ\mathbb{H}/\Gamma はハウスドルフで、各点の固定部分群は有限である。
  2. Γ\Gamma の楕円型元は有限位数である。したがって Γ\Gamma がねじれ元をもたなければ、Γ\Gamma は H\mathbb{H} に自由に作用し、H/Γ\mathbb{H}/\Gamma はリーマン面で、H→H/Γ\mathbb{H} \to \mathbb{H}/\Gamma は正則な被覆写像である。

証明. 1 の理由:{g∈SL⁡2(R)∣gK∩K≠∅}\lbrace g \in \operatorname{SL}_2(\mathbb{R}) \mid gK \cap K \neq \emptyset \rbrace はコンパクトであり(g↦g⋅ig \mapsto g \cdot i は固定部分群 SO⁡(2)\operatorname{SO}(2) がコンパクトな推移的作用)、離散部分群とコンパクト集合の共通部分は有限である。2. 楕円型元 γ\gamma はある点を固定するから、1 よりその点の有限な固定部分群に属し、有限位数である。ねじれ元がなければ楕円型元はなく、放物型・双曲型元は H\mathbb{H} に不動点をもたないから作用は自由であり、命題 6.2 が適用できる。□\square

定義 6.17(基本領域)閉集合 F⊂HF \subset \mathbb{H} で、FF が内部の閉包に等しく、⋃γ∈ΓγF=H\bigcup_{\gamma \in \Gamma}\gamma F = \mathbb{H}、かつ γ≠id\gamma \neq \mathrm{id} なら γF∘∩F∘=∅\gamma F^\circ \cap F^\circ = \emptyset となるものを Γ\Gamma の基本領域という。どの非自明な元にも固定されない点 pp について {z∣d(z,p)≤d(z,γp) (∀γ∈Γ)}\lbrace z \mid d(z, p) \leq d(z, \gamma p)\ (\forall\gamma \in \Gamma) \rbrace は凸な基本領域になる(ディリクレ領域、主張)。

基本領域の面積は基本領域のとり方によらず、H/Γ\mathbb{H}/\Gamma の(誘導された計量での)面積に等しい。

例 6.18(モジュラー群)PSL⁡2(Z)\operatorname{PSL}_2(\mathbb{Z}) は第3章の F\mathcal{F} を基本領域とするフックス群である(F\mathcal{F} は p=2ip = 2i のディリクレ領域になっている)。SS, STST は楕円型(トレース 0,10, 1)、TT は放物型である。面積は

∫−1/21/2∫1−x2∞dyy2 dx=∫−1/21/2dx1−x2=π6+π6=π3\int_{-1/2}^{1/2}\int_{\sqrt{1 - x^2}}^\infty\frac{dy}{y^2}\,dx = \int_{-1/2}^{1/2}\frac{dx}{\sqrt{1 - x^2}} = \frac{\pi}{6} + \frac{\pi}{6} = \frac{\pi}{3}

であり、命題 6.13(角 π3,π3,0\frac{\pi}{3}, \frac{\pi}{3}, 0)とも一致する。

例 6.19(正 4g4g 角形)g≥2g \geq 2 とする。D\mathbb{D} の原点を中心とする双曲正 4g4g 角形の内角は、「半径」を 00 から大きくすると、ユークリッドの値 (4g−2)π/(4g)(4g - 2)\pi/(4g) から 00 まで連続に減少するから、内角がちょうど 2π4g\frac{2\pi}{4g} のものが存在する。その辺を a1b1a1−1b1−1⋯agbgag−1bg−1a_1b_1a_1^{-1}b_1^{-1} \cdots a_gb_ga_g^{-1}b_g^{-1} の規則で等長変換により貼り合わせると、4g4g 個の頂点は 1 点になり、そのまわりの角の和は 2π2\pi である。ポアンカレの多角形定理(主張)により、貼り合わせの等長変換はねじれ元のないフックス群 Γ\Gamma を生成し、D/Γ\mathbb{D}/\Gamma は種数 gg のコンパクトなリーマン面である。多角形の面積は (4g−2)π−4g⋅2π4g=4π(g−1)(4g - 2)\pi - 4g \cdot \frac{2\pi}{4g} = 4\pi(g - 1) である。

6.6 ガウス–ボネの定理と面積 4π(g−1)4\pi(g-1)

定理 6.20 種数 g≥2g \geq 2 のコンパクトなリーマン面 X=H/ΓX = \mathbb{H}/\Gamma の、ポアンカレ計量から誘導される計量に関する面積は 4π(g−1)4\pi(g - 1) である。

証明. ポアンカレ計量は Γ\Gamma 不変だから XX 上の曲率 −1-1 の計量を誘導する。XX の測地三角形による三角形分割(頂点 VV 個、辺 EE 個、面 FF 個)をとる(存在は認める)。命題 6.13 より各三角形の面積は π−\pi -(内角の和)であり、すべての内角の和は、各頂点のまわりで 2π2\pi ずつだから 2πV2\pi V である。各面は 3 辺をもち各辺は 2 面に共有されるから 3F=2E3F = 2E。よって

面積=πF−2πV=2πE−2πF−2πV=−2π(V−E+F)=−2πχ(X)=4π(g−1)\text{面積} = \pi F - 2\pi V = 2\pi E - 2\pi F - 2\pi V = -2\pi(V - E + F) = -2\pi\chi(X) = 4\pi(g - 1)

である。□\square

注意 6.21 一般のガウス–ボネの定理 ∫XK dA=2πχ(X)\int_X K\ dA = 2\pi\chi(X)(07-manifolds 第1章)を K=−1K = -1 に適用しても同じ結論を得る。楕円点や尖点をもつフックス群 Γ\Gamma では、H/Γ\mathbb{H}/\Gamma の種数を γ\gamma、楕円点の位数を m1,…,mrm_1, \dots, m_r、尖点の個数を ss とすると、面積は

2π(2γ−2+∑i=1r(1−1mi)+s)2\pi\left(2\gamma - 2 + \sum_{i=1}^r\left(1 - \frac{1}{m_i}\right) + s\right)

である(主張)。PSL⁡2(Z)\operatorname{PSL}_2(\mathbb{Z}) では γ=0\gamma = 0, (mi)=(2,3)(m_i) = (2, 3), s=1s = 1 で 2π(−2+12+23+1)=π32\pi(-2 + \frac{1}{2} + \frac{2}{3} + 1) = \frac{\pi}{3} となり、例 6.18 と一致する。

6.7 自己同型群の有限性とフルヴィッツの定理

定理 6.22(シュワルツ。主張)種数 g≥2g \geq 2 のコンパクトなリーマン面の自己同型群は有限群である。

(X=H/ΓX = \mathbb{H}/\Gamma の自己同型は Γ\Gamma の PSL⁡2(R)\operatorname{PSL}_2(\mathbb{R}) における正規化群 N(Γ)N(\Gamma) から来て Aut⁡(X)≅N(Γ)/Γ\operatorname{Aut}(X) \cong N(\Gamma)/\Gamma であり、N(Γ)N(\Gamma) もフックス群であることから、面積の比として有限性が従う。)

定理 6.23(フルヴィッツの定理, Hurwitz's theorem)種数 g≥2g \geq 2 のコンパクトなリーマン面 XX の自己同型群 GG について ∣G∣≤84(g−1)\lvert G \rvert \leq 84(g - 1)。

証明の概略. 次の事実を認める:商 Y=X/GY = X/G はコンパクトなリーマン面(種数 γ\gamma)で、π ⁣:X→Y\pi\colon X \to Y は次数 ∣G∣\lvert G \rvert の正則写像であり、各点の固定部分群は巡回群で、局所的に π\pi は z↦zmz \mapsto z^m(mm は固定部分群の位数)と書ける。π\pi の分岐値を q1,…,qrq_1, \dots, q_r、その上の点の固定部分群の位数を mi≥2m_i \geq 2 とすると、qiq_i の上には ∣G∣/mi\lvert G \rvert/m_i 個の点があり分岐指数はすべて mim_i である。リーマン–フルヴィッツの公式(定理 1.26)より

2g−2=∣G∣(2γ−2+∑i=1r(1−1mi))=:∣G∣R2g - 2 = \lvert G \rvert\left(2\gamma - 2 + \sum_{i=1}^r\left(1 - \frac{1}{m_i}\right)\right) =: \lvert G \rvert R

で、g≥2g \geq 2 より R>0R > 0 である。R≥142R \geq \frac{1}{42} を示せば ∣G∣≤42(2g−2)\lvert G \rvert \leq 42(2g - 2) となり主張を得る。γ≥2\gamma \geq 2 なら R≥2R \geq 2、γ=1\gamma = 1 なら r≥1r \geq 1 で R≥12R \geq \frac{1}{2}。γ=0\gamma = 0 なら R=−2+∑(1−1mi)R = -2 + \sum(1 - \frac{1}{m_i}) で各項は 12\frac{1}{2} 以上 11 未満だから r≥3r \geq 3。r≥5r \geq 5 なら R≥12R \geq \frac{1}{2}、r=4r = 4 ならすべてが 22 ではないので R≥−2+32+23=16R \geq -2 + \frac{3}{2} + \frac{2}{3} = \frac{1}{6}。r=3r = 3 なら R=1−(1m1+1m2+1m3)R = 1 - (\frac{1}{m_1} + \frac{1}{m_2} + \frac{1}{m_3})(m1≤m2≤m3m_1 \leq m_2 \leq m_3)で、和が 11 未満になる組のうち和が最大のものを調べると:m1≥3m_1 \geq 3 なら和 ≤13+13+14=1112\leq \frac{1}{3} + \frac{1}{3} + \frac{1}{4} = \frac{11}{12}、m1=2m_1 = 2, m2≥5m_2 \geq 5 なら ≤910\leq \frac{9}{10}、(2,4,m3≥5)(2, 4, m_3 \geq 5) なら ≤1920\leq \frac{19}{20}、(2,3,m3≥7)(2, 3, m_3 \geq 7) なら ≤12+13+17=4142\leq \frac{1}{2} + \frac{1}{3} + \frac{1}{7} = \frac{41}{42}。よって R≥142R \geq \frac{1}{42} で、等号は (γ;m1,m2,m3)=(0;2,3,7)(\gamma; m_1, m_2, m_3) = (0; 2, 3, 7) のときに限る。□\square

例 6.24 (1) クラインの 4 次曲線 x3y+y3z+z3x=0x^3y + y^3z + z^3x = 0(g=3g = 3)の自己同型群は位数 168=84⋅2168 = 84 \cdot 2 の単純群 PSL⁡2(F7)\operatorname{PSL}_2(\mathbb{F}_7) であり(主張)、フルヴィッツの上界を達成する。このとき商は (0;2,3,7)(0; 2, 3, 7) 型で、XX は双曲三角形群 (2,3,7)(2, 3, 7) の正規部分群による商である。上界を達成する gg は無限個あることが知られている(マクビース)。(2) ボルツァ曲線 y2=x5−xy^2 = x^5 - x(g=2g = 2)の自己同型群の位数は 4848 で、種数 2 での最大値である(主張)。2=48R2 = 48R より R=124=1−12−13−18R = \frac{1}{24} = 1 - \frac{1}{2} - \frac{1}{3} - \frac{1}{8} で、商は (0;2,3,8)(0; 2, 3, 8) 型である。分岐点 0,±1,±i,∞0, \pm 1, \pm i, \infty は球面上の正八面体の頂点をなし、正八面体群(位数 24)と超楕円対合 y↦−yy \mapsto -y が自己同型群を生成する。

6.8 タイヒミュラー空間とモジュライ空間(概観)

種数 gg のコンパクトなリーマン面の同型類全体をモジュライ空間 Mg\mathcal{M}_g という。M0\mathcal{M}_0 は 1 点(定理 5.18)、M1=SL⁡2(Z)\H≅C\mathcal{M}_1 = \operatorname{SL}_2(\mathbb{Z})\backslash\mathbb{H} \cong \mathbb{C}(jj による、第3章)である。g≥2g \geq 2 では Mg\mathcal{M}_g は 3g−33g - 3 次元の複素空間になる。この数を 3 通りの方法で見てみよう。

(a) リーマンの数え上げ. 次数 nn の正則写像 X→C^X \to \hat{\mathbb{C}} で分岐がすべて単純なものは、リーマン–フルヴィッツの公式より b=2g−2+2nb = 2g - 2 + 2n 個の分岐値をもち、分岐値を決めると被覆は有限通りしかない。よって組 (X,f)(X, f) の族は bb 次元である。一方、n≥2g−1n \geq 2g - 1 のとき、1 つの XX 上の次数 nn の関数は、極の因子 DD(nn 次元)と L(D)L(D) の元(ℓ(D)=n+1−g\ell(D) = n + 1 - g 次元)で決まり、2n+1−g2n + 1 - g 次元ある。差をとって dim⁡Mg=(2g−2+2n)−(2n+1−g)=3g−3\dim\mathcal{M}_g = (2g - 2 + 2n) - (2n + 1 - g) = 3g - 3。

(b) 正則 2 次微分. Mg\mathcal{M}_g の「接空間」の双対は、正則 2 次微分(局所的に f(z)dz2f(z)dz^2 と書ける対象)の空間 Q(X)Q(X) であることが知られている(主張)。これはリーマン–ロッホの定理で計算できる。

命題 6.25 種数 g≥2g \geq 2 なら dim⁡Q(X)=ℓ(2K)=3g−3\dim Q(X) = \ell(2K) = 3g - 3。

証明. Q(X)Q(X) は ω02\omega_0^2(div⁡ω0=K\operatorname{div}\omega_0 = K)を掛けることで L(2K)L(2K) と同型である(補題 5.9 と同様)。deg⁡(2K)=4g−4>2g−2\deg(2K) = 4g - 4 > 2g - 2 だから系 5.16 (4) より ℓ(2K)=4g−4+1−g=3g−3\ell(2K) = 4g - 4 + 1 - g = 3g - 3。□\square

g=1g = 1 では ℓ(2K)=ℓ(0)=1=dim⁡H\ell(2K) = \ell(0) = 1 = \dim\mathbb{H}、g=0g = 0 では ℓ(2K)=0\ell(2K) = 0 であり、一般に「dim⁡Mg−dim⁡Aut⁡(X)=3g−3\dim\mathcal{M}_g - \dim\operatorname{Aut}(X) = 3g - 3」(g=0g = 0 で 0−30 - 3、g=1g = 1 で 1−11 - 1)と整合する。

(c) パンツ分解. 種数 g≥2g \geq 2 の閉曲面は、3g−33g - 3 本の単純閉曲線で切ると 2g−22g - 2 個のパンツ(3 つの穴をもつ球面、χ=−1\chi = -1)に分かれる(χ=2−2g\chi = 2 - 2g と、各パンツの 3 本の境界が 2 本ずつ貼られることから数が合う)。双曲構造は、各曲線の測地線の長さと貼り合わせのねじれ角という 2(3g−3)=6g−62(3g - 3) = 6g - 6 個の実パラメータで決まる(フェンシェル–ニールセン座標)。

これを正確に述べるのがタイヒミュラー空間 Tg\mathcal{T}_g である。基準の閉曲面 SgS_g からの同相写像(標識)f ⁣:Sg→Xf\colon S_g \to X との組 (X,f)(X, f) を考え、2 つの組 (X,f)(X, f), (Y,h)(Y, h) を h∘f−1 ⁣:X→Yh \circ f^{-1}\colon X \to Y が双正則写像にイソトピックなとき同値とみなした集合が Tg\mathcal{T}_g である。タイヒミュラーの定理により Tg\mathcal{T}_g は R6g−6\mathbb{R}^{6g-6} と同相で、3g−33g - 3 次元の複素多様体の構造をもつ(主張)。写像類群 Mod⁡g\operatorname{Mod}_g(向きを保つ同相写像のイソトピー類の群)は Tg\mathcal{T}_g に真性不連続に作用し、Mg=Tg/Mod⁡g\mathcal{M}_g = \mathcal{T}_g/\operatorname{Mod}_g である。g=1g = 1 では T1=H\mathcal{T}_1 = \mathbb{H}、Mod⁡1=SL⁡2(Z)\operatorname{Mod}_1 = \operatorname{SL}_2(\mathbb{Z}) で、第3章の SL⁡2(Z)\H\operatorname{SL}_2(\mathbb{Z})\backslash\mathbb{H} はこの構成の最も簡単な場合だったのである。

まとめ

  • リーマン面 XX は普遍被覆 X~\tilde{X} を被覆変換群 ≅π1(X)\cong \pi_1(X) で割ったもので、X~\tilde{X} には自然に複素構造が入る。
  • 一意化定理:単連結なリーマン面は C^\hat{\mathbb{C}}, C\mathbb{C}, H\mathbb{H} のいずれか。自己同型群はそれぞれ PSL⁡2(C)\operatorname{PSL}_2(\mathbb{C})、アフィン変換群、PSL⁡2(R)\operatorname{PSL}_2(\mathbb{R})。
  • 分類:C^\hat{\mathbb{C}};C\mathbb{C}, C×\mathbb{C}^{\times}, トーラス;それ以外はすべて H/Γ\mathbb{H}/\Gamma。種数 g≥2g \geq 2 のコンパクトなリーマン面は H/Γ\mathbb{H}/\Gamma。小ピカールの定理が系として従う。
  • ポアンカレ計量は曲率 −1-1、測地線は実軸に直交する半円と垂直線、cosh⁡d=1+∣z−w∣2/(2Im⁡zIm⁡w)\cosh d = 1 + \lvert z - w \rvert^2/(2\operatorname{Im}z\operatorname{Im}w)、三角形の面積は π−\pi -(内角の和)。
  • フックス群の元はトレースで楕円型・放物型・双曲型に分かれ、ねじれ元のないフックス群は自由に作用する。PSL⁡2(Z)\operatorname{PSL}_2(\mathbb{Z}) の基本領域の面積は π/3\pi/3。
  • 種数 g≥2g \geq 2 の H/Γ\mathbb{H}/\Gamma の面積は 4π(g−1)4\pi(g - 1)(ガウス–ボネ)。正 4g4g 角形から具体的に構成できる。
  • 自己同型群は有限で、∣Aut⁡(X)∣≤84(g−1)\lvert \operatorname{Aut}(X) \rvert \leq 84(g - 1)(商の軌道体の面積が π/21\pi/21 以上であることの言い換え)。
  • モジュライ空間 Mg\mathcal{M}_g は 3g−33g - 3 次元で、その次元はリーマンの数え上げ、2 次微分の空間 ℓ(2K)\ell(2K)、パンツ分解のいずれからも得られる。

演習問題

問題 6.1 ★ C×\mathbb{C}^{\times} と D∗\mathbb{D}^{\ast} の普遍被覆と被覆変換群を求めよ。これらは同相だが同型でないことを示せ。

解答

exp⁡ ⁣:C→C×\exp\colon \mathbb{C} \to \mathbb{C}^{\times} は普遍被覆で、被覆変換群は z↦z+2πinz \mapsto z + 2\pi in(n∈Zn \in \mathbb{Z})。τ↦e2πiτ\tau \mapsto e^{2\pi i\tau} は H→D∗\mathbb{H} \to \mathbb{D}^{\ast} の普遍被覆で、被覆変換群は ⟨T⟩\langle T \rangle。同型なら普遍被覆 C\mathbb{C} と H\mathbb{H} が同型になり、命題 6.4 に反する(直接には、C×→D∗\mathbb{C}^{\times} \to \mathbb{D}^{\ast} の双正則写像は 00 を除去可能特異点にもつ有界関数となり、延長した整関数が有界で定数になる)。

問題 6.2 ★ 双曲距離 d(i,2i)d(i, 2i) と d(i,1+i)d(i, 1 + i) を求めよ。

解答

d(i,2i)=log⁡2d(i, 2i) = \log 2。定理 6.12 (3) より cosh⁡d(i,1+i)=1+12⋅1⋅1=32\cosh d(i, 1 + i) = 1 + \frac{1}{2 \cdot 1 \cdot 1} = \frac{3}{2} で、d=arccosh⁡32=log⁡(32+94−1)=log⁡3+52≈0.9624d = \operatorname{arccosh}\frac{3}{2} = \log\left(\frac{3}{2} + \sqrt{\frac{9}{4} - 1}\right) = \log\frac{3 + \sqrt{5}}{2} \approx 0.9624。ユークリッド距離はどちらも 1 だが、双曲距離は異なる。

問題 6.3 ★★(シュワルツ–ピックの補題)正則写像 f ⁣:D→Df\colon \mathbb{D} \to \mathbb{D} は

∣f′(z)∣1−∣f(z)∣2≤11−∣z∣2\frac{\lvert f'(z) \rvert}{1 - \lvert f(z) \rvert^2} \leq \frac{1}{1 - \lvert z \rvert^2}

を満たし、したがってポアンカレ計量での曲線の長さを増やさないことを示せ。

解答

z0∈Dz_0 \in \mathbb{D}, w0=f(z0)w_0 = f(z_0) とし、φa(z)=(z−a)/(1−aˉz)\varphi_a(z) = (z - a)/(1 - \bar{a}z) とおく。g=φw0∘f∘φz0−1g = \varphi_{w_0} \circ f \circ \varphi_{z_0}^{-1} は D→D\mathbb{D} \to \mathbb{D}, g(0)=0g(0) = 0 だから、シュワルツの補題より ∣g′(0)∣≤1\lvert g'(0) \rvert \leq 1。φa′(a)=1/(1−∣a∣2)\varphi_a'(a) = 1/(1 - \lvert a \rvert^2)、(φz0−1)′(0)=1−∣z0∣2(\varphi_{z_0}^{-1})'(0) = 1 - \lvert z_0 \rvert^2 より g′(0)=f′(z0)(1−∣z0∣2)/(1−∣w0∣2)g'(0) = f'(z_0)(1 - \lvert z_0 \rvert^2)/(1 - \lvert w_0 \rvert^2) で、主張を得る。両辺を 2 倍すると D\mathbb{D} のポアンカレ計量の比較になるので、長さは増えない。

問題 6.4 ★★ 次の元の型(楕円型・放物型・双曲型)と C^\hat{\mathbb{C}} での不動点を求めよ。

(2111),(1101),(0−111)\begin{pmatrix} 2 & 1 \\ 1 & 1 \end{pmatrix}, \qquad \begin{pmatrix} 1 & 1 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}, \qquad \begin{pmatrix} 0 & -1 \\ 1 & 1 \end{pmatrix}
解答

トレースは順に 3,2,13, 2, 1 で、双曲型・放物型・楕円型である。1 つ目:τ=(2τ+1)/(τ+1)\tau = (2\tau + 1)/(\tau + 1) より τ2−τ−1=0\tau^2 - \tau - 1 = 0、不動点 (1±5)/2(1 \pm \sqrt{5})/2(実数)。2 つ目:τ+1=τ\tau + 1 = \tau は ∞\infty だけ。3 つ目(=ST= ST):τ=−1/(τ+1)\tau = -1/(\tau + 1) より τ2+τ+1=0\tau^2 + \tau + 1 = 0、H\mathbb{H} の不動点は ρ=e2πi/3\rho = e^{2\pi i/3}(もう一方は ρˉ\bar{\rho})。(ST)3=−I(ST)^3 = -I より PSL⁡2\operatorname{PSL}_2 で位数 3 である。

問題 6.5 ★★ Γ(2)={γ∈SL⁡2(Z)∣γ≡I(mod2)}\Gamma(2) = \lbrace \gamma \in \operatorname{SL}_2(\mathbb{Z}) \mid \gamma \equiv I \pmod 2 \rbrace の PSL⁡2(Z)\operatorname{PSL}_2(\mathbb{Z}) での像は指数 6 であることを示し、H/Γ(2)\mathbb{H}/\Gamma(2) の面積を 2 通り(指数と注意 6.21 の公式)で求めよ。ただし H/Γ(2)\mathbb{H}/\Gamma(2) は種数 0、楕円点なし、尖点 3 個であることを認めてよい。

解答

SL⁡2(Z)→SL⁡2(F2)\operatorname{SL}_2(\mathbb{Z}) \to \operatorname{SL}_2(\mathbb{F}_2) は全射で(S,TS, T の像が生成する)、∣SL⁡2(F2)∣=6\lvert \operatorname{SL}_2(\mathbb{F}_2) \rvert = 6 だから [SL⁡2(Z):Γ(2)]=6[\operatorname{SL}_2(\mathbb{Z}) : \Gamma(2)] = 6。−I∈Γ(2)-I \in \Gamma(2) なので PSL⁡2\operatorname{PSL}_2 での指数も 6。面積は 6⋅π3=2π6 \cdot \frac{\pi}{3} = 2\pi。公式では 2π(0−2+0+3)=2π2\pi(0 - 2 + 0 + 3) = 2\pi で一致する。実際、頂点 −1,0,1,∞-1, 0, 1, \infty の理想四角形(理想三角形 2 つ、面積 2π2\pi)が基本領域になる。

問題 6.6 ★★ 定理 6.23 の証明を使って、自己同型群の位数が 168168 の種数 3 の曲面(クラインの 4 次曲線)、位数 4848 の種数 2 の曲面(ボルツァ曲線)について、商 X/GX/G の種数と分岐の型が (0;2,3,7)(0; 2, 3, 7)、(0;2,3,8)(0; 2, 3, 8) に限ることを示せ。

解答

クライン:R=(2g−2)/∣G∣=4/168=1/42R = (2g - 2)/\lvert G \rvert = 4/168 = 1/42 で、証明より R=1/42R = 1/42 となるのは (0;2,3,7)(0; 2, 3, 7) だけ。ボルツァ:R=2/48=1/24R = 2/48 = 1/24。証明の場合分けで R≤1/24R \leq 1/24 となり得るのは γ=0\gamma = 0, r=3r = 3 の場合だけで、1/m1+1/m2+1/m3=23/241/m_1 + 1/m_2 + 1/m_3 = 23/24 を解く。m1=2m_1 = 2 が必要(m1≥3m_1 \geq 3 では和 ≤11/12\leq 11/12)。m2=3m_2 = 3 なら 1/m3=23/24−5/6=1/81/m_3 = 23/24 - 5/6 = 1/8。m2=4m_2 = 4 なら 1/m3=23/24−3/4=5/241/m_3 = 23/24 - 3/4 = 5/24 で整数にならない。m2≥5m_2 \geq 5 なら和 ≤9/10<23/24\leq 9/10 < 23/24。よって (0;2,3,8)(0; 2, 3, 8) に限る。

問題 6.7 ★★ 種数 1 のコンパクトなリーマン面から種数 g≥2g \geq 2 のコンパクトなリーマン面への正則写像は定数であることを、(a) リーマン–フルヴィッツの公式、(b) 普遍被覆への持ち上げ、の 2 通りで示せ。

解答

(a) 定数でなければ系 1.29 より 1=g(X)≥g(Y)≥21 = g(X) \geq g(Y) \geq 2 となり矛盾。(b) f ⁣:C/Λ→H/Γf\colon \mathbb{C}/\Lambda \to \mathbb{H}/\Gamma を C→C/Λ\mathbb{C} \to \mathbb{C}/\Lambda と合成すると、C\mathbb{C} は単連結だから H≅D\mathbb{H} \cong \mathbb{D} への正則写像に持ち上がり、それは有界な整関数だから定数である。

問題 6.8 ★★★ 次の 3 つの方法で「3g−33g - 3」を確かめよ:(1) 命題 6.25 の ℓ(2K)\ell(2K) の計算を超楕円曲線 y2=f(x)y^2 = f(x) で具体化し、Q(X)Q(X) の基底を書け(g≥2g \geq 2)。(2) パンツの個数と切断曲線の本数を χ\chi から求めよ。(3) 超楕円曲線のモジュライの次元を分岐点の個数から数え、g≥3g \geq 3 では 3g−33g - 3 より小さいことを確かめよ。

ヒント

(1) ω0=dx/y\omega_0 = dx/y として Q(X)={h (dx/y)2}Q(X) = \lbrace h\ (dx/y)^2 \rbrace。h=P(x)+yR(x)h = P(x) + yR(x) と分けて無限遠点での位数を例 4.7 のように調べると、deg⁡f=2g+2\deg f = 2g + 2 の場合 (dx/y)2(dx/y)^2 は各無限遠点で位数 2g−22g - 2 の零点をもつので、h=P(x)h = P(x)(deg⁡P≤2g−2\deg P \leq 2g - 2)が 2g−12g - 1 個、h=yR(x)h = yR(x)(yy は無限遠点で g+1g + 1 位の極)で deg⁡R≤g−3\deg R \leq g - 3 が g−2g - 2 個、合計 3g−33g - 3 個の基底 xi(dx/y)2x^i(dx/y)^2, xjy(dx/y)2=xjdx2/yx^jy(dx/y)^2 = x^j dx^2/y を得る。(2) パンツ PP 個は χ=−P=2−2g\chi = -P = 2 - 2g より P=2g−2P = 2g - 2、境界は 3P3P 本が 2 本ずつ貼られるから 3P/2=3g−33P/2 = 3g - 3 本。(3) 2g+22g + 2 個の分岐点を PSL⁡2(C)\operatorname{PSL}_2(\mathbb{C})(3 次元)で動かすので 2g−12g - 1 次元。2g−1=3g−32g - 1 = 3g - 3 は g=2g = 2 のときに限り(種数 2 はすべて超楕円的:定理 5.21)、g≥3g \geq 3 では超楕円曲線はモジュライの中の真の部分集合をなす。

この章を読み終えたら

「読了」にすると学習記録とロードマップに反映されます。演習の自己採点もお忘れなく。

この章の誤りを報告GitHub で見る