概要
この科目は教材全体の入口です。大学の数学は、高校までの「計算して答えを出す」数学から、「定義から出発して定理を証明する」数学へと大きく姿を変えます。そのとき必要になるのが、論理・集合・写像という「数学の言葉」です。「任意の に対してある が存在して……」という文を正確に読み、否定し、それについての証明を自分で書けるようになること──これが本科目の第一の目標です。
前半(第1〜4章)では、命題と量化子、集合の演算、写像、同値関係と順序を扱います。記号の読み方だけでなく、「何を仮定し、何を示せば証明が終わるのか」という証明の骨組みそのものを、悪い証明例とその添削も交えて丁寧に説明します。特に第4章の商集合と well-definedness(代表元の取り方によらないこと)は、代数学・幾何学で繰り返し現れる考え方です。
後半(第5〜7章)では、無限集合の大きさ(濃度)、選択公理とツォルンの補題、そして自然数から実数・複素数までを集合論の中で構成する「数の体系」を学びます。 と の「大きさ」の違い、任意のベクトル空間が基底をもつことの証明、実数とは何かという問いへの答えなど、後の科目の土台になる結果を証明つきで扱います。
前提知識
- 高校数学(特に「集合と命題」「数学的帰納法」「整数の性質」)。
- 微分積分の知識は必須ではありません。ただし第1章の一様連続性の例や第5章の小数展開では、高校で学んだ実数の性質(アルキメデスの性質など)を認めて使います。これらは微分積分学 第1章と本科目第7章で改めて基礎づけられます。
到達目標
- [ ] 論理結合子と量化子を含む命題を正しく読み書きし、真理値表や量化子の意味から真偽を判定できる
- [ ] 量化子の順序の違い(連続と一様連続など)を説明し、量化子を含む命題の否定を機械的に作れる
- [ ] 示すべき命題の形から証明の骨組みを作り、直接証明・対偶・背理法・帰納法などを使い分けて証明を書ける
- [ ] 集合の等式を「 かつ 」によって証明し、集合族の和・共通部分を扱える
- [ ] 像と逆像の性質、単射・全射・全単射、合成と逆写像の関係を証明できる
- [ ] 同値関係から商集合を作り、商集合上の写像や演算の well-definedness を確かめられる
- [ ] 半順序集合の最大元・極大元・上限を区別して扱える
- [ ] の可算性、 の非可算性、カントールの定理、ベルンシュタインの定理を証明できる
- [ ] 選択公理の意味を説明し、ツォルンの補題を使って基底の存在などを証明できる
- [ ] 自然数・整数・有理数・実数・複素数がどのように構成されるかを説明できる
章立て
| 章 | 内容 |
|---|---|
| 第1章 命題と論理 | 命題と論理結合子、真理値表、「ならば」の意味、対偶・逆・裏、量化子とその順序(一様連続性)、量化子を含む命題の否定、証明の骨組みと技法、悪い証明例の添削 |
| 第2章 集合 | 外延的・内包的記法、部分集合と相等、集合の演算と法則、冪集合、直積、集合族、ラッセルのパラドックスと ZFC の公理の概観 |
| 第3章 写像 | グラフとしての写像、像と逆像、単射・全射・全単射、合成と逆写像、左逆・右逆写像、制限と包含写像、定義関数、写像の集合 、族と直積 |
| 第4章 同値関係と順序 | 二項関係、同値関係と商集合、分割との対応、well-definedness、写像の標準分解、・・射影平面、半順序と上限、整列集合と超限帰納法 |
| 第5章 濃度 | 対等、鳩の巣原理、可算集合、対角線論法、カントールの定理、ベルンシュタインの定理、連続体の濃度、濃度の演算、連続体仮説 |
| 第6章 選択公理とツォルンの補題 | 選択公理とその言いかえ、ツォルンの補題とその証明、整列可能定理、ベクトル空間の基底の存在、非可測集合とバナッハ–タルスキーの定理 |
| 第7章 数の体系 | ペアノの公理と帰納的定義、自然数の演算と順序、整数・有理数の構成、有理数の不完全性、デデキント切断による実数の構成、コーシー列による構成、完備順序体、複素数 |
各章の末尾には、難易度つき(★ 基本、★★ 標準、★★★ 発展)の演習問題と、全問の解答があります。
学習時間の目安と進め方
全体で 50〜70 時間程度(演習を含む)が目安です。
| 章 | 目安 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 第1章 | 10 時間 | 最重要。すべての科目の前提 |
| 第2章 | 6 時間 | 最重要 |
| 第3章 | 8 時間 | 最重要 |
| 第4章 | 8 時間 | 重要(代数学・幾何学の前提) |
| 第5章 | 8 時間 | 重要(測度論・位相空間論で使う) |
| 第6章 | 6 時間 | ツォルンの補題の証明は後回しにしてもよい |
| 第7章 | 8 時間 | 微分積分学と並行して読んでもよい |
進め方の提案です。
- 第1〜3章は最初に通読してください。 特に第1章 1.6〜1.9 節(量化子の否定、証明の骨組み、悪い証明例)は、演習問題を自分の手で書いてから解答と比べることを強く勧めます。
- 第4章以降は、微分積分学や線形代数と並行して読み進めてかまいません。第4章の商集合は代数学の前に、第5章の濃度は位相空間論・測度論の前に読んでおくとよいでしょう。
- 第6章のツォルンの補題は、まず主張と使い方(定理 6.16 の証明の型)を理解し、証明(補題 6.10・6.11)は二度目に読むときに追うのでもかまいません。
- 第7章は「実数とは何か」に答える章です。微分積分学 第1章で実数の公理を学んだ後に読むと、公理がどこから来るのかがよくわかります。
- 証明を読むときは、「いま何を仮定していて、何を示そうとしているのか」を常に意識してください。証明を書くときは、第1章 1.9 節のチェックリストで見直す習慣をつけましょう。
参考文献
- 松坂和夫『集合・位相入門』(岩波書店):集合と位相の定番の教科書。本科目全体の内容を詳しく扱っています。
- 内田伏一『集合と位相』(裳華房):簡潔にまとまった教科書で、本科目の内容の復習に向いています。
- 斎藤毅『集合と位相』(東京大学出版会):現代的な視点からの教科書です。
- 中内伸光『ろんりと集合』(日本評論社):論理と集合を初学者向けに丁寧に解説した入門書です。
- 田中一之・鈴木登志雄『数学のロジックと集合論』(培風館):数理論理学と公理的集合論をさらに学びたい人向けです(第2章 2.7 節、第6章の独立性の話題の先)。
- P. R. Halmos, Naive Set Theory (Springer):素朴集合論の古典的な小著です。
- D. J. Velleman, How to Prove It (Cambridge University Press):証明の書き方そのものを主題とした本で、第1章の内容を英語でさらに練習したい人に向いています。
第7章で詳細を省略した実数の構成の検証については、同章で W. Rudin, Principles of Mathematical Analysis (McGraw-Hill) の第1章付録と、E. Landau, Grundlagen der Analysis を参照先として挙げています。